第31話

 心=しんちゃんが判明した翌週の土曜日。

俺と心は発覚現場である柴田コーチの家を訪れていた。


「犯人は現場に戻る。か」


「なにを悟ったような顔で言ってるんですか? 犯人ってひょっとしてわたしのことですか?」


 今日は真面目な話をするということで甘えたしんちゃんモードは封印している彼女。


「うん? どうなんだろうね?」


「自分で言っておきながら疑問系ってどうなんですか? しっかりしてくださいよ? 今日は決戦の金曜日ですからね」


 両手を握りしめながら「ふんすっ」とかわいらしく気合いをいれる彼女。


「今日土曜日だけどね? そろそろインターホン押そうか」


 コーチの家に着いてからかれこれ10分以上は経っている。なぜか押す勇気がでないと言う彼女に代わり、何度か押そうとしたのだがその度に邪魔をされていまに至る。


「慌てないでください。急いては事を仕損じるを言うではありませんか。じっくりと時間をかけて———」

「ねぇ、いつまで他人の家の前でイチャイチャしてるの?」


 インターホンを押そうとする俺の指をギュっと握りしめる心に気を取られていると、目の前には呆れ顔の夏帆ちゃんがいた。


「べ、別にイチャイチャなんてしてませんよ? いつも通りですけど?」


「なるほど。いつもイチャついてるわけね?」


「違います! 斗真くんはなかなかイチャイチャしてくれません! 結局わたしが甘えてるだけです!」


「あ、そう? なんだかごめんね?」


 そろそろ着くとメッセージが届いたのになかなか来ない俺たちを不審に思っていたのだろう。この感じだとだいぶ前から見られていたみたいだ。


「おはよう」


「ちょっと斗真。お宅の奥さん欲求不満みたいなんだけど? しっかりと相手してあげてくれない?」


「ちょっと誤解を生むような言い方やめてくれない? 玄関の隙間から綾さんがのぞいてるんだけど?」


 夏帆ちゃんの後方、少し開いた扉から顔を出して興味津々の様子。


「おはようございます。お久しぶりです『しん』こと小倉心です」


「……おはようございます」


「斗真はそれだけ?」


 それだけって言われてもね? 俺だって心みたいに何か言ったほうがいいのかな? って思ったけど特に思いつかなかったし。


「……ネタは仕込んでないっす」


「仕方ない子ね」


 はあとため息。


 つい最近会ったばかりだしあまりハードル上げるのやめてくれません?


「まあ、斗真は置いておいて。この間来てくれた時は仕事が忙しくて会えなかったけど、しんちゃん? 久しぶりね。小さい頃からかわいくって将来は美人さんになるとは思っていたけど想像以上ね。ね、しんちゃ———じゃなかった心ちゃん。モデルさんに興味ない? 私、地域の情報誌の編集の仕事していてね、お店の紹介とかしてくれる子探してるの。ウチのキーパーの司とか司のお姉さんにも手伝ってもらってたんだけど、そのお姉さんが受験生でね? しばらく休みたいって。心ちゃんなら華があるし誌面も映えると思うの!」


 勢いよく心の両手を握る綾さんからは必死さが伝わってくる。


「えっと、ごめんなさい。斗真くんとの時間減らしたくないですし、あまり目立つのは好きじゃないんです」


 いろんなものを犠牲にしてまで俺との時間を確保しようとするのはいかがなものかと思いはするが、彼女の行動原理を否定するわけにはいかない。


「はぁ〜、やっぱりダメか〜」


 がっくりと項垂れる綾さん。


「雨宮先輩の後任を探しているんですか?」


「そうなのよ〜、あの子が評判良かっただけになかなか後任が見つからなくてね? あなたたちの高校で有名なんでしょ? 心ちゃんと虹色ちゃんともう1人」


「その流れだと森島かな?」


 俺の言葉を聞いて項垂れていた綾さんがガバっと顔を上げた。


「斗真! ひょっとしてその子知り合いだったりする?」


「知り合いだったりしますよ。いまバイトも一緒なんで」


「あ〜、バイトしてるのか〜。じゃあ無理っぽいかな?」


 力なくがっくしと項垂れそうな綾さんの両手を心の両手が、がっしりと包み込んだ。


「わたしに任せてください。ももちゃんはわたしの後輩です。とってもかわいい子でわたしなんかよりもずっと華やかで映える子です。スーパーのバイトを辞めてモデルさんになるように説得してみせます!」


「う、うん。是非ともお願い」


 心の勢いに気押されたらしく綾さんは困惑気味だ。


「あ〜、斗真。心が暴走しないようにちゃんと手綱握っておきなさいよ」


 ドン引きの夏帆ちゃんが哀れむような表情で俺の肩に手を置いた。


 

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