第10話
華やかな売り場でこの夏のイベントに期待を膨らます。
「じゃあ、それぞれ見て回るってことで……」
そう言って逃げようとする斗真くんの腕をしっかりと抱きしめると、困ったような表情を向けられる。
「そうですね。とりあえず斗真くんのから見ていきましょうか」
身長差から自然と上目遣いのようになってしまうが、こんな好機を逃すほど私は愚かではない。
「え〜、普通に嫌なんですけど……」
「嫌とか言わないでください。せっかくですからわたしに斗真くんの水着を選ばせてください。もちろん、わたしのは斗真くんが選んでくださいね」
ため息を吐きながら額を押さえる彼。
「嫌な予感的中」
「だから嫌って言わないでください。良ければ先にわたしのサイズをお伝えしておきましょうか?」
ぎゅっと腕に力を入れてわたしを意識させる。
「デザインだけっ! サイズはノーコメントでいいからっ!」
全く、こういうことは奥手と言うか紳士的と言うか。彼だって健全な男子高校生なのだからこういうことに興味がないわけではない。現にこうやって意識させると視線を感じる。
「仕方ないですね、それで妥協してあげます」
諦めた彼の腕を引き男性用の売り場に向かう。
「形の希望はありますか?」
「普通でいいよ普通で。逆にどんなの着せるつもりだよ」
そう言われ脳裏に浮かぶのは面積の少ないブーメランタイプの黄色の水着を着用している彼。
思わず顔が熱を帯びる。
「ごめん。言わなくていいから。その候補はなしで」
「ひとを変態扱いしないでくださいっ!」
態度に出してしまったのはわたしの失態だけど、非常に恥ずかしい。でも、仕方ないじゃない? だって斗真くん、ものすっごくスタイルいいんだもん。ほぼ、毎日彼の部屋にいるので裸くらいは何度も目にしている。もちろん、全裸はまだ見たことがない。
余計なものがなく、ギュッと筋肉が凝縮されているような細マッチョ。それはもう芸術品なんじゃないかと思うほど。わたしだってスタイル維持には気を使っている。彼の隣に立つための努力は怠ったことはない。
「う、うんっ、ではこれなんていかがでしょう?」
海でも街でもはけるサーフパンツと銘打たれた黄色の水着を差し出す。
「ああ、形はいいけど———、色派手じゃない?」
「なにを言ってるんですか。いつも試合の時は黄色のユニフォームを着ているじゃないですか」
そう。彼のクラブのチームカラーは黄色。
なので1stユニフォームは黄色のシャツに黒のパンツ。
わたしが彼と初めて会ったときから変わらないユニフォームカラー。
♢♢♢♢♢
小学2年生の春。
「心。サッカーしないか?」
人見知りで学校でもあまり友達がいなかったわたしに、お父さんはいかにサッカーが素晴らしく言語を越えて分かり合えるものかを力説してくれた。
「見に行くだけなら」
正直乗り気ではないわたしはお父さんの勢いに負けそう答えた。
翌日、近くの公園で練習しているというチームの見学に行きわたしは運命的な出会いを果たした。
「じゃあちょっとやってみようか?」
コーチの誘いに「ええ〜」と心の声を上げたわたし。この頃のわたしは自分の意見を言うことができずにただ流されるままだった。
「おーい、斗真。お前と同い年の体験の子だ。え〜っと、しんちゃんだ」
なぜか
「はいっ。じゃあいこっ」
ギュッと手を繋ぎ、みんなのところへ連れて行ってくれる斗真くん。その力強さとその後の気遣いに、わたしはチョロくも初恋を覚えてしまう。
その頃、我が家では高校生の姉が恋愛モード真っ只中だった。
「へぇ〜、とうとう心にも好きな人ができたのね。どんな子どんな子?」
「えっとね———」
その後わたしは斗真くんの良さを1時間以上かけてお姉ちゃんに説明し、最後は「もうわかったから」と苦笑いで止められた。ちなみに、お義兄さんとの馴れ初めを聞いたときは半日は聞かされた記憶がある。
「そっか、じゃあ心も頑張って自分磨きしてその子に好きになってもらわないとね」
「自分磨き?」
「そう。見た目だけじゃなくて中身も。勉強もそうだし、運動も。それに家事全般もできるようにしないと。特にお料理は大事よ! 『胃袋を制す者が恋愛を制す』ってお母さんが言ってたわ。それと心もだいぶ明るくはなってきたけど社交性も必要ね。私も今、お母さんに色々教わってるから心も一緒にやる?」
「うん。やる!」
お姉ちゃんがウチの手伝いをよくやっていたのは知ってたけど、そういう事情があったからなんだと思った。
そうしてウチの手伝いやら自分磨きをし始めるとサッカーをする時間がなくなってしまっていた。
大好きな斗真くんとの時間。
それでもわたしは焦らなかった。しっかりと準備をして恋愛に挑んだお姉ちゃんが見事結果を残したから。
不思議な縁でお姉ちゃんの恋人が彼のお兄さんだと知ったときは驚いた。そして、お姉ちゃんがその恋を手放すことはないと思っていた。
ならば彼との繋がりは消えることはない。勝負はもっと大きくなってからっ!
お姉ちゃんも頑張って!
サッカーを辞めるって伝えるとお父さんは落ち込んでいたけど、1年通ったことで自分から挨拶したり気持ちを伝えられるようになっていたことで効果はあったと納得してくれた。
「斗真くん。またね?」
「うん。しんちゃん、また会おうね」
未だにしんちゃん=わたしと認識していない斗真くん。家族にも口止めをしているし、お義父さんやお義母さん、お義兄さんは積極的に応援もしてくれている。
すでに外堀は埋められている。
あとは難攻不落の
斗真くん。覚悟はできてますか?
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