2-3 ローランの歌


「よう。」


ローランが軽い挨拶をしてキールのいる部屋に入ってくる。

片手に灰色の大剣を携えたローランの腕は木の幹のように太かった。


「こんにちは。」


「傷の具合はどうだ?」


「シアさんのおかげでだいぶ良くなりました。」


「そうか、そうか。シアの回復魔法の腕はメリナにも匹敵するからな。親の俺が言うのもなんだが、あれはまさに天性の才能だ。キール殿はどの属性の魔法を使うんだ?」


キールはシアが魔法を使った所を見てはおらず違和感を覚えるが、それ以上にローランから発せられた質問の回答に少し戸惑う。


「魔法は使えないです。」


「何と...それはすまなかった。」


ローランは驚いた表情を浮かべるが、すぐにキールに謝罪する。

少し2人の間に気まずい雰囲気が流れるが、キールは気に留めることも無く別の話題を口にする。


「僕のことは大丈夫です。慣れてますので。それよりも母上のことを教えて下さい。」


キールは母であるメリナのことを知らずに育ってきた。

偉大なる皇帝に見初められた天才的な大魔術師、それが唯一キールの知っている母親の姿だった。


同時に、酒呑童子としての記憶の中にも両親の思い出はない。

その出自の曖昧さと特異性から龍神の子とも呼ばれた酒呑童子だったが、最も幼い記憶は寺に拾われてからのものであり、親というものの存在を意識したこともなかった。


だからこそ、自分の知らない母親の面影を知りたかった。


「そうか。そうだな。ならばウィリアヌスの代わりに話そう。俺たちの"青春"の話を。」


そう言うとローランはベッドの近くにある椅子に腰掛け、昔を思い出すように遠くを眺める。


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40年以上前、5人の若者達が放浪の旅をしていた。


1人は王家の血を引く聖騎士パラディン、ウィリアヌス。

1人は目見麗しい女性魔法使い、メリナ。

1人は剛腕自慢の"来訪者ヴァイキング"の青年、ローラン。

1人はハイエルフの女性騎士、エステ。

1人は二振りの戦槌を携えたドワーフ、オストル。


彼らの征く道は輝かしき騎士道冒険譚。


東にゴブリンに襲われる集落があればそれを救済し、西に盗賊団が現れればそれを捕らえる。

北でドラゴンが暴れれば、打ち倒して財宝を持ち帰り、南の異教徒軍と渡り合った。


彼らは数多あまたの功績を挙げ、数々の武器や財宝を手にした。

彼らは気前よく人々を助け、そして見返りを求めなかった。


魔剣ノートゥングを持つ熱血漢ローランに冷静かつ頑丈なる戦士オストル。

卓越した槍と長弓の使い手たるエステに全属性の魔法を高度に操る大魔術師メリナ。

そして、彼らをまとめ上げる聖騎士王子ウィリアヌス。


彼らが放浪の騎士だった7年間はまさに伝説であり、彼らは疑いもない大英雄だった。

そして、その伝説は24歳で戴冠したウィリアヌスの即位後も続いてゆく。


若き皇帝ウィリアヌスは仲間達と共に史上稀に見る大帝国を築きあげる。


ウィリアヌスの即位後、すぐに周辺国が同盟を組みガドルド帝国へと反旗を翻した。

周辺国の王達は若き皇帝の野心を恐れつつも、包囲網でこれを抑え込めると高を括っていた。


しかし、若きウィリアヌスの野心は別にあった。

それは、東の蛮族の服属と教化、そして南の異教徒軍からの旧教会国領土の奪還という聖騎士パラディンとしての責務であり、周辺国を含めた教会国の統一はウィリアヌスにとってはもはや足掛かりでしかなかった。


ウィリアヌス治世3年のうちに敵対した周辺国はガドルド帝国に呑み込まれる。

聖騎士皇帝の往く道を阻むものはなく、彼の進む道を理想に共感した敵国民が先導した。

ガドルド帝国は急速にその版図を拡大していき、古き支配者エクセル王国が吸収されたことを機に、教会国は完全な統一を果たす。その頃にウィリアヌス帝はメリナを妻として迎え入れた。ウィリアヌスが32歳、治世8年目のことだった。

そして、そこから長い異教徒達との戦いが始まる。


ウィリアヌス帝の在位期間は戦争と遠征の40年だった。

特に教会国統一後の32年間のうち、彼は40回以上の遠征を実施した。

その中でも特筆すべきは皇帝と4人の英雄が揃って参加した23回の聖騎士軍遠征といえる。


4人の皇帝の同胞達は兵としても将としても優秀だった。

圧倒的な破壊力で精鋭部隊を率いたローランを筆頭に、冷静沈着な判断で戦況を有利に進めるオストル、その勇姿で長槍重装騎兵隊を率いたエステ、戦死を許さない回復魔法に多彩な魔法攻撃で戦場を彩るメリナ。聖騎士皇帝と4騎士は聖騎士軍遠征においても英雄的活躍を続けた。


ウィリアヌスの遠征は連勝を重ねていくが、戦争は泥沼化していく。

皇帝の占領地域への対応は寛容であり、降服した地域は一切の攻撃を免れ、宗教の自由すら許された。一方で戦闘を選んだ地域に対しては圧倒的な強さで蹂躙し、徹底的に叩きのめした。

皇帝の態度は支配地域の拡大を急速に進めたが、遠征が終われば被支配地域は反乱を起こした。


反乱はウィリアヌス帝が再び遠征で近づけば降伏によって終息した。

皇帝は反乱した者達を許した。この支配地域に対する皇帝の甘い態度に一部の臣下たちからは不満の声が挙がったが、ウィリアヌスはあくまで聖騎士としての振る舞いを固持した。

打開策として4騎士の1人エステを、奪還した南方地域クレルモンの公爵とし常駐させることとなったが、それでもさらに遠方の辺境部では反乱と降伏が繰り返さた。

これ以降、かつての5人の英雄が揃って戦場に立つことはなくなる。


とはいえ、この頃には不安定な辺境部を除いてもガドルド帝国の領土はウィリアヌス帝即位前と比較しても3倍以上の広さとなっており、遠征による商的流通の活発化も合わさり、長い戦争状態とは裏腹にガドルド帝国内は繁栄を享受した。

ここにガドルド帝国は最盛期を迎える。ウィリアヌスが46歳、治世22年目のことだった。


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「、、、ここまでがウィリアヌスと俺達5人の“青春”の物語だ。ちょうどこの頃に、俺も北の海から帝国への襲撃を繰り返していた“来訪者ヴァイキング”達の防波堤として北方の港を抱えるラグクラフト公領の領主となった。“来訪者ヴァイキング”の中でも俺の名前は知られていたからな。適役ではあったが、エステも俺も前線での戦闘からは離れざるを得なくなった。」


ローランはそう言うと傍らに携える灰色の魔剣を見る。


「このあと、俺達はそれぞれの道を歩むことになる。共に旅をし、理想を掲げ戦った若者達は、気付いた時には、もう大人になりすぎていた。“青春”の夢から覚め、大人になる時が来たんだ。」


そう言ってローランはキールに意味ありげな視線を送り、悲しそうに笑った。


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ウィリアヌス帝には長いこと跡継ぎが生まれなかった。

第一子となるリチャードをクルエルが身ごもった時には既に40歳になっていた。

周囲の人々は王子の出生に沸いた一方で、日頃から仲睦まじいメリナではなくクルエルが妊娠したことを不思議がる者達も多かった。しかし、その3年後にクルエルは再び第二子を授かる。


私生活の変化に関わりなく皇帝の遠征は続く。

ウィリアヌスは華やかな宮廷社会よりも、戦場をこそ自身の身の置き場として愛し、その傍らにはいつもメリナの姿があった。

王として成熟したウィリアヌスの横に佇むメリナの見た目は若々しく、その姿はエルフであるエステやドワーフであるオストル同様に20年以上の月日が経っても殆ど変化がなかった。

その“違和感”に人々は気づいていたが、それを問いただす者はいなかった。



しかし、メリナの死によって彼らの“青春”は終わりを迎える。



事の発端はメリナの妊娠だった。

待望の2人の子に帝国は沸き、その喜びは各地で祝祭が突発的に巻き起こった程だった。

メリナは前線から退き、皇帝と共に王宮へと戻ることとなった。


この年はウィリアヌス治世の中で、唯一半年以上遠征が行われなかった年となった。

皇帝は親身に王妃メリナを支え、メリナの腹の子は順調に大きくなっていった。


いよいよメリナのお産が近づくと、メリナは1人で王宮の外れにある離れに籠ることが多くなる。

離れには皇帝はおろか、女官や産婆も入ることが許されなかった。

通常ならば有り得ないことだが、メリナの懇願によってそれが許されていた。



そして、その日が訪れる。

それは、朝日が映す淡い水色と雲の薄いピンク色が混ざり合う肌寒い早朝だった。



メリナは産気づき、離れに籠った。

彼女は自分以外を離れに立ち入ることを拒み、皇帝のみが扉の前でその時を待った。

メリナの荒い息と苦痛の呻き声が外まで響き、皇帝は扉を開けたいという気持ちを必死に抑え込み、1人で扉の前に立って妻を待ち続けた。


約2時間程経った時、中から赤子の泣き声が皇帝の耳に届いた。

皇帝は思わず扉を開けて離れの中に入る。


そこには母に抱かれながら泣きじゃくる赤子と、息子を抱いて息絶えた母の姿があった。

皇帝は母子を抱えると、離れを去る。


皇帝は王家の墓地に行き、メリナを埋葬する。

これが家族3人が過ごした最初で最後の時間となった。


皇帝は墓に頭を垂れ、我が子を胸に涙を流すと、王宮へと戻っていく。

赤子はキールと名付けられ、王宮で育てられることとなる。


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「、、、これが俺達の、そして、君の物語だ。」


ローランが重く口を開く。


「ウィリアヌスはメリナを失ってからは徐々に敵や占領地に残酷な仕打ちを行うようになった。奴は征服者として振る舞い、覇王として君臨するようになる。その心は分からないが、とにかくウィリアヌスはその出来事以降、少しづつ変わっていった。」


「、、、」


「そして、俺達もウィリアヌスを救ってやることはできなかった。俺も、オストルも、エステも、少しづつウィリアヌスの傍から離れていった。若き聖騎士皇帝は偉大なる大帝となり、騎士達は領主となって思い出と共に主従関係だけが残った。“青春”は、終わったんだ。」


ローランが優しく微笑む。


「それでも、俺達の歩んだ日々に悔いはない。5人の青春はきっとここで生き続けている。」


ローランは自身の胸を叩き、そしてキールの胸に手を当てるのだった。

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