1-4 交わらざる者達
キールは真っ暗闇の中を1人歩く。
そこに光はないが、何故か自分の姿はハッキリと視認することができた。
「よう、キール。」
声を掛けられキールが顔を上げると、そこには馴染みのある人物が椅子に座っていた。
かき上げられた黒髪に、髪筋骨隆々とした赤茶色の肌、日本人の顔立ちと違和感を生み出す青い瞳。
酒吞童子、キールの前世である人物であり、記憶を共有した人物、その人が目の前にいる。
「待ってたぞ。随分と大変そうだな。」
そう言って酒吞童子はカカカッと笑う。
気付けばキールの前にも椅子があり、酒吞童子は座るように促す。
「もうわかっているだろうが、俺は大江山の鬼こと酒呑童子だ。俺もお前と同じように、お前の人生を見せてもらったぞ。王権への反逆者の生まれ変わりが筋金入りの王子様だからな。皮肉なもんだ。」
「貴方の人生に比べれば、あまり面白くはなかったでしょう?」
キールは少し自嘲的に笑う。
死んでから思う。自分はなんてつまらない人生を歩んだのか。
「まあ、それはそうだな。俺と境遇は違うが、生まれは似ているかもな。」
「そうですか?まあ、僕が死んでしまってはもう意味のないことですが。」
キールはぶっきらぼうにそう言い放つ。
それを見た酒吞童子は何故かニヤニヤとしだす。
「お前って結構いい性格してるんだな。やはり俺に似ている。」
生前は帝国王家の一員として常に自分の振舞いに気を使っていた。
しかし目の前にいるのは記憶を共有した、謂わばもう一人の自分。
キールがこの場所で気を使うことは無かった。
「似てないですよ。結局、王家の箔を剥がせば、僕はただの卑屈で未熟な少年。貴方のように誰かを率い、誰かに信仰されるような器ではない。」
「まあ、そう言うな。それでも俺の生まれ変わりなんだから。これでも俺は見方によっちゃ英霊の座に座る権利を持つ人物の1人だ。そう卑下するもんでもないよ。」
「貴方は変わらず優しい人だ。やはり僕とは違う。」
「変わらんよ。お前だってその本質は善だ。違うと思うなら自分自身で気付いていないだけだ。お前が言った“王家の箔”の中にだってお前の本質が潜んでいるはずだぞ。俺だって"鬼の頭領"の看板を背負っていただけの青年に過ぎない。まあ、生まれは少し特殊だったがな。」
そう言って言葉を区切ると、酒吞童子はニヤリと笑う。
「それに、言っただろう。お前だって生まれは特殊だぞ。」
「王家に生まれたことは幸運であっても、貴方のような特殊さはないですよ。それに、もしかしたら不幸ですらあるかもしれない。現に僕は王家に生まれたせいで、こうして命を落としているんですから。」
キールがそう言って酒呑童子に目を向ける。
酒呑童子は少しムキになっているキールの様子が面白いらしくニヤニヤと笑みを浮かべている。
「お前の言うとおりだよ。王家に生まれるなんざ不幸でしかない。お前みたいに若くして苦労するかもしれないし、俺みたいな反逆者にいつか殺されるかもしれない。」
「そういうことです。」
「そうかもな。」
酒呑童子は案外あっさりと引き下がる。
「王家に生まれたことの是非は知らないが、良い親の元に生まれたことには違いないぞ。あれは俺が知っている王の中では最も高潔な部類に入るだろう。王権の反逆者たる俺が言うんだ、悪くないだろう。」
「しかし、僕は父との約束は果たせなかった。父のような偉大な王にはなれなかった。」
「まだ諦めるには早いんじゃないか?俺の記憶まで引き継いだんだ。いくらでも目指せるだろう。」
「何を言っているんですか?僕はこうして死んでいるじゃないですか。」
ここで我慢ができなくなったのか、酒呑童子は声を出して笑い出す。
キールは何を笑っているのかと鋭い視線を送る。
「一つ勘違いをしているようだが、お前は
唐突に告げられた酒呑童子の言葉にキールは絶句する。
自分は死んだのではないのか。ならばここはどこなのか。
なぜ自分の前世が目の前に座っているのか。自分は倒れた後どうなったのか。
色々な疑問が頭の中を駆け回る。
「ハハハ。良い表情だ。生への渇望こそ全ての原動力になる。」
