第30話
「う〜、う〜、もぉ〜、もぉ〜、とぉくんのばかぁ〜」
「いや、俺のせいじゃないじゃん」
ひしっと抱きつきながら頭をぐりぐり。
心は壊れたおもちゃのように俺の胸に頭を押し付け、グリグリと動かしながらウーウーと唸っている。
「もぅ、もぅ〜」
「今度は牛かよ、って自分で約束してきたんだろ? みんな平等に接しますって。じゃあ1人特別な関係はまずいでしょ?」
そう。事の発端は心がコーチに認めてもらうためにしてきた約束にある。
「夫婦になったってちゃんと仕事は割り切ってできるもん。部活だってちゃんとできてたもん」
さっきからずっと駄々っ子モードの心。まあ、これはこれでかわいいんだけどさ。
「夫婦じゃないけどな? それに部活に恋人はいなかったでしょ? そりゃみんな平等になるでしょ?」
「もう! 実質夫婦みたいなものだし時間の問題でしょ? それともとぅくんにとってわたしはただの遊びなの?」
上目遣いでウルウルした瞳を向けてくるが……
「はいはい。わかっててそういうこと言わないの」
「じゃあ、婚約する?」
一転、期待するようなワクワクした表情。
「遊びのつもりはないし将来のこともちゃんと考えてるから。そんな形にこだわらなくてもそれは行動で示していくから」
まだ高校生なんだし、婚約って形どっても薄っぺらく感じてしまう。
もし心が不安になるようなら、それは行動で示していくしかないでしょ?
それにすでに家族ぐるみなんだからいい加減な態度でいいわけがない。
明らかに他の人よりもハードルは高いからな? すでに次に待っているのは両親への挨拶だろ? 見知った仲だけに無視するわけにはいかないからな。
「はっ! ワザといい加減なことをして向こうから断ってもらうとか?」
「性格的に無理でしょ? それにそんなことしたらこれから試合観戦すらしづらくなるよ?」
「う〜、う〜、もぅ〜、もぅ〜。とぅくんのばかぁ〜」
「結局振り出しに戻るのか」
壊れモードの心もかわいいんだけど全く先に進む気配がない。
「なあ、心」
「はい。ご飯の準備します!」
エスパークラスの察しの良さ。
本人に言えば
「これも愛の成せる技です!」
ああそう。
そう言うよね。
立ち上がりキッチンに向かおうとしていた心が再度ギュッと抱きついてきた。
「一緒にいい案考えてください。最悪、既成事実を作り一気に夫婦になることもありです!」
いや、そりゃホントに最悪でしょ。
「はいはい。絶対に代価案見つけるから。既成事実なんてホントに最悪だから」
家族ぐるみの意味わかってる? 俺◯される未来しか浮かばないよ?
「大丈夫です。お母さんもお姉ちゃんも推奨してくれている最強のカードです。色々とアドバイスももらっているので初めてでも安心———」
「は〜い、ストップ。現状恋人候補だから。まあ、とりあえずこれで我慢しておいてくれない?」
心の肩に手を置き密着度を緩める。
一瞬、悲しそうな表情をするが軽く唇を重ねるとビクッと身体が震えた。
「恋人じゃなくてもキスはいいの?」
耳まで真っ赤な彼女が伏し目がちに聞いてくる。
「どうなんだろ? まあドアインザフェイスってことで」
キスも既成事実のひとつなんて言わないよね? 最後まではダメだけどキスくらいならっ
て思ってしまった。
「既成事実成立です。わたしたちは夫婦になりました」
真剣な顔で機械のように告げる彼女。
「いや重い重い。せめて笑顔で言ってくれない?」
どこまで本気かわからないからSiri先生やGoogle先生にも知恵を貸してもらい解決策を考えなければ。
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