第20話
「よし、これくらいでいいだろ」
半年ぶりの汚れに悪戦苦闘しながらも、ひと仕事終えた感のお父さんは首にかけたタオルで額の汗を拭った。
「じゃあ最後にお線香に火をつけてくれる?」
「おう」
お母さんから線香を渡され、ポケットからジッポを取り出しシュポっと火をつけた。
やっちゃった〜
お母さんはこういった駆け引きでお父さんに負けることはまずない。
「へ〜、綺麗なジッポね。初めて見るやつね」
「ああ、最近ネットで限定品みつけてさ」
使い慣れた様子でシュポシュポと見せびらかしてくる
「手慣れたものね。前は100円ライターだったのにね」
すでに言質は取れていると思うんだけど、それでも攻め手を緩めない。
「やっぱかっよくない?」
「それでたばこに火をつけるのが?」
「そうそう」
終わった。
自分で禁煙するって言ったのに。
すでに弁解の余地もない。この後の楽しいBBQが気まずくなったらどうしてくれよう。
「……あ」
黙り込んだお母さんを見てお父さんが固まる。
「どうかした?」
冷ややかな視線。娘のわたしですら身震いするほどだ。
普段はとっても優しいのに裏切り者には容赦がない。
「す、すみませんでした!」
焼けるようなアスファルトでの綺麗な土下座。
「あら? なんのこと? 謝らなきゃいけないようなことしたの?」
美人の笑顔は怖いってよく聞くけど、お母さんのこの笑顔がまさしくそうだ。
『自分のこと棚に上げてよく言えるね?』
どこからか朱莉の声が聞こえた気がした。
♢♢♢♢♢
ウチのお姉ちゃんは嫁姑の仲が驚くほどいい。元々ウチの両親と義理の両親が知り合いという幸運にも恵まれたのだが、お互いがリスペクトし合っているのがよくわかる。
大好きな人を育てた人
それだけでも尊敬するのに値するのに、お義母さんもお義父さんもお姉ちゃんをたててくれるし、実の娘のように想ってくれている。
「いらっしゃい」
「ね〜!」
お墓参りを終えたわたしたちを迎えてくれたのは天使だった。
「み〜ちゃ———」
お姉ちゃんに抱かれているわたしのかわいい姪っ子をぎゅっと抱きしめようと手を伸ばすが、ここは勝負どころと決めていたお母さんに先を越された。
「おっきくなったね、みーちゃん」
全身で包み込むかのように抱きしめるので、わたしもお父さんも見守ることしかできない。
「いらっしゃい。お墓参り暑かったでしょ? いつまでもここにいても暑いからおいで」
天使に目を奪われていたわたしたちに、お義母さんが笑いながら声をかけてくれた。
「あ、こんにちは」
「うん、いらっしゃい。たまちゃんも久しぶり」
「会おう会おうで中々予定合わないもんね。昔は週3くらいで会ってたのにね」
お義母さん、
クラブチームでは保護者の協力が不可欠ということで、ベンチやタープに救急箱などを練習や試合の時に持ってくる当番があった。
伊里家と小倉家は同じ班だったことと、わたしたちが仲良しだったこともあり、その頃から親交がある。
「ね〜、でもたまちゃん、昔から変わらず綺麗ね。そりゃ娘2人も孫も美人だわ」
み〜ちゃんに頬擦りするお母さんにお義母さん、京子さんがまじまじと見ながら感心する。
「愛莉はちゃんとお嫁さんできてる? 心もちゃんと家事できてるのかな?」
にこにこのみ〜ちゃんの、ぷにぷにのほっぺにちゅっと軽く口付けをしたお母さんが京子さんにみ〜ちゃんを預けながら聞く。
「2人ともウチのには勿体無いくらいのお嫁さんよ? 愛莉ちゃんはちゃ〜んと有言実行してくれたし。ね〜」
京子さんに見つめられながらね〜っと言われたみ〜ちゃんは一瞬「ん?」という表情を浮かべたが、笑顔を向けられて楽しくなったのか「ね〜」とまねっこになっていた。
「ところできょうちゃん。前も愛莉が有言実行って言ってたけど、この子なにを実行したの?」
「1人はまだ嫁じゃないです〜」と1人でつっこんでいたお姉ちゃんの表情が固まる。
「あ、あの。お義母さん? そろそろお義父さんのお手伝いに行った方が良さそうですよね?」
なぜか慌てた様子のお姉ちゃんをすかさず拘束。
「ちょっと心?」
「お義母さん。どうぞ!」
「ちょっ! ホントにそれだけはッ!」
むんずと口を塞ぐと京子さんは当時を懐かしみながら教えてくれた。
「はじめてウチに遊びにきてくれた時ね。たぶんまだ付き合ってなかったとは思うんだけど『私がかわいくて丈夫な赤ちゃん産みますっ!』って宣言してくれてね? まさかその数年後にその妹から同じセリフ聞くなんて思わないじゃない?」
「「きゃ〜‼︎」」
まさかの姉妹ダブルノックアウトでした。
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