酒吞童子は先程までの諦めた様子から一転し戸惑いの表情を浮かべるキールを面白がって笑っていたが、キールの咎めるような視線に気付いて軽く手を振る。
「いやいや、すまない。ここがどこなのか、気になってるんだろう?」
他にも聞きたいことが沢山あるとばかりにキールが頷く。
それを見た酒呑童子は大げさに足を組みなおす。
「この場所は俺が神に頼んで用意してもらった。まあ特別会場みたいなもんだ。」
「神、ですか。」
「ああ。感謝しろよ。本来ならば俺はお前に転生して、お前の自我は消滅する運命だったんだからな。俺が奴に頼み込んだおかげでお前の自我は生き残ってるんだぞ。」
再び酒吞童子から発せられた衝撃の事実にキールは何も言えなくなる。
本来はキールの身体は酒呑童子の精神に奪い取られ、キールの自我は消滅する運命だった。
それは死ぬことと同義であり、精神が消滅するならばむしろ死より残酷なものだ。
「安心しろ。そんなつもりはない。」
酒吞童子の言葉にキールは少し安堵する。
しかし、それと同時に酒呑童子の自我がどうなるかが気になった。
「それでは、貴方の自我はどうなるのですか?」
「そんなことは知らん。」
酒吞童子はケロッとした表情でそう言う。
しかし記憶を共有しているキールは酒吞童子の最期を知っている。
「貴方はそれでいいんですか?志半ばで散ったのは、むしろ貴方だ。」
「俺は俺の人生に満足している。反逆者として散り、後世に悪名を響かせた。千年後にはちょっとした英雄の1人だ。あのしかめっ面武人の頼光の野郎よりも有名だ。」
そう言って酒吞童子が笑う。
その自嘲気味な笑顔はキールのそれとよく似ていた。
「それに俺は今でも反逆者だ。他人の自我を奪ってまで続く運命や、それを司る神になんてとことん抗って、逆らうまでだ。それが俺の生き方だ。それでも、転生してから運命に抗って自殺したら、お前の自我が無駄死になるだろう。」
酒吞童子がビシッとキールを指さす。
「だからこうしてお前と話す機会を持ったんだ。」
酒吞童子の青い瞳とキールの青い瞳が交錯する。
「俺らは共犯だ。同じ精神を宿す反逆者だ。お前は俺の生まれ変わりであり、俺はお前の前世だ。」
酒吞童子が立ち上がり、キールに拳を突き出す。
「生きろ。それこそが俺達の最高の反逆だ。」
キールも立ち上がる。
戸惑うように自分の手のひらを見る。
顔を上げると酒吞童子の青い瞳が優しくキールを見つめる。
その瞳はまるで父親のようであり、どこまでも澄んでいた。
「なにも恐れることはない。約束があるんだろう。」
キールは拳を握りしめる。
背筋を伸ばして拳を突き出す。
2人の拳が重なりあう。
「それでいい。頑張れよ、キール。」
酒吞童子の言葉が頭に響き、キールの意識は再び途絶えた。
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「本当に良かったのか?」
「ああ。」
最上神の問いかけに青年がぶっきらぼうに答える。
「敗北者は負け犬らしく、地獄で頼光共の爪の垢でも煎じて飲んでるさ。」
「しかし、お前さんは自身が転生することも選べたろう。」
「奴の反応次第ではそうするつもりではあったが、、、まあ似ているからだな。情が湧いたんだよ。それに言ったろ、俺は反逆者だ。お前の考える運命なんて、心底クソ喰らえって思ってんだよ。」
「そうか。あくまでお前は酒吞童子であることを貫くのだな。」
「それは違うぜ。
「反逆者は誰に祈るんだい?」
「うるせえ。お前のそういうところ、大嫌いだ。」
そう言う青年の表情は、変わらず笑顔だった。
A--------------------------あとがき----------------------------Z
ここまでご覧いただき、ありがとうございます!!
これにて第1章終了です!!
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それでは引き続き本作をお楽しみください!!
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