第4話

 ウチのクラブは弱小だ。


 大会に出ても初戦に勝てればラッキー、連勝すれば奇跡だ。ジュニアユースの頃は絶対的なエースの蒼眞がいて、よければベスト8くらいまではいけていた。

 しかしながら得点源を欠いたユースチームではロースコアで負けることがほとんどだ。

 そんな弱小チームが自前の練習場なんてあるわけもなく、地域の学校や公園を借りて練習している。


 そんな我がチームにあって、今となっては名物となっているものがある。


「おい、今日はあの子来てたぜ! しかもグラサンなしバージョンだ!」


「まじかっ! 俺マスクズラしてお茶飲んでるの見たことあるけどめっちゃかわいいよな!」


 たまに練習や試合を見にくる怪しい女。


 キャップにマスク、女優ばりのでかいグラサン姿の女。現れるようになったのはユースに上がってからで、今ではどこかのアイドルがお忍びで彼氏の応援にきていると噂されている女。

 一応、みんなに「知り合いか⁈」と聞いて回ったやつがいたがみんなが『知らない』と答えたらしい。


 今日もグラウンドの角、コーナーフラッグの後方にキャンプチェアで陣取り、シルバーとピンクの大きな日傘を片手にじっとこちらを見ている女……、まあ小倉心さんです。


 彼女は部活で忙しいはずなのに、時間を作って応援に来てくれるのだが、いつもひと昔前のお忍びのアイドルのような出立ちでやってくる。

 他校にも知れ渡っているくらいの美少女なので用心に越したことはないのだろうが、逆に目立って仕方がない。


「おい、あの子手振ってなかったか?」


「お、おう。振り返しておこうぜ!」


 周りの奴らが愛想良く手を振っているが、心はここからでもわかるくらいに不機嫌オーラを発している。

 

いや、しゃ〜ね〜じゃん? だってバレたら紹介しろとか絶対に騒がれるだろうし? 自分だってバレたくないから顔隠してるって言ってたじゃん。


 試合はいつも通りの劣勢。ポゼッションの7割くらいは持っていかれてるんじゃないだろうか? それでもウチはカウンター主体のチームなんで計算と言い張れなくもない。


「ナイスだ、斗真!」


 中盤でパスカットからのショートカウンター。ユースになってセンバからアンカーに上がった俺は、相手の攻撃の芽を積むのに360°走り回らされている。


 前方にいい形でパスを送れたのだが、トップがシュートをふかして得点ならず。そして試合終了。


「なんだあのアンカー。こっちの攻撃ことごとく止められたじゃんかよ」


 相手はロースコアが不満だったらしく恨み言を呟いている。まあ、ファールはあったかもしれないけどカードが出たわけじゃないし問題ないだろ。


 試合後、みんなと別れコンビニに立ち寄ると入り口で変装を解いた心が待っていた。


「お疲れ様でした斗真くん。はいこれ」


 手渡してきたのは心オリジナル、レモンベースのドリンク。


「あ、ああ。ありがとう」


「いいえ。コンビニで炭酸買おうとしてましたよね? あまり身体によくないと思いますよ? スポーツマンですからね?」


 今日の会場だった市民公園の帰り道にここのコンビニに寄るのはルーティーンだ。炭酸を飲みながら『ぷは〜』と言うところまでがルーティーンだ。

 しかしながらお世話係の心はそれが気になるらしい。『試合後は汗かいた後だし塩分も必要です』とのことで、観戦時は必ず先回りしている。今日も荷物が少ないところを見ると協力者兄貴がいたらしい。

 ちなみにこのドリンク、蒼眞たちは飲んだことがないらしい。マネージャーが用意しているのはスポドリかミネラルウォーターだけとのこと。


「今日はこの後どうします? 実家に寄りますか?」


 時刻は17時ちょい過ぎ。


「今日は帰るよ」


 実家に寄ってみーに癒されたい気持ちはあるが多分、いや間違いなく2時間はかかってしまう。そうなると食事を作ってくれる心に申し訳ない。


「そうですか。じゃあ、帰ったらご飯にします? お風呂にします? それとも……」


 赤い顔でキョロキョロと周りを見渡し、人がいないのを確認するとそっと唇を寄せて耳元でささやいた。


「わ、わたしに……します?」


 周りを確認するほど恥ずかしいならやらなきゃいいのに。この手のからかいは初めてではない。それなりに耐性もある。


「じゃあ、ご飯の後に風呂入ってからわたしで」


「フ、フルコース⁈」


 弾かれるように後ずさり両手で顔を隠す心。からかいには全力のからかいで返すのが彼女には効く。


「わ、わかりました。受けて立ちましょう」

 

 プルプルと震えながら不敵に笑おうとするが、震えで口元が決まらない。


「た、ただお風呂は先に入らせてください。いろいろと準備があるので時間がかかってしまいます」


 我に帰ってそう言う彼女に俺は、


「ああ、うん。帰ってから自分の部屋でゆっくり入りなよ」


と笑いながら返すと、からかわれたことに気づいた彼女は頬を頬を膨らませながら先に歩き出した。


「もう! 帰りにスーパー寄りますから荷物持ちして下さい!」


「はいはい。買い出しデートに行きますか」


 引き続きからかう俺に『もうっ!』言いながらぶつかってくる彼女の身体は、さっきまでの無骨な相手選手とは比べものにならないくらいに柔らかかった。

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