2-6 元皇子の覚醒と麦わら帽子の少女


「先程の“あれ”は何だったんでしょう?」


刺客の奇襲を受けたキールとローランは馬車に戻っていた。

2人の話題はキールを守った不思議な現象へと向かう。


「、、、」


ローランは少しの逡巡のあと、意を決したようにキールを見る。


「あれは、“アンチマジック・シールド”と呼ばれるものだ。」


「アンチマジック・シールド?」


「ああ。かつてドラゴンが宿した最上位の守護魔法だ。全ての魔法を遮る鉄壁の魔法だ。」


「しかし、僕は魔法が使えないのですが、、、」


「いや、しかし、まさか、、、。」


ローランはぶつぶつと何かを呟きながらジッとキールを観察する。

キールは自分を守ったものの正体を知り、驚きで何も言えなくなる。


「もしかしたら、なのだが、、、」


しばらく考えるように黙っていたローランが口を開く。


「君は魔法が使えないのではなく、魔道具が使い物になっていなかったのかもしれない。」


「魔道具が?」


「そうだ。もっと言えば、魔力発現を確かめる水晶の効果がアンチマジック・シールドによって無効化されていたのかもしれない。だから自分は魔法が使えないと思っていたのではないか?」


キールはローランの発言に衝撃を受ける。

もはや諦めていたものが、実は既に手元にあったのかもしれない。そんな予測がキールの胸をざわつかせる。そして、キールは既に魔法の使い方を知っていた・・・・・


その時、微かに馬車の外が騒がしくなる。


「どうした!!」


ローランが馬車の扉を開けると、デウラからの伝令が衝撃の事実を伝える。


「シア様が!! シア様が刺客の人質となりました!!」


次の瞬間、キールの身体は考えるよりも先に動き出していた。


▽ △ ▽


キールの下に伝令を送ったのはデウラだった。

シアが人質となった時、正直デウラはその場で事態を収拾することも可能だった。


しかし、戦力差があり、最悪でもシアを救出できる自信があったからこそ試したのである。

主であるローランが見込んだキールという青年が、如何ほどの男なのかを。


果たしてキールが少しでもシアを助けようとするのか、を。


▽ △ ▽


「ほう。」


デウラは駆けてくる青年の姿を見て嬉しそうに驚きの声を出す。

キールの手には護衛の腰から抜き取った剣が握られている。


布を口に嚙まされたシアを見てキールは小さく舌打ちをする。

そのままキールがずんずんと前に進むと、シアの首元に刃をちらつかせた刺客と目が合う。


「攻撃対象がノコノコ出てくるとはありがたい。」


刺客は下種な笑みを浮かべてキールを挑発する。


「少しでも俺に攻撃しようとしたら、このお姫様の命はないと思え。」


「、、、」


男の挑発にキールは黙って、剣を投げ捨てる。


「流石は皇子様。物分かりが良いねえ。」


「俺の命が欲しいんだろう。くれてやるから彼女を解放しろ。」


「ほう、、、」


キールの提案に刺客が興味を示す。

その隙をついてデウラが静かに動き出すが、キールは声を張り上げてそれを制止する。


「動くな‼ 俺に任せろ。」


キールは刺客に両腕を差し出す。


「ほれ、俺の手を縛ればいい。そうすれば魔法の使えない俺は為す術なしだ。」


キールの青い瞳が妖しく光る。

刺客は何故か自分が逆らえない者に指示されているかのような感覚になり、素直にキールの腕を縛り付ける。攻撃対象の口車に載せられている状況でも、刺客は違和感を抱いていなかった。


「そうだ。」


キールは腕を縛られ、剣を突き付けられる。

その隙を見計らってデウラがシアを救出する。


「そのまま俺を切ればいい。」


キールが言うより早く刺客は剣を振り上げる。

チラリとシアを見ると、彼女はデウラに守られつつもキールを見て必死に首を振っていた。


「キール様‼」


泣きそうなシアの顔を見て、キールは少し目を見開く。

白銀の髪、麦わら帽子、淡い桜色の瞳。そして、その瞳から今にも溢れ出しそうな涙。

かつて、自分の為に泣いてくれる人がいた。


「君だったのか。」


布が外れたシアが叫び、キールはそれを聞いて少し微笑みを浮かべる。-ああ、懐かしい。そう言えば、あの時も彼女は俺の為に心を痛めてくれたな。


刺客が剣を振り下ろそうと力を込める。

キールはリラックスした笑みのまま刺客に囁く。


「お前がバカで助かったよ。」


次の瞬間、刺客は突如足元から出現した炎の槍に貫かれる。

キールは一歩下がると既に縄も焼け落ちており、腕が解放される。


「魔法が使えてよかった。この感覚も懐かしいな。」


キールは前世以来、久々に魔法を使かった感覚の余韻に浸る。


「キール様!!」


シアの声がした。


シアはキールの下に駆け寄ろうとするが、つまづいて転びそうになる。

キールは倒れそうになるシアを支えると、そのままシアを抱え上げる。


少し彼女を喜ばせたい。そんな気持ちになった。


シアが目を開けると、そこには青い瞳がシアを覗き込んでいた。

その瞳がキールであることに気付きシアは慌てて動こうとするが、それは叶わなかった。

シアはキールにお姫様抱っこされていることに気付き、恥ずかしさで顔を赤らめる。


「気付かなくて申し訳なかった、シアさん。いや、麦わら帽子のマイ・レディ。」


優しい表情でそう囁くキールに、シアは耳まで赤くなり目を見開く。

そしてキールの言葉で直感する。彼もまた自分の事を覚えていてくれたのだと。


「あぁ、、、。」


シアから小さな声が漏れる。

嬉しかった。その青い瞳を見ればわかる。彼はあの頃と変わっていない。


理想が高く、自分を固く律し、そして誰よりも優しい。

気付けばシアの頬には熱い涙が流れていた。


「もう。次も気づかなければ許しませんからね!!」


シアはそう言ってキールの胸に顔を埋める。

一部始終を見守った街の人々から歓声が上がる。


その光景を見て、ローランはウィリアヌスとのかつての会話を思い出す。

あの日、夕日に染まる花畑を駆ける2人の子供を眺め、皇帝と過ごした時間を。


、、、なお、シアは周囲の歓声に恥ずかしさで埋めた顔を上げられずプルプルと震えていた。


▽ △ ▽


「なあ、ローラン。」


「どうした? ウィリアヌス。」


「俺は、、、どこで道を踏み外したんだろうな。」


ウィリアヌスが少女を追いかけて微笑む少年を眺めて目を細める。

その表情には、どこか後悔の念が浮かんでいる。


「どこでか、なんて関係ないさ。自分が選んで歩んだ道を、正しいものにしていけばいいさ。お前ならそう言うだろう、ウィリアヌス。その信念があれば、お前は1人で歩いて行ける。」


「そうだな。ただ、どうかキールには、今の俺のようになって欲しくないんだ。」


「どういう意味だ?」


「人の王として、時に間違い、時に諭され、支えられながら歩いて欲しい。」


ウィリアヌスがローランを真っ直ぐ見つめる。


「お前ならわかるだろう。俺の抱える孤独が。」


ローランは何も言えずに固まる。

華やかな青春を駆け抜けた2人は、もうかつての関係に戻ることはできない。


「どうか、あの子たちの歩む道に祝福を。そして2人の道が、再び交わらんことを。」


穏やかな表情でウィリアヌスは祈るのだった。

陽が落ちる。されど、日は昇る。生きとし生ける者達を祝福するように。

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