第32話

「なんだなんだ2人して。結婚の挨拶か? 仲人をお願いしますって話なら考えるぞ?」


 綾さんの勧誘を後輩を差し出すことで乗り切った俺たちは、ようやく本来の尋ね人であるコーチと対面していた。


「いや、そりゃさすがに。今日はちょっと相談がありまして」


 いつも通りのジョークまじりのやり取りで、内心ホッとした気持ちになった。


「あの、これはわたしから話させてください」


 俺を制するように心が前がかりになった。


「うん? 産婦人科なら俺よりも綾の方が詳しいと思うぞ?」


「いや、それはセクハラだし」


「まあまあ、固いこと言うなよ。深刻そうな雰囲気を察して場を和ませてやってるんだろ? それに、あながち話の方向性は間違ってないんだろ?」


「う〜ん? いや、違うんじゃないかな?」


 首を捻りながら考えてみたが違うと思うぞ?


「斗真。お父さんの冗談に付き合ってると話進まないし、心が変な妄想に駆られてるよ?」


 夏帆ちゃんに指摘され隣を見ると、心が両手で顔を覆いながらきゃあきゃあと叫び声をあげていた。


「お〜い心戻ってこい?」


 ポンポンと軽く頭を叩くとハッとした表情をした心が握りしめた両手を膝に置いて居住まいを正した。


「失礼しました。本題に入らせていただきます。実はわたしが『しんちゃん』だと言うことを斗真くんが気づきました」


 チラリと心が見上げてくる。


「この間、綾さんに昔の写真見せてもらったじゃないですか? 俺の家にある写真、しんちゃんがいた頃のってなかったんですよ」


「ひょっとして、意図的に隠してたのか?」


 柴田コーチが半笑いしている。


「はい。わたしが御両親にお願いしました。ちゃんと斗真くんに思い出してもらいたくて」


「え? ひょっとして私がやらかした?」


「いや、まあ……そうなるのかな?」


 綾さんあたふたしているのでからかい半分に指摘する。


「いえ。ウチと斗真くんの家以外でバレるなら仕方ないかな? とは思ってましたし、こんなことでもなければ一生わからなかったかもしれません」


 心のほほがこころなしか膨らんでいる。


「なので、結果的にはありがとうございました。これでわたしたちも前に進むことができます」


「ってことはつまり?」


 夏帆ちゃんが期待を込めた目で見てくる。


「はい。晴れて恋人になる準備はできました。ただ、まだ資格がありません」


「資格って何よ?」


 わかりやすくずっこける夏帆ちゃん。


「この前、コーチとお約束した件です」


「あ〜、平等に接するってやつね。まあみんなの前でイチャイチャしなければいいんじゃない? それよりもなにかしらチームに貢献してもらえればいいわけだし。逆に彼氏持ちの方が変な争い起きなくていいと思うけど? こんな美少女が入ってきてテンション上がらないわけないんだし」


「まあ、夏帆の言うことも一理あるな。人手が足りてないのは事実だしマネージャー経験もあるなら即戦力だしな」


 腕組みしながらコーチも納得顔をしている。あれ? 条件出したのコーチって聞いてたけど? 娘の意見には逆らえないとか?


「あの、わたし一応D級コーチライセンスと4級審判の資格も持ってますので、色々お役に立てると思います」


「「「「は?」」」」


 衝撃的事実にみんな固まる。


「待って待って心。いつの間に? というかなんで?」


「はい? もちろん斗真くんのお役に立てる機会を作るためです。他にもスポーツフードマイスターや救命講習も受けました」


「まじかっ、よくそんな時間あったね?」


「長期間かかるものは勉強の合間にちょくちょくと。基本的には1日、2日の講習で取得できます」


 学校に部活、ウチの家事やらやることだらけだったはずなのに? 一体いつ寝てるの?


「すごいと言っていいのか、重いって言っちゃっていいのか」


 柴田家の面々は若干引き気味。


「ま、まあ、心の意気込みはわかった。高校ではちゃんとマネージャーできてたみたいだし、俺に付き合いを止める権利はない」


「ってことは?」


「とりあえずチームとしてはこの前言った通り。付き合う付き合わないはご自由に」


 コーチがどうぞと言わんばかりに手を出してくる。


「はい、ありがとうございます」


 スッと立ち上がった心が深々と頭を下げる。


「まあ、なんだ。斗真よぉ」


「なんです?」


 チョイチョイと手招きされたので耳を近づけるた。


「お前も大変だな」


 夏帆ちゃんときゃいきゃいと喜びあっている心を横目に見ながらしみじみと言われた。


 

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