3.生贄を異世界から調達します

「今年から祭りの生贄は異世界から調達します」


 眼鏡をかけ、牛のように肥え太った男はマイクを持ちながら村人たちの前で声高らかに宣言した。

 当然のことながら、村人たちは動揺し、その動揺はまるで波紋のように周りに広がっていった。


 村人たちがいるのは、陰衆村唯一の公民館で、その公民館は村の小学校の体育館と同じ程度の大きさがあった。


「ふざけているのか!」

 村の老人たちが男に向かって怒りの声をあげる。

 しかし、男は老人たちの怒号を完全に無視し、眼鏡をクイッと上げた。


「確かにふざけているのかと思われるかもしれません。しかし、考えてみてください。もうすぐ、陰衆村北北南南きたきたみなみみなみ祭りがあるのにも関わらず、■■■様に捧げる生贄は未だ決まっていません。外部の人間余所者を使おうにも、最後に彼らが来たのはいつか皆さん覚えていますか?」


 村人たちは確かに……とお互い顔を見合わせる。

 先程怒鳴っていた老人たちも言い返す言葉が無いのか、悔しそうに男を睨む。


「そうです。この陰衆村には様々な名所がある……とあなた方は思っているようですが、実際のところ外部の人間が1年に1人この村にくれば良い方なわけで。まぁ、食料の搬入やらで来る人達もいますが、彼らを生贄にするのは流石にマズイでしょう」


 男は頭の汗をハンカチで拭く。

 男は興奮しているのか、男の体からは湯気のような煙が出ており、熱気を発していた。


「それなら、この村から出ていた連中を呼び寄せて生贄にすればいいでないか」

 先程、男に怒号を飛ばしていた老人が顔を真っ赤にして男に叫ぶ。


 男は汗をハンカチで拭きながら男にニッコリと微笑む。


「そんなこと考えるから、この村の若者がみんな出ていくんですよ」

 男は突然、汗でびっしょりのハンカチを老人に投げつける。


「何をするで汚ぇ!……熱ッ!?」


 老人は急いで自身に降り掛かったハンカチを払い除ける。

 ハンカチが当たっていた場所は重度の火傷のようになっており、ハンカチは凄まじい湯気を発していた。


「元村民を生贄にするという案は却下です。出ていってしまったとはいえ、仮にも元同胞を生贄にするなんて野蛮です。■■■様もきっとお喜びになりませんよ」


「じゃあ、プラネタリウム上下さんを生贄にするのはどうでごんすか?」


 肩幅が異様に広い、わさび農家の文部蘭もんぶ らんはそう提案した。

 村民達からは確かにという声が上がる。

 しかし、男は笑みを浮かべたまま言った。


「あんな汚らしいものを生贄にしたら、我々皆殺しにされても文句は言えませんよ?」


 村人は皆納得してしまい、彼を生贄にするという考えを改めた。

 ちなみに、この会話はプラネタリウム上下が村を訪れてから毎年のように案として上がっていたが、毎回同じ理由で却下されていた。


「えー、ここでお知らせです。巫女の方から村民の皆さんにお伝えしたいことがあるそうです。それではどうぞ」


 すると、男の後ろから紫のローブを羽織った女性らしき人物が壇上に現れた。

 男はローブの女性にマイクを渡す。


「どうも巫女です。■■■様からお告げがありました」


 村民達に緊張が走る。

 陰衆村では、巫女と呼ばれる役職の人間がおり、巫女はある一族の家系の者たちが担当していた。


 しかし、ここ50年ほどは巫女の役割も形骸化していた。

 それが、何故今になって表舞台に姿を表したのか――というのが当時を知る老人たちにとっての疑問だった。


「今年は生贄を多く用意せよ、とのことです」

 村人たちは一斉にざわめきだす。


 ただでさえ、生贄を調達するのが難しくなっているのにもかかわらず、生贄を増やせというのは無理難題だった。


「よって、生贄の数をこのダイスで決めよ、と■■■様は仰っていました」

 巫女は懐から黒色のダイスを取り出す。


 それは、ダイスというより、ほぼ球体だった。

 さらに形が球体であることよりも異質であったのは、そのダイス周辺の空間が歪んでいることだった。


「な、何じゃそのサイコロは!?」

 先程火傷を負った老人が叫ぶ。


「これは100000面ダイスです。この前の遺跡の発掘調査の際に見つけたものです」

 そして、巫女は100000面ダイスを投げる。


「これは……今年の生贄の数が決まりました。今年は333人用意してください」


「333人!?」

 村人たちはほぼ同時に叫んだ。


「ふざけるな!そんな人数どうやって集めろというのじゃ!」

「そうじゃ!村人全員を生贄にしても全く足りないぞ!?」

 村人は口々に不満の声を上げる。


「もうやってられん! わしはもう帰るぞ!」


 火傷を負った老人は入り口に向かい、ドアに手をかける。

 しかし、ドアが開くことはなかった。


「あっ、先月この公民館を改装した際、いろいろといじらせてもらいました」

 男は眼鏡をクイッと上げて、リモコンを村人たちに見せつける。


「この案に皆さんが納得していただけたら、すぐに開けますよ……ところで皆さん、何か気づきませんか?」


 村人たちは顔を見合わせる。

 村人たちの顔は皆真っ赤になっていた。


「そう、暑いですよね。まるで蒸し風呂みたいに――」

 村人たちがハッとして、温度計を見ると室内の温度は30℃を超えていた。


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