第22話

「おかえりなさい、斗真くん」


「ただいま心」


 練習が終わりウチに帰ると洗濯物をたたみながら出迎えてくれた嫁? 同棲している恋人?


 いや、結婚はおろか付き合ってもいない友達———というのも野暮か。

 愛莉さん曰く『友達以上夫婦未満』の関係の俺たち。すでに家族と言っても過言ではない関係。


「今日のアルバイトは20時までですよね?」


「うん。16時からだからね。今日も待ってる?」


 休日の彼女は部活がなければ朝から晩までウチにいた。まあ、部活があってもウチから行って一旦実家でシャワーを浴びてからウチに帰ってきていたけど。

 合鍵? 当たり前のように持っている。なんなら俺がこの部屋に引っ越してくる前から持ってると言われても不思議はない。


「はい。斗真くんと一緒に出てお買い物をしておこうかなって思ってます」


「1人で? 荷物持ちいないと不便でしょ?」


「大丈夫です。スーパーでお姉ちゃんと合流するので帰りはお義兄さんの車です」


「みーにも会うと?」


「当然です。み〜ちゃん抱っこ係ですから」


 得意気に胸を張る心。ちょっと目に毒だ。


「夏休み毎日のように会ってない?」


「そうですね。週の半分以上は会ってますよ? でもわたしが1番会ってるのは斗真くんですけどね?」


 そりゃそうだろう。毎日だし。


 この夏、ウチのサッカー部はインハイ予選、県大会の決勝で負け全国を逃している。

 試合には負けたが得点王を獲得した蒼眞にはJや大学から練習参加の連絡がひっきりなしだとか。


 ウチのサッカー部と言えば蒼眞が1番有名なんだけど、アイツと同じくらい有名なのが『市が洞の美人マネージャー』。

 今大会はローカル局のテレビ放送に加え、ネット配信もあったもんだからベンチやら観客席やらが映る度に話題を攫っていた。


 高校サッカーの花形はやっぱり冬の選手権。3年生のレギュラー格は引退せずに残る一方、マネージャーの雨宮先輩は一足早く引退をした。

 美人マネージャーの引退に一悶着あってもよさそうだが、引退は受験を控えてのことなので周りも渋々納得をしたらしい。


「なあ、心」


 衣装ケースにたたんだ服を片付けている心に声をかけてると、小首を傾げながら返事をしてくれた。


「どうしました? あ、やっぱり小腹が空きました? なにか用意しましょうか?」


 まあ、確かにもうすぐ15時だけどオヤツが欲しい訳じゃない。


「じゃなくて、本当にサッカー部辞めるのか?」


「『退部』じゃなくて引退です」


「いや、まだ2年じゃん」


 騒動の渦中の1人、心はインハイ予選終了後にサッカー部を退部した。いや、まあ、本人は頑として引退だと言い張っているんだけど。


 そしてもう1人、1年の森島は今のままだと授業についていけないという理由で退部した。英語と数学が苦手な彼女は赤点で補習を受けていたが、中学の頃から知っている俺から言わせればウチの高校に合格したこと自体が奇跡だし、赤点が2教科で済んだことを賞賛したいくらいだ。


 それがいま問題になっている。


 あ、ひょっとして有名になりすぎたのが騒動の原因か?


「受験を見据えてですから今くらいから頑張らないといけません。時間は有限ですので有効に使わなければいけませんからね」


「そのセリフは何回も聞いたけど、いまだに引き留められてるんだろ? それに時間が問題ならこうやって俺のお世話をしている方がよっぽど———」

「斗真くん?」


「———はい?」


「生活するためには必要なことですよ?」


 あ、例の笑顔だ。


「それは俺の生活に必要なことであって、自分のことは自分で」

「できるとでも?」


「……すみません」


 現在進行形でお世話してもらってて何を言ってやがるんだとお叱りを受けてしまった。


「いいですか? 時間は有限なのです。これからの高校生活はわたしの大きく関わってきます。わたしは後悔したくありません。ですのでこのタイミングで引退しただけです」


「う〜ん? なおさら自分のために時間を使うべきじゃない?」


「斗真くんはわたしの心配をしてくれているんですね? ありがとうございます。ですが、家事もわたしの将来にとっては勉強と同じくらい大事なことです。まだまだ将来に向けてやらなければいけないことが山積みです」


 ギュッと両手を握りしめる彼女からは並々ならぬ決意が見受けられる。


「心がそうまで言うなら俺も応援するよ」


「ホントですか? 斗真くんにしか出来ないことがいっぱいあります。これからいっぱいお願いしますので一つずつ叶えてくださいね!」


 俺が叶えるの? と疑問を抱きながらも「うん」としか言えない圧をこの時は感じていた。


 


 


 



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