第21話

 ちょっとヤバいかもしれない


 自転車を降り、階段を上がる途中でくらくらとめまいがしてきた。部屋に入ると次は吐き気までしてトイレに駆け込む。


「あ〜、やっちまったかも」


 今日のトレマ、謎の美少女こと心は用事で珍しくいなかった。それが影響した訳じゃないが身体のケアを怠ってたのかもしれない。


「熱中症だなこりゃ」


冷蔵庫から心が用意しておいてくれた熱中症対策のドリンクを出して飲む。


 今日は盆休み恒例の伊里家、小倉家合同のBBQ。

 汗くさいままだと兄貴がみーに触らせてくれないため、シャワーを浴びてから実家に行く予定だったが、こりゃ無理っぽい。


「心に———、連絡するとこっちに来ちゃいそうだから、お袋にするか」


 そうすれば心を止めてくれるかもしれない。

彼女は毎回このBBQを楽しみにしているしな。せっかくなんだから楽しんで欲しい。


 前回の時、たまたま朱莉と朱莉のおばさんが通りかかり『斗真のお嫁さんよ』と紹介した朱莉を、心は無理矢理BBQに引きずり込んでたな。


朱莉は『私すっごく場違いなんですけど?』なんて言ってたが内臓系をガッツリ食べてたら愛莉さんになぜか気に入られてたな。


 その時の心の楽しそうな笑顔を思い出し、申し訳なく思えてくる。


『熱中症っぽいから今日は無理。心にはうまく言っておいて』


 簡単にメッセージを送り、気合いでシャワーを浴びてベッドに潜り込んだ。


♢♢♢♢♢


「ん? 斗真?」


 暑い中、炭を起こしてくれているお義父さんとお義兄さんに飲み物を届けリビングに戻ると京子さんが不思議そうにスマホを見ていた。


「なんで私に———って、あ〜、なるほどね」


 苦笑いでメッセージを確認し、わたしをチラリと見る。


「ん〜? 無理だね」


「ん? どしたの?」


 隣にいたお母さんが京子さんの反応を見て近づくと、スッと差し出されたスマホを見て京子さんと同じ表情をした。


「それは確かに」


「でしょ? まあ、ウチに連れてくるのが一番手っ取り早いよね。ごめん心ちゃん。建志呼んできてくれる?」


「あ、はい」


 戻ってきたばかりでごめんねと言われながら、何か緊急事態だと思い早足でお義兄さんを呼びに行った。


「何?」


「あ、建志。悪いんだけど心ちゃんと斗真迎えに行ってくれない? あの子熱中症らしいからウチで寝かせようと思って。じゃないとこの子向こうに行って帰ってこなくなっちゃうじゃない?」


「熱中症⁈ 大丈夫なんですか? わたしには何も連絡来てないです!」


「心ちゃん。いつもBBQ楽しみにしてくれてるでしょ? あの子なりに気を使ったのよ」


「それはそうですけど。わたしが1番楽しみにしてるのは斗真くんと一緒にいられることで」


「「それは知ってる」」


 京子さんとお母さんが綺麗にハモる。


「ウチならBBQやりながら斗真のお世話もできるでしょ? それに、私にもたまには母親らしいことさせてもらわないとね?」


 本当ならばわたし1人で看病してあげたいけど、京子さんにそう言われてしまえば断ることもできない。


「わかりました。とりあえず斗真くんが心配なので急いでます」


 リビングを見渡すとお義兄さんの姿はすでになく、玄関の方から「行くよ」と声がした。


「ふふふ。あなたの家はどこなのかしらね? じゃあよろしくね」


「はい。任されました!」


 はやる気持ちを抑え切れずに玄関まで全速力で走り抜けた。


♢♢♢♢♢


 目が覚めると懐かしい天井だった。未だに意識はぼんやりとしているし、身体もだるい。

 それでも額はヒンヤリとし、頭は柔らかいものに包まれすごく気持ちがいい。

 

 なんだこれ? と思い頭をもぞもぞと動かしてみると「ひゃっ!」というかわいらしい声が聞こえた。


「……こころ?」


「あ、起きましたか? 気分はどうですか?」


 自分の部屋のベッドにいるはずなのに頭上から声が聞こえてくる。


「あ〜、だるい」


「ちょっと起きれますか? 水分摂ったほうが良いですね」


「うん、って、心さん?」


「どうかしましたか? あ、起きるのキツければ口移ししましょうか?」


「だ、大丈夫だからっ!」


 その言葉に慌てて身体を起こすが、途中で柔らかい突起物にプルンと引っかかる。


「ご、ごめんっ!」


 一気に意識が回復し状況を把握。


 実家の俺の部屋。ベッドでなぜか心が膝枕。飲み物を口移しさせようと屈んだところに、身体を起こした俺が、あろう事か彼女の胸に飛び込んでしまった。


「えっと、ラッキースケベってやつですよね?」


「違う———ことはないのか。とにかくごめん!」


 とにかく平謝りである。


「全然大丈夫ですよ。斗真くんは病人ですから。もっと甘えてください」


 優しい笑顔。


 それだけで身体の悪いところなんて治っちゃいそうな、そんな笑顔だ。


「心ちゃん、そろそろ交代———あらあら、お邪魔みたいね」

 

 顔を覗かせていたお袋とおばさんがパタンと扉を閉めた。


「斗真〜! どさくさに紛れてエッチなこと———」

「してもいいわよ」


 からかうお袋とおばさん。


「お母さんから許可でちゃいましたね」


 そしてうれしそうな心。


「た、体調不良なんで動けません」


 そう言ってペットボトルのスポドリをグビっと飲んで膝に戻った。


「はい。おかえりなさい」


 うつ伏せに寝転がる頭上から彼女のうれしそうな声が響いた。



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