第26話
みんなご存知のショッピングセンターワオン。
その食料品売り場の有人レジでこの時間には珍しく長蛇の列ができている。
おかしな現象でそのレジには研修中の文字があり、その列を成しているのは男性客ばかりなのだ。
「いらっしゃいませ〜」
長蛇の列ができているにも関わらず笑顔を振りまく美少女。
コミュ力の高さは知っていたが要領よく仕事までこなすのは意外としか言いようがない。
しかもこれがバイト初日だぞ?
森島桃香と言う名札には研修中のシールがしっかりと貼られている。
さっき確認したがレジ打ちはおろかバイトだって初めてだと言ってた。それなのに彼女の仕事ぶりはまるで熟練のおばちゃ———
「は〜い、せんぱい? かわいい後輩が心配なのはわかりますがしっかりと働いてくださいね?」
この抑揚のない話し方と貼り付けたような笑顔。まるで心が怒っているときのようで背筋が凍りつきそうだ。
「お、おう」
あまりの手際の良さに驚き、カゴを集める手を止めていたことを注意されてしまった。
♢♢♢♢♢
「今日からお世話になります森島桃香です。よろしくお願いします」
バイト先に突然現れた森島。しっかりと髪の毛を束ねて帽子の中にしまいネイルはおろか装飾品の類いも身につけていない。
しっかりとした挨拶とその身なりに男性店員はおろか、若い女性に厳しいおばさま方からも高評価を得たらしい。
「先輩。今日からお世話になります」
店舗に出る途中で俺を捕まえた森島。
「いや、お前誰だ!」
いつもと違いすぎて別人かと錯覚しそうだ。
「ん〜? 一応職場だし、とーまくんはこういう風がいいでしょ?」
その呼び方に周りの目が一斉に俺に向いた。
「あれ? 森島さん、伊里の友達? 俺大学2年の———」
「おいおい抜け駆けかよ。俺は大学4年の———」
「はじめまして、高校2年の———」
新しく入ってきた子がかわいいと、出会いを求めてきている連中が我先にと話しかけるのはよくあること。
森島のそばには指導のおばちゃんがいるにも関わらず同年代のバイトくんが集まってくる。
「はいはい。そういうのは後にしなさい! 森島さん、あまりにもしつこいのが教えてね」
おばちゃんの一喝によりその場は収められたものの、これから起こるであろうアピール合戦に巻き込まれないことを祈るばかりだ。
♢♢♢♢♢
「ちょっととーまくん。置いていくとかひどくない?」
バイトが終わり店を出ると後ろから追いかけてきた森島が声をかけてきた。
「おう、おつかれ」
一緒のタイミングで上がりだってことは気づいていたが、特に用事もないので先に出てきた。
「え〜、それだけ?」
なぜか不満そうな森島。
「それだけって言われても……、あ、お前成績ヤバくてサッカー部辞めたのにバイトやってて大丈夫なのか?」
確か勉強についていけないからって辞めたって聞いたけどなぁ。
「勉強は〜、これからとーまくんに教えてもらうにして、私も攻めないと追い越すどころかついていけなくなっちゃうんで」
「はあ?」
なぜか俺が勉強教えることになってる?
「ももちゃん? 勉強ならわたしが教えてあげるよ? 斗真くんに教えてるのもわたしだからね」
聞き慣れた声に振り返るとエコバッグを持った心がいた。
「……先輩、なんでここに?」
「お買い物だよ? ももちゃんこそどうして斗真くんと一緒に?」
「デートですけど?」
「いや、しれっと嘘つくなよ」
「いまからするんですぅ〜」
「斗真くんはバイト上がりで疲れてるから帰ると思うよ?」
「そんなのは先輩の決めることじゃないですよね?
なんだろうこのやりとり。
これが修羅場ってやつなんだろうか?
なぜか浮気現場を見つかったような後ろめたさを感じてしまう。
2人の雰囲気も悪いしあまり長引かせるのも良くなさそうだ。
俺は心の手からエコバッグを取り、彼女の背中を軽く押した。
「じゃあな森島、お疲れ様。気をつけて帰れよ」
最初は戸惑っていた心も2歩3歩と歩くと機嫌良さそうに隣にくっついてきた。
「も〜! とーまくんのばか〜!」
一方で背後では森島の罵倒の言葉が響いていた。
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