第25話

 今もあの光景が忘れられない。


 0-1で迎えた後半アディショナルタイム。


 ペナルティエリアぎりぎりのところでフリーキックを獲得すると、俺は自信満々にボールをセットした。

 直接狙える距離だが、俺としては少し近いかなという感覚。だからと言って狙わない理由にはならないし、これまでも決めたことがある位置だ。


 いつものルーティーンで3歩下がりベンチを見ると、心配そうにこっちを見ている心の姿が目に映る。


 心配するな。

これを決めて俺が全国に連れて行ってやる。


 ピッというホイッスルの音を聞きゆっくり助走を開始。

 4枚の壁の外側2人の頭の間ギリギリを狙いインフロントでアーチを描く。理想通りの軌跡を描きながらゴールへ向かうボール。


 決まった


 そう思った瞬間、逆をつかれたはずのキーパーが驚異的な身体能力で大きな身体を跳ね飛ばす。

 目一杯伸ばした長い手の指先にボールが触れたかどうか正直わからなかった。

 

 ガンっ!


 ボールはゴールポストの内側に当たり壁の裏に跳ね返り、壁に入っていたディフェンダーに大きくクリアされた。


 『ピピー!』


 ワッと沸く相手チームと、静まり返るウチのチーム。


「……あ」


 泣き崩れる先輩の姿に言葉が出なかった。


 放心状態の俺は仲間に連れられベンチに戻った。


「お疲れ様」とタオルをかけてくれたのは幼馴染の心だった。


 目を赤くした彼女はすでに気持ちを切り替えてたのか、チームメイト1人1人に労いの声を掛けながらタオルを渡していた。


♢♢♢♢♢


「はぁ」


「ちょっと蒼眞? 人が歌ってるときにため息とかないでしょ?」


「あ、わりぃ。そんなつもりじゃ」


 マイクを握りながら呆れ顔の朱莉。


「もぅ、そーまっち。こんな美少女に囲まれて何が不満な訳?」


 ドンっと身体をぶつけてくる舞青。


「まあまあ、今日は蒼眞くんのお疲れ様会なんだからみんなで癒してあげようよ」


 舞青の反対側でそっと身体を預けてくる翠。


「ちょっと、2人とも⁈」


 テーブルを挟んだ正面の朱莉が曲の途中にも関わらずマイクを渡そうとするが2人とも受け取る気配はない。


 2人とも知ってそうなラブソングだけどなあ?


 朱莉からの誘いでやってきたカラオケ。一応インハイ予選が終わってのお疲れ会と言う名目らしい。


 メンバーは俺、朱莉、舞青、翠。


 心も斗真も誘ってみたが、心は墓参りの後で結婚して家を出ている愛莉ちゃんに会いに行くと断られ、斗真は練習。


 学校ではよく一緒にいるし、斗真と2人で出かけることはあっても心も含めてみんなでっていうのはこの前のプールくらいで最近はほとんどない。  


 心曰く、家や部活のことが忙しいと言っているがあいつの部屋の明かりが点くのはいつも21時を回ってからだ。

 もちろん、ストーキングをしているわけではなくたまたまだ。たまたま。


 確かに部活でもマネージャーの心や虹色先輩は遅くまで残ることもあるらしい。

 危ないから送ろうかと言ったこともあるが「家族が迎えにくるから」と断られた。


 おじさんもおばさんも俺がいることは知ってるんだから頼ってくれてもいいのに。それをしなかったのはやっぱりあの噂のせいだろうか。


「小倉心には年上の彼氏がいる」


 俺自身は見たことがないから信憑性は低いけど、心が白いワンボックスに乗っていたという複数の目撃情報があるらしい。


 あいつの家に停まっているのは黒のセダンと黄色の軽のはずだ。


 幼馴染とは言え、最近は知らないことが多過ぎるような気がする。


 極めつけはサッカー部の退部だ。


 本人は受験を控えての引退だと言い張っているが、あまりにも無理がある。

 退部に至った原因があるわけだが、俺が見ている限り人間関係は悪くなかった。

 誰かに告白されて気まずくなったかとも思ったが今更だ。


 大所帯の強豪サッカー部。


 心にフラれたやつなんざとっくに2桁を越えている。


 ひょっとして……


「なあ、ちょっと聞いていいか?」


 部屋の中で椅子取りゲームを始めた朱莉たちに声をかける。


「はあはあ、どうしたの?」


「お、おぅ。なんかお疲れのところ悪いな。あのさ、心がサッカー部辞めたの知ってるか?」


「うん。辞める前に聞いてたよ〜」


「なんだ、舞青は聞いてたのか」


「舞青ちゃんだけじゃなくて私も朱莉ちゃんも聞いてたよ? 多分、知らなかったのは蒼眞くんと伊里くんくらいじゃない?」


 翠の口から出てきたのはなぜか斗真の名前。


「そっか。『勉強するから』って言ってたから早いなって」


 俺の言葉を受けて朱莉が「あ〜」と唸る。


「そうね。勉強をするみたいよ」


「じゃあ、やっぱり受験に備えてなんだな」


「あ〜、う〜ん? う〜ん。ここっちの将来のために大事な時期が来たっていうか〜」


 舞青が楽しげに答え、


「ライバルも動き出したみたいだから今まで以上に頑張るみたいだよ」


 俺なんかじゃ理解できないが、翠のように成績がいいやつらは2年のうちから頑張ってるのかもしれない。


「あ〜、桃香もね〜」


「桃香? まあ、確かにあいつも辞めたけど、学年違うし成績じゃあ雲泥の差があるだろ?」


 心に続き桃香も部活を辞めていた。


『ついていけなくなるから』


 と。あいつも俺と一緒で成績悪いみたいだからな。


「ま〜、本気の心に勝とうという心意気だけは立派だけど、完全に負け確だからキツイよね。とは言え、私たちも人ごとじゃないんだよね〜」


 そういいながら朱莉が俺の膝の上に乗ってきた。


「「あっ!」」


 両サイドで驚く舞青と翠。


「ねぇ蒼眞。私ならどれだけでも蒼眞を励ましてあげられるよ?」


 膝の上で身体を預けながら見上げてくる朱莉。


 少し緩い胸元から赤い生地が見えて目に毒だ。


「そんなの、舞青の方がもっとすごいよ?」


 俺の左手をとりふとももの間に挟み込む。


「癒しは私が1番得意だと思うよ?」


俺の右腕をしっかりと胸元に抱く翠。


「「「さあ、どうする?」」」


 なぜか究極の選択を迫られ逃げ場を失った俺は、その後3人に舞青の家に連れ込まれた。






 

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