2-7 それぞれの王城にて
「なぜ見つからぬっ‼」
ガドルド帝国王宮では、キールの義母クルエルが報告をする家臣を叱責していた。
皇帝継承の証であるレガリアが未だに見つからず、さらにキールの死亡確認も取れていない。
「レガリアはウィリアヌスの代に遺失にしたことにすればよい。キールだって生きていた所で所詮は魔法の使えぬ15歳。その内こちらが放った刺客の餌食になるだろう。」
-キールが生きていて、彼がレガリアを持っている。
そんな最悪のシナリオをクルエルは無意識に否定する。
「見つからぬものは見つかるまで探させればよい。それよりも、、、」
家来を下がらせクルエルは苦々しい顔を浮かべる。
彼女の目下の懸案は別にあった。息子である新皇帝リチャードと中央貴族たちである。
皇帝となったリチャードの振る舞いは行き過ぎている部分があった。
彼は偉大なる父に追いつこうと自身の権威高揚を渇望している。
王宮の正面入り口には現在、ウィリアヌスとリチャードの黄金の巨像が建設されており、これはリチャードの命令によるものだった。また、リチャードは自分の
それを見た中央貴族たちの心は既ににリチャードから離れ始めている。
そもそも中央貴族達はレガリアなき皇帝として表面上は取り繕うがリチャードへの敬意は薄く、さらに、王家の内情に精通している者達の中ではクルエルに皇帝殺しの疑惑がかかっていた。
また、英雄たちの子としてキールの人気があったということも否めない。
「今が大事な時というのに、あの息子は、、、」
クルエルは小さく愚痴をこぼしながらリチャードもとへ向かう。
リチャードは王の間で後宮の女性たちと酒を飲んでいた。
「いらっしゃっていたんですか、母上。」
リチャードが母親の存在に気が付きベットから起き上がると、後宮の女性たちは逃げるように部屋を出ていく。クルエルはそんな息子の様子に思わず舌打ちをする。
「リチャード、、、。皇帝についてからの貴方の振る舞いは目に余ります。もう少ししっかりなさい。中央の貴族たちは新皇帝である貴方の行いを注視しているのですよ。」
「何をおっしゃる‼ 私はこの国の皇帝ですぞ、母上‼ 臣下が何を言おうが私こそが父上からこの帝国を引き継いだ正統なる皇帝なのですから。私は私の思うように振る舞います。」
「ならば皇帝らしい振る舞いをすべきです。」
「なに、今に反乱が起きれば父上のように我が戦果をご覧入れます‼ むしろ、私は今に戦争が起こらないか、今か今かと待っておるのです。我が威光を知らしめる良い機会となるでしょう。」
「そのようなことを言うべきではありませんよ。戦争にはそれだけ犠牲が伴うのですから。」
「そもそも母上は心配し過ぎなのです。我がガドルド帝国軍の前に反乱軍はすぐさま平伏するでしょう。それにキールのことも、いつまでも気にすべきではないです。既に戴冠式は終えているのですから、今更奴が生きていようと、私と母上の権勢を覆すことなどできないのですから。」
皇帝になって以降のリチャードは気が大きくなり、同時に父と同等の権威を渇望していた。
クルエルは息子である新皇帝に苛立ちを募らせる。その時、伝令が王の間に入ってきた。
「失礼いたします‼」
「如何した‼」
突然の伝令にリチャードは不機嫌そうに声を上げる。
「クレモルン公爵より伝令です。帝国東部の遊牧民と帝国南部の異教徒が手を組み大規模な反乱を企てている様子とのことでした。どうやら、先代陛下の訃報を聞いてのことのようです‼」
「そうか‼」
伝令からの報告を受けたリチャードは嬉しそうに声を上げる。
クルエルは息子の様子に軽い頭痛を覚える。
「母上‼ 我が威光を示す時が来ました。貴族たちを集めろ‼」
リチャードは立ち上がって歩き出す。
そんな息子の後ろ姿にクルエルは小さく溜息をつくのだった。
▽ △ ▽
襲撃事件から1日。シアは幸せを噛みしめていた。
朝起きたベットでシアはニヤニヤと口角が上がるのを必死に抑えていた。
「ああ、どうしましょう。」
シアは昨日のキールの微笑みを思い出しては赤面する。
忘れられていたと思っていた幼いながらに憧れていた人は、自分を覚えていてくれた。
思い出のキール皇子は美化されたものだと思っていた。
しかし、自分に微笑みかける青年は思い出と遜色ないほどに理想の好青年だった。
「朝食を食べなければ。」
シアはベットを降りると、いそいそと動き出す。
何となく花畑の見えるラウンジに足を運んだシアはそこで朝食を取る事にする。
シアが一人で菜の花畑を眺めながら朝食のサンドイッチとハーブティーを楽しんでいると、
おもむろにキールがラウンジに入ってくる。
「おはようございます。シアさん。」
シアに気付いたキールは少し恥ずかしそうに挨拶をしてくる。
キールも昨日のことを思い出しているのか、シアに視線を合わしては逸らしてしまう。
「キール様‼ どうしてこちらに?」
「ふいに花畑を見たくなって。ああ、どうぞお食事を続けてください。」
キールは立ち上がったシアを座らせて。自分は取っ手に手をかけ花畑を見下ろす。
シアはドキドキを抑えつつ、食事を再開する。
「綺麗ですね。」
急に横で言われた言葉に驚きシアが振り向くと、キールは柔らかな笑みを浮かべて花畑を見ていた。
そよ風に揺られる黒い前髪からは青い瞳が覗き、その表情はリラックスしている様だった。
「君には本当に感謝しているんだ。」
「え?」
「あの頃の僕は子供ながらに孤独だったんだ。僕と会う人はみんな作り笑いを浮かべて、皇子である僕によく思われようとしていると思っていたんだ。本当は、心から僕を大事に思ってくれている人もいただろうけど、そうじゃない人もたくさんいたと思う。」
キールがシアの方に顔を向ける。
「そんな中で君はありのままに思ったことを僕にぶつけてくれた。それに、こんな僕と一緒に何かしたいと言ってくれた。あの時に、凄く嬉しかったんだ。」
キールはあの時を思い出すように目を細める。
「それに、君はもう一つ気付かせてくれたことがある。」
「もう一つ?」
「君に抱きしめられて、君の涙を見た時、僕の目指した王の姿が間違えていたことに直感的に気づいたんだ。僕は自分の感情を殺してもいいから正しい皇帝になろうとしていた。だけど、あの時、君のおかげで、それを悲しんでくれる人がいること気付かされた。その時に、時には間違えてもいいから、少しづつ善い皇帝になろうと思えたんだ。」
「そんなことまで考えていません。あの時はただ、、、」
ー貴方が可哀そうで、苦しそうで、貴方を支えられたらと思ってー
「それでいいんだ。貴方の純粋な思いに、僕はあの時、救われたんだよ。」
何てクサいセリフを言うんだこの皇子は‼ ああ、それにしても顔が良いわ。
そんなことを思いながらシアはキールを見上げて、青い瞳を見つめる。
数秒見つめ合い、2人は笑いあう。
「君に感謝を伝えられてよかった」
そう言って微笑むキールの笑顔にはどこか寂しげな面影があった。
キールはもう一度花畑を眺めて目を細めると、その場を去っていく。
残されたシアは、キールの背中を眺め1人佇む。
少し冷たい風が肌を撫でたような気がした。
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