第7話
蒼眞を中心に教室が艶やかになる。それはいつもの風景なのだが、今日はいつもとは少し様子が違う。
「せ〜んぱい。夕方の買い出しに付き合ってもらっていいですか?」
「そーま先輩! 次の試合、絶対に応援に行きますからねっ!」
「ああっ、私はいま蒼眞様と同じ空気を吸ってる!」
すでに制服は着慣れたものになり、オリジナリティを出しているのは陽キャの証。
本日の昼休憩は後輩さま御一行が蒼眞詣にきている。見ているだけで胸焼けしそうな甘ったるさもありいつものように朱莉の席に避難してきたのだが、下級生が来ているときはワンチャンを狙う男子どもが輪に加わるため、俺は教室の隅でさらに小さくなっている。
「あれっ? とーまくん? なんでこんな隅にいるの? 一緒に話そうよ」
しばらくすると、下級生軍団筆頭の
陽キャ特有の気楽さ、と言う訳ではなく彼女は一応同じ中学の出身で当時から顔見知りなので、蒼眞詣のついでに俺にまで話しかけてくる。
「いや、遠慮なく」
「え〜? そーませんぱいと違ってとーまくんがももと話せる機会なんて滅多にないのに? 人生もったいないと思わない?」
やれやれと言わんばかりに俺の隣に座ろうとする森島。
「あれっ? ももちゃん?
突き刺すような冷ややかな視線と抑揚のない声。
能面のように表情のない顔、全身から滲み出る負のオーラ。
ゆっくりと歩み寄り森島の前にスッと立つと俺の脳内には怒りをあらわすかのように徐々に背中を丸める猫の姿が映し出された。
「え〜⁈ だってぇ。先輩さっきまでいなかったじゃないですかぁ? だからももが座ってもいいかなぁ〜て」
そんな心の姿を見ても動じない森島。我関せずと楽しげに周りを跳ね回る子犬のような無邪気さだ。
いつもなら朱莉たちと昼飯を食べているところだが、さっきの授業終わりに担任から呼び出され出遅れてしまった状況だ。
「ごめんね、ももちゃん。わたしこれから昼食なの」
ニコっと笑う心。はっきり言って怖い。森島のやつ、いくら同じ部活の先輩だからってここまで平然としていられるとは。
「あれっ? ひょっとして先輩ぼっちメシですかぁ? あれれ? 先輩が一言掛ければ男子のみなさんが群がってくると思いますょ? 誰かぁ〜」
「森島、仲良いのはわかるけど悪ノリし過ぎだぞ。心、ここじゃ騒がしいからよそ行こうか?」
すでに注目を集めてしまっているし、落ち着くのを待っていると昼休憩が終わってしまう。ランチバッグを持つ心の手を握ると「ふぇ? ふぇ?」と気の抜けたような声が聞こえてきたが、時間がもったいないので無視して教室を出た。
♢♢♢♢♢
2人が出て行った2-1の教室は一瞬の静けさの後、黄色い声が響き渡っていた。
「き、きゃ〜! なになに伊里くん! いつも気のないフリしてやる時はやるじゃん!」
「見た見た心の顔! 完全に骨抜きにされた雌の顔じゃん!」
「も〜お前ら———」
「「「さっさとくっ付けよ!」」」
2-1のみならず我が校でも屈指の美少女、小倉心は同じクラスの伊里斗真に恋をしている。
この事実は女子の中では学年問わずに有名である。なぜ女子の中ではなのか? それは男子はその事実を認めたくないからだ。
「違うぞっ! あれは伊里が暴走しただけだ!」
「小倉さんは優しいから抵抗出来なかっただけだ!」
そして蒼眞も認められない1人である。
「やっぱり斗真はいいやつだな。純粋に心が困ってたから助け舟を出したんだろうな」
この辺はやっぱり残念イケメンらしいというか、認められない恋する男子というか。
「ちょっと桃香、煽りすぎじゃない?」
一人取り残された感のある桃香に声をかける朱莉。
「えっ? あ〜、うん。そっかな?」
「?」
なぜか落ち込んでる様子の桃香。
『湊蒼眞の本命は小倉心。でも小倉心の本命は伊里斗真』
ならば心と斗真をくっつけてしまおう。ワンチャン、傷心の蒼眞を慰めれば告白の成功率もグンっと上がるはず。
そんな共通認識もあり、ある意味協力関係にある朱莉と桃香。今回の逃避行により2人の仲が進展しそうなこの状況にハイタッチをして喜びを分かち合いたいレベルなのに、当の本人の顔色が優れない。
「大丈夫?」
心配そうに声をかける朱莉に桃香は「あ〜、うん」と気のない返事をした。
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