2-2 ローラン・ラグクラフト


「失礼しますね。」


シアがキールの包帯を外して、傷口に薬草を当てる。

キールが目覚めて以降、シアは毎日キールのもとに通い、右肩の傷の手当をしてくれている


「少し染みます。」


シアは傷口をゆっくりと擦り、キールは肩に暖かな感覚を覚える。

シアの献身的な手当てにより、矢の突き刺さったキールの肩の傷は徐々に癒されていった。


「ありがとう。だいぶ楽になったよ。」


「いいえ。良かったです。」


キールの感謝にシアはそう言って微笑むと、そそくさと部屋を出ていく。

初日以来、キールに対するシアの態度は常に好意的ではあるものの、どこか余所余所しかった。


「…まあ、あくまで一時の客人に過ぎないからな。」


キールはそう言ってシアの出ていった扉を見る。

既にキールが目覚めてから5日程が経過していた。


「いつまでもローラン殿に甘える訳にもいかない。」


キールは小さく呟く。


「追手もそろそろ来る頃だろう。傷が完全に癒えたら出ていかねばな。」


そう言って窓からラグクラフト城下の街を見下ろすキールの瞳は冷めていた。


この5日間で酒吞童子の記憶はキールの意識と徐々に融合し、既にキールの中で調和がとれていた。

祖国を追われた哀れな皇子の表情は、どこまでも大人びている。


過去も、現状も悲観することは無いが、燃えるような闘志は失われていない。

偉大な王への野心も、尊敬する偉大なる先帝の仇への怒りも、キールの中で決して消えることは無かった。


キールはかつてと変わらぬ理想を抱き、記憶に眠るかつての力を欲していた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


同時刻。

クルエルの臣下フラムがローランの下を訪れていた。


「失礼する。」


「良くいらした、フラム殿。こうしてちゃんとお話しするのは初めてですな。」


「そうですな。かつての・・・・大英雄ローラン様にお会いでき身に余る光栄。」


「こちらこそ、フラム殿のお名前は聞き及んでいる。王妃殿の良き助言役・・・とのことで。」


2人の視線が交差する。


「して、そんなフラム殿がこんな老いぼれに何の用で。」


「いえ、もしご存じでしたらキール皇太子の行方を御教授頂きたく。」


「キール皇太子? 知りませぬな。彼とは特段の面識もない故、知るはずもない。」


「そうでしたか。実は直轄領とラグクラフト公領の間で失踪しておりまして。」


「そうだったか。とはいえ、そんなことは私のあずかり知らぬことだ。」


ローランはつまらなさそうにそう言って目を逸らす。

フラムは表情を変えずにローランを凝視する。


「そうでしたか。では捜索兵を派遣してもよろしいでしょうか?」


「駄目だ。援軍以外の公国領内への派兵は約定で禁止されている。」


「そのような約定は聞いたことがございません。」


「ならばフラム殿の勉強不足だ。ラグクラフト公爵位は他の諸侯連中とは訳が違う。ローラン・ラグクラフトが確かに先帝陛下と派兵禁止の旨の約定を結んだ。見せてやってもいい。」


再び視線がぶつかり合う。


「それは失礼致しました。」


「うむ。許そう。」


「話は変わりますが、ローラン様は先帝陛下の葬儀にはお越し頂かなかったようで。」


「風邪をひいておった。先帝陛下にすまないことをしたな。」


「…そうでしたか。お大事になさってください。」


「うむ。そうするよ。」


2人の間に緊迫した静寂が流れる。


「それでは、本日はこれにて失礼いたします。」


「そうか。そこに控えるデウラに門まで案内させよう。」


ローランはそう言うと謁見の間の扉に控える黒装束の家臣に目配せをした。

フラムがデウラと呼ばれた家臣と共に謁見の間を下がっていき、会談は終了する。


「...デウラに間者の始末をさせねばな。」


残されたローランはそう呟くと、不敵に笑うのだった。

一方、城を出たフラムは馬に乗ってラグクラフト城を睨んでいた。


「ローラン・ラグクラフト。“来訪者ヴァイキング”の分際で。今にみておれ...。」


配下の護衛を従え、フラムはそう吐き捨てる。

やがて王宮からの使者達は馬を駆けさせ帰路へと着くのだった。



謁見の間に黒装束の家臣が戻ってくる

デウラと呼ばれたその家臣は、外見はローランと同年代のように見える。


「戻った。」


「おう、デウラ。」


ローランとデウラの2人は友人のように言葉を交わす。


「まっすぐ帰ったか?」


「恐らくな。ただ配下の何人かは残っているだろう。」


「そうか。」


「泳がすか?殺すか?」


謁見の間に影が差し込む。

それは玉座で前屈みになりデウラを見つめ返すローランの顔の彫を揺らめくように浮き上がらせる。ローランは笑みを深めて、ゆっくりと頷いた。


「わかった。」


デウラが小さく頷き、立ち上がる。

同時にローランも立ち上がり、手元にある剣を携えて謁見の間を出ようとする。


「どこに行くんだ?」


「ああ、彼の様子を見てくる。」


そう言って部屋を出ていこうとするローランにデウラが声を掛ける。


「...あまり肩入れしすぎるなよ。別に縁者でもないのだろう。あまり公領内にトラブルを持ち込むべきではない。違うか?」


「かつての友人の遺児だ。少しくらいは面倒を見るさ。」


「そうか。好きにしろ。」


それだけ言うとデウラは姿を消す。

ローランは少し笑顔を浮かべると、部屋を出ていくのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


その頃、帝国ではレガリアの不在という重大な事実が発覚していた。

ウィリアヌス帝の葬儀を終えたクルエルはリチャードを次なるガドルド皇帝に推薦した。


着々と進められる戴冠式の準備のなかで、それは発覚した。

そもそもクルエルもリチャードも“アルテミスと戴冠する狼の蠟封”の在処をウィリアヌスからは聞いてはおらず、捜索のなかで蝋封が何者かに持ち去られていることが分かったのだった。


王冠や玉座よりも重要であるレガリアの不在に、王宮は震撼していた。

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