第2章 ラグクラフト公爵領と白銀の公爵令嬢

2−1 目覚めと白銀の桜色


ぼんやりとした風景。

夕焼けの美しい黄色い花畑を2人の子供が走る。

麦わら帽子を被った少女が先を行き、少年がそれを追いかける。


「皇子様、こっちよ。」


少女は振り返るとニッコリとした笑顔を向けて少年に呼びかける。

少年を見つめる少女の桜色をした瞳は夕日に反射して燃えるように輝いている。


夕日は花々の黄色をより鮮やかにし、眩しい陽光が2人を包む。


-Vive la mon prince-


遠ざかっていく夢の中で、少女は柔らかな微笑みを浮かべる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「、、、」


右肩の痛みにキールの瞼が開かれる。

キールは周囲の状況が分からず、キョロキョロと周囲を確認する。


キールはうつ伏せでベットに寝かされており、視界の先には椅子に座って眠る少女の姿があった。

窓から差し込む陽光に少女の白銀の髪がキラキラと光り、少女の肌は髪に負けないくらい白かった。


年齢は16歳のキールより少し年上くらいだろうか。

整った顔立ちをした少女は椅子にもたれてスウスウと寝息を立てている。

キールは何とか自分が生き残ったことを実感し、起き上がろうとする。


「グッ…!!」


身体を持ち上げようと両腕に力を入れた刹那、右肩に激痛が走りキールは崩れ落ちる。

ベッドが大きな音を立てて軋み、閉じていた少女の瞳が開かれる。


「あっ‼」


少女が立ち上がり、キールに近寄る。


「まだ傷が閉じ切っていないので、無理に動かないでください。」


少女はそう言ってキールが仰向けになり上体を起こすのを手伝ってくれる。

キールの青い瞳と少女の桜色の瞳が交差する。


「ありがとう。君が手当てしてくれたのかい?」


キールはそう言って包帯で固定された右肩をさする。

部屋は石造りになっており、窓の景色から高い建物の一室であるようだった。


「はい!! 目を覚まされて、安心しました。」


少女はキールに声をかけられて少し目を見開くが、すぐにそう言って、柔らかな微笑みを浮かべる。

キールは少女に敵意がないことを感じ取り、少し安堵する。


「ありがとう、、えっと、、」


キールが少女の呼び方に戸惑うと、少女は名乗ってくれる。


「シアと申します。シア・ラグクラフト、公爵ローランの娘にございます。」


少女の発した“ラグクラフト”という言葉にキールは全身の力が抜け落ちるような感覚になる。

助かった、そんな思いがじわじわと実感に変わっていく。


「シア殿、はじめまして。貴女あなたの献身に心からの感謝を。」


キールがそう言って少女に微笑むと、少女は一瞬複雑そうな表情を見せる。

しかし、すぐに少女はピンと背筋を張って笑顔を浮かべる。


「父を呼んでまいります。」


少女はそれだけ言うと、逃げるように部屋を出ていくのだった。



少女が出ていった数分後、今度は1人の男性が部屋に入ってくる。

男性は大柄で屈強な身体つきをしており、顔の堀は深く、年齢は50代ぐらいに見えた。


「キール殿、目を覚まされたようですな。」


男性はそう言うと少女が座っていた椅子に腰かける。

何度か王宮で父と話している所を見たことがある。


「私はローラン・ラグクラフト。ウィリアヌス帝より公爵位とラグクラフト公領を預かっております。キール殿がまだ幼い頃に娘のシアと共に1度お話しております。大きくなられましたな。」


ローランはそう言ってニカッと笑う。


「父よりローラン殿のお話は伺っております。この度はありがとうございます。」


“剛腕のローラン”とあだ名される英雄、ラグクラフト公ローラン。

キールと相対あいたいしているこの男は謂わずと知れたウィリアヌス帝の右腕であり、北方からの襲撃者である“来訪者ヴァイキング”の血を引く戦場の鬼としてその名を馳せた人物である。


ローランはウィリアヌス帝の忠臣であり、友人であった。

そして今はキールの庇護者となり、キールの命は彼の一存に握られることとなった。

キールとローランは主君と臣下の関係ではない。それはキールとローランの両者の共通した認識であり、互いにそれを理解していた。


「うむ。気を張っているのは良い心構えだ。」


ローランは父の忠臣ではあったが、キールと特別な関係がある訳ではない。

キールは心の中でローランを本当に信用すべきかの迷いがないわけではなかった。

ローランはそんなキールの思いを見透かしたかのように笑う。


「安心するがいい。殺すつもりならシアに頼んでまで治療はさせない。それに、旧知の友2人の子息を殺すほど残酷なことをするつもりもないさ。」


「2人、ですか?」


「君のお母様の事だよ。かつての仲間であり、大切な友人だ。」


キールは自分が幼い頃に亡くなってしまった母親の記憶が殆どない。

貴族の出身ではないようだが、ウィリアヌス帝の最初の妻であり、ウィリアヌス帝が皇帝位に就く以前からの友人関係だったことは知っている。そして、ウィリアヌス帝は彼女の息子であるキールをクルエルの息子達よりも明確に寵愛する程には彼女を愛していた。


「メリナのことはウィリアヌスからあまり聞いてないのかい?」


ローランの問いに頷くキールを見て、ローランは少し寂しそうな表情を浮かべる。


「、、、今度、君の母上の話をしてあげよう。」


それだけ言うとローランは椅子から立ち上がる。


「ゆっくりと怪我を治すといい。我が領地にいる限り、君の安全は私が保証しよう。」


最後にそう言い、ローランは部屋を出ていくのだった。

窓からは夕日が差し込んでおり、外は暗くなり始めていた。



部屋にはキールのみが残される。

少し時間が経って、キールはようやく状況の整理が付いてくる。


キールは自分の掌を見つめ、手を開いたり閉じたりする。

見慣れた自分の手のひら。かつての記憶からは幾ばくか小さく、綺麗な手のひら。


「生きている。」


キールとして。

かつての酒吞童子の生まれ変わりとして。


キールは拳を握り締めると、自分の胸を強く叩く。

それは、誰かと約束をするかのように。自分自身に何かを誓うかのように。


心臓は鼓動を続けている。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「キールが見つからない?」


その頃、ガドルド帝国王宮ではウィリアヌス帝の葬儀が盛大に行われていた。

葬儀の最中にフラムの報告を受けたクルエルは顔をしかめる。


「傷を負って森で彷徨い、恐らくは死んだかと。」


フラムの発言にクルエルは首を振る。


「見つけるまで探しなさい。この目でそれ・・を確認するまでは安心できないわ。」


クルエルの言葉にフラムは頷くと、影の中へと消えていくのだった。

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