第3話
AM6:00
平日でも休日でも俺の朝は早い。朝練があるとか委員会があるからとか言う理由だからではない。なんたって両方とも未所属だ。
それでも早起きには理由がある。
「おはようございます、斗真くん」
早朝から部屋に広がるいい匂いと心地いい声。抗うことができない甘えた環境。こんな生活を2年も続けていれば人間ダメになってくるのも仕方がない……、と自己肯定。
兄貴が結婚した2年前、愛莉さんはウチの両親との同居を快く受け入れて実家にやってきた。
しかし、問題がひとつあった。
それは思春期に差し掛かった俺の存在。兄貴の奥さんと言えど、あんな美人が一緒に暮らしているのはなかなかに神経を使う。そんな中、冗談半分で言ったお袋の「あんた、一人暮らしする?」がどんどんと形をなし、アパート経営をしている愛莉さんの両親が大家さんをしている部屋を借りることになった。
俺をはじめウチの家族は問題がなかったんだけど、愛莉さんは大反対。まさか泣かれるなんて思わなかった。
引っ越した当初は「私が家事もするから!」と言っていた愛莉さんだったが、実際にウチに来たのはセーラー服姿の……
「あの、起きてますよね? 目開けたまま天井見つめてるの不気味ですよ?」
春らしい水色のノースリーブのワンピースに身を包んだ美少女。2年前と比べると色気が増したような気がする。
「……いろいろと考えてたんだよ。おはよう心」
「はい、おはようございます。それでも返事くらいはしていただかないと心配を通り越して不気味ですよ?」
クスクスと笑いながら、1LDKの我が家のリビングに向かい朝食の配膳を整えてくれる。
顔を洗いトレーニングウェアに着替えてからテーブルに着くと、心も同じタイミングでエプロンを外しテーブルに着いた。
「今日はお昼から練習試合でしたよね?」
「うん、14時集合。まだまだ寝る時間はあるぞ?」
「何言ってるんですか? ちゃんとコンディション整えておかないといいパフォーマンスはできませんよ?」
「インハイ目指してる蒼眞達と違って、趣味に毛が生えた程度のレベルなんだからそこまでする必要ないよ」
俺の通う
蒼眞はそのチームのエースで今年こそは全国へと意気込んでいる。
そして俺は名前こそ似ているが『愉しむ』をモットーとしたいわゆる街クラの市が洞FCと言うチームにジュニア年代から所属している。
実は蒼眞との出会いはそのクラブチームのジュニアユースだった。
学区が違うので小中は違う学校だった俺たち。それでもジュニアの頃から蒼眞はこの辺では有名だったので、俺が一方的に知っていた。
弱小チームになぜ? と思っていたんだがどうやら蒼眞は知り合いを追いかけてチームに加入をしたらしいんだが、その知り合いはとっくに辞めていたらしい。
そう言えば誰って聞いたことなかったなぁ。まあ、興味ないから改めて聞きはしないけど。
点取り屋の蒼眞とセンバの俺。なぜか相性がよくことごとく突破を止めていたらなぜか気に入られた。
「斗真すっげーな!」
って感じで。
いやいや、別にすごくないし。たまたまだし。そんなこんなで俺にまとわりついてくるようになった蒼眞に高校受験を控えた中3の時、
「俺は市が洞で全国狙うから斗真もこいよ!」
と誘われ
「俺もそこ第一志望」
と答えた。
ただ、俺と蒼眞の志望理由は違ったわけで、入学後、
「斗真、部活行くだろ? 一緒に行こうぜ!」
と教室の視線を集めながら言う蒼眞に
「え? 俺入らないぞ?」
と答えた時のまんがのような衝撃を受けたリアクションを見た時は笑えた。
「なんでだよ!」
「なんでって、俺そのままFCのユースに上がったし」
「まじかよ! 一緒に全国目指すためにここ入ったんだろ?」
「いや、近いからだけど?」
ここでまたしても蒼眞のオーバーリアクション。
そんなこんなで俺は部活と言うもには入ってなく、近くの街クラで火、木、土日と週4でサッカーをしている。空き時間にはバイトもしているが基本は夕方からだ。だから早起きをする必要はないんだけど……。
「今日はトレマなんだっけ?」
「はい8時半集合ですので私たちは30分前の8時に学校集合です」
サッカー部マネージャーである心の朝は早いらしい。彼女もサッカーが好きらしく入学早々に入部していたほどだ。
「それでなんですけど斗真くん。お部屋の掃除をしていたらこんなものが出てきまして」
スッとテーブルの上に置いたA4の用紙。入部届と書かれた用紙にはご丁寧に俺の筆跡を真似て『伊里斗真』と書かれている。かなり似ているせいで兄貴なんてすっかりだまされたレベルだが、端々に几帳面さが現れるように止めはねがしっかりとされている。
「キミも懲りないね小倉さん? 俺にチームを裏切れと?」
「うっ……、そ、そういう訳ではありませんけど、斗真くんと一緒ならいいなって思っただけで……」
こうして度々勧誘をしてくる。そう言えば彼女も俺がサッカー部に入ると思っていたらしく、入らないと知ったときには「早まりました」なんて呟いていたっけ?
「まあ、応援には行かないけど蒼眞にがんばれって伝えておいてよ」
「わかりました。私は斗真くんの応援に行くので頑張ってくださいね」
俺の右手を両手で包み込む心。
「……それ、私の最後の玉子焼きですよ?」
シレッと心の玉子焼きを奪おうとした俺に気づいた心に箸を止められる。
「あれっ? バレた? だってうまいからさ」
一人暮らしを始めてからずっと家事をしにきてくれる心。兄貴には『通い妻』なんてからかわれているが本人には気にする素振りはない。
「ありがとうございます。でも、そう言うときはこっちですよ?」
自分の箸を持った心が綺麗な所作で玉子焼きを掴むと俺の口の前に持ってきた。
「はい、あ〜ん」
満面の笑みで促す彼女。
「あーん。うんうん、うまい」
「……ちょっとは恥ずかしがるとかありません?」
平然と食べるのが気に入らなかったのか、口を尖らせて抗議をしてくる。
「今更じゃない?」
俺たちは恋人同士ではない。それでも家族と言ってもいい関係ではある。
「そ、そうですねっ! ふ、夫婦みたいなものですからねっ!」
真っ赤な顔をパタパタと手であおぐ彼女。
「うん? 違うと思うけど?」
「……もう、ばか」
否定をしたら控えめに貶された。
こうして俺の1日は早くからはじまっていく。
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