第20話

 「脱線じゃない。前振りだ」

前振り! 宇宙人が前振り! 太郎は吹き出しかけた。

「なにかおかしいのか? おまえがいちばん意味を理解しやすい翻訳がされているはずだ」

うん、わかりやすいのはわかりやすいけど……前振り! ツボに入った太郎はひくひくと笑いをこらえる。

「……やはり原住生物の感覚は、おれたちには理解しがたい」

「そこは仕方ないわよ。わたしたちとはセンスが違うんですもの」

どうやらまた馬鹿にされているらしいと察して、太郎は笑いを止める。

「それで? ルール違反について教えてよ」

まじめに訊いてみた。

「あー。それなんだけどな」

「つまりね、さっきもいったとおり、わたしたちは対等でない知的生命体には、干渉してはならないの」

「接触を持つこと自体が禁止されているからな、相手を害したりするなんて、もってのほかというやつだ」

「ああ、もちろん、相手から攻撃してきた場合は無力化するわよ? そもそもこちらを見つけられたら、という話だけれども」

まあ、さっきの話で先制攻撃はしないし、相手の危機に助けもしないという方針であるなら、たしかに干渉しない……してはならないというルールになるのか。とはいえ、なんとなくアフリカあたりの自然動物保護区っぽい印象もなくはない。放し飼いされている管理生物とでもいうのか。

「……じゃあ、そのルールを犯してまで、いまぼくと話をしているのはなぜ?」

「うん。実は、もっと重大なルール違反を先にやっちまったからだ」

「もっと……重大な?」

「ああ。で、しばらく経過を観察してたんだが……その結果、おまえとの接触なしに、このままおまえを放置するのはよくない、と判断した」

「だからあなたに、伝えなくてはならないことを伝えに来たの」

なんだかいやな予感がした。

「おまえたちの時間測定単位で、518535秒前のことだ」

いやわかんないって! ええっと……一ヶ月がおおよそ26万秒だから……だいたい二ヶ月前ってこと? 太郎は懸命に計算した。日付で考えると……連休の終わり頃。

「え。まさか」

「そうだ。おれたちは、おまえをいちど死なせてしまっている」

太郎はようやく察した。あのキャンプの夜だ。目覚めた太郎がこんなおかしな身体になっていた、その日のことに違いない。

「……死んだの、ぼく」

「そうよ」

「死んだつーか、なあ? まあ……跡形もなく消滅した、つーか?」

「はぁぁぁっ?」

死んだのみならず、消滅した? じゃあいまの自分は何だというのか?

「……いったい、何をやったの?」

太郎は怒気を込めて問い詰める。目などないのに、宇宙人の目が泳ぐ感覚があった。

「えっと、まあ、おまえたちでいうところの、交通事故?」

「辺境宇宙をドライブしててね、ちょっとコントロールをミスっちゃったっていうかね? 懸命に制動装置ブレーキはかけたんだけど、間に合わなくて」

「おれたちのマシンが、ちょうどおまえの真上に落っこちちゃって……な」

「わたしたちはシールドがあるから無事だったけど」

「代わりにおまえとその周辺がきれいさっぱり蒸発した、みたいな?」

宇宙人たちの乗り物? つまりはUFOか。それが墜落したってことを言っている? 太郎は唖然とした。

「それで……ぼくが消えちゃう程度で済むの?」

宇宙からの飛来物が激突したら、それはそれは巨大なクレーターができてしまうのではないだろうか。

「それは当たったものの質量と速度によるな」

「わたしたちのマシンは、このサイズだから、そんなに衝撃は大きなものではないわ」

宇宙人の横に、不意に紡錘形のかたまりが出現する。質感は宇宙人とよく似た半透明っぽいもので、形は椰子の実を平たく押しつぶしたようだった。サイズも椰子の実と似たようなものだ。こんな小さな乗り物で、恒星間移動が可能なのか? 宇宙人の技術が高いとわかってはいたが、これほどのレベルなのか。

「でも、ぼくのテントも、テントがあった河原も無事だったけど? ぼくだけが消えたりするの?」

「いや、ぜんぶ再生したからな」

「相手が生物じゃなければ、復旧はそんなに難しくないの」

「微生物なんかはまあ無視したし」

「問題は知的生命体であるあなただけだったのよ」

「そうなんだよ。おまえさえ、あそこにいなけりゃなぁ」

ぶつけた方が何言ってんの! と太郎は再び怒りの目を宇宙人に向けた。

「いや、不可抗力だったんだよ!」

「ちょっとした事故だったの、不幸な事故よ!」

宇宙人たちが懸命に言いつのる。ものすごく言い訳っぽい感情が伝わってきた。これがほんとうに上位存在? 太郎はだんだん疑わしく感じ始めていた。自分はもしや騙されているのではないか?

「いや、そこは疑うなよ?」

「そうよ、わたしたちじゃなかったら、あなた消滅したままだったのよ?」

「だから、なんで消滅したぼくが、またちゃんと存在してるのさ?」

「おれたちが復活させたからだ」

「復活? どうやって?」

「……そこが問題なんだ」


 人型は苦々しそうに続けた。

「おれたちの技術をもってしても、起きたことをなかったことにはできない」

「消滅してしまったあなたを、消滅する前に戻すのは無理だったの」

「じゃあ、何をしたの……?」

宇宙人の逡巡。太郎はつばを飲み込んで待つ。

「……作った」

「作った? ぼくを?」

「そうだ。おまえが死んでいる、といったのは、もとのおまえが死んでいるためだし、生きているといったのは、作られたおまえの生命活動が、いまも停止していないためだ」

太郎には想像がつかない。自分を作る? どうやって?

「順に説明してやる。まず、消滅前のおまえの情報を得ることはできる。直前の観測情報はアーカイブがあるし、過去から情報を補完することもできる」

「過去に遡って情報がわかるの?」

「別に珍しくはないだろう? おまえたちもやっていることだ」

「?」

「たとえばおまえたちが月と呼ぶこの星の衛星にしたって、距離はおまえたちの距離測定単位で38万キロメートルあるから、おまえたちが観測している月の情報は、一秒以上過去のものだ」

……それはその通り。太郎には地球上から、たったいまの月を見ることはできない。それは光の速度が秒速30万キロと決まっているからだ。光より速く情報を得ることができないためなのだ。

「だが、月面や月の軌道上に置いた観測装置なら、ほぼ時間差のない月の情報を得ることができるだろう?」

それもその通り。

「だけど」

「そうだ、その月面で得た情報を、おまえたちが知るのに、また一秒以上かかるわけだ」

観測装置が得た情報は、それもやはり光の速度以下でしか地球に届けることができないから、そこで一秒以上の時間がかかってしまう。そのために、タイムラグなしの月のライブ情報を、太郎が地球で知ることはできない。

「だがそれは、おまえたちには、二カ所の観測点の情報を、同時に得る手段がないだけだ。違うか?」

「……観測そのものは、現在の状態も、一秒前の状態も、離れた位置にそれぞれ測定装置があればできる、ということを言っているの?」

「おお、おりこうさんじゃないか。そう言ってるんだよ」

「対象から離れた距離の観測は、相手の過去を見ていることになるわね。あなたがたも、昔の宇宙の姿を知りたくて、最も遠く離れた星を、あなたがたの言う深宇宙とやらの星を、観測しようとしているのでしょう」

そういえば、そんな科学番組をテレビで見たことがあった。130億光年離れた星を見れば、それは130億年昔の宇宙を見ていることになると。そうして、なるべく宇宙が生まれてