第9話
日曜の昼下がり。
電車から流れる景色をボーっと見ていると、視線の下で黒髪が小刻みに揺れている。
「大丈夫か?」
その様子に心配して声をかけると、
「だ、大丈夫でっす! むしろもっとくっついても———」
腕の中で心が食い気味に顔を寄せてくるが、満員電車の中のため、さすがに他人の目を気にしたのか一瞬だけ躊躇してバフンと俺の胸に額を預けてきた。
電車の扉付近の壁に背を預ける形の157センチの心に、向かい合うようにし178センチの肉壁を作る俺。
目的地まで電車で20分程の距離だが絶好の行楽日和に加え、沿線上に動物園があるため電車の中は家族連れやらカップルで溢れかえっている。
現在のこのポジションは小柄な心が潰されないようにということと、目立つ容姿を隠すという目的がある。普段から人目を惹く美少女の上、ペパーミントグリーンのミニワンピースとほんのりと施した化粧がいつも以上に色気が滲み出している。
「お弁当作って動物園デートも捨てがたいですね」
リュックサックを背負った小さな男の子を見ながら心が呟く。
「あ〜、みーを連れて行きたいな」
「それはそれです。お姉ちゃんたちとも行きたいですが、デートって言うのは2人でするものですよ?」
プクっとかわいらしく頬を膨らまし抗議をされる。
確かに恋人同士であればデートが成立するだろうが、俺たちはそういう関係ではない。初恋を拗らせている俺に恋愛は縁遠いものとなってしまっているのだ。それを彼女も知っており「仕方ないですねぇ」と苦笑いしながらぎゅっと抱きついてくる。
「いつ気づいてくれるんですかねぇ」
胸の中で小さく呟く心。
その言葉が俺の耳に届くことはなかった。
混雑したターミナル駅の改札を抜けるとどちらかともなく手を繋ぐ。それはもうごく自然に。
目的地のショッピングモールに着くと季節を少しだけ先取りした水着姿のマネキンが迎えてくれた。
♢♢♢♢♢
水曜日の昼休み。蒼眞を囲むハーレム軍団の端で心の手作り弁当を食べていると、話が盛り上がったところで朱莉から声をかけられた。
「アンタも行くでしょ?」
「……何?」
全く話を聞いていなかったので突然降った話題についていけるわけもない。
「え? 聞いてなかったわけ? 夏休みになったらみんなで海にでも行かないって話。サッカーがあるにしても1日くらいは空いてるでしょ? 美少女の水着姿が見れるんだからアンタにもメリットあると思うんだけど?」
うわっ。こいつ自分で美少女って言いやがった。たいした自信家だ。
チラリと心を見ると話に加わっていたらしく、期待のこもった眼差しを向けられていた。
「はへっ? とーまっち帰宅部じゃなかったっけ?」
「斗真はクラブチームでやってるんだよ。何度も勧誘してるんだけどな」
井原の疑問に蒼眞がやれやれといった感じで応える。
「ウチのサッカー部についていく自信がなかったんじゃないかしら?」
煽るような武田に「その通りです」と言おうとしたところで突如頭を柔らかいもので包まれた。それはもうむにゅっという感じで。
「そんなことはないわよぉ〜? とぅまくんはフィジカルモンスターだしぃ、どこに出しても恥ずかしくないレベルよぉ?」
座っている俺を後ろから抱きしめながら、甘ったるい独特な声がした。
「ちょっと
俺より先に心から抗議の声が上がる。
サッカー部マネージャーの
綺麗系な顔立ちに男好きするダイナマイトバディー。フワフワっとした性格で3年生では人気ナンバーワンの呼び声が高い。
「ん〜? あれぇ? 心ちゃんご機嫌ナナメかしらぁ? とぅまくんはそうでもなさそうだけどぉ?」
1年の森島に3年の雨宮先輩。普段から心とは仲良しと聞いているんだけど、よく俺絡みで煽ってくる。
「そんなことありま———、斗真くん? 鼻の下伸びてますよ?」
「……そんなことないだろ」
「むぅ」
そりゃ俺だって健全な男子高校生。こんな感触に何も感じないわけない。
「海いいわねぇ。私もご一緒させてもらってもいいかしらぁ? この前、新作のビキニ買ったばかりなのぉ」
脳内に白のビキニ姿の雨宮先輩が浮かぶ。それは俺だけではなく話を聞いていたであろう男子の顔は妄想で緩みきっている。
「か、構いませんけど? 私も今度斗真くん好みの水着買いに行きますから!」
♢♢♢♢♢
売り言葉に買い言葉。そんなわけで夏休みにみんなで海に行くことになり、今日は2人で水着を買いに来ている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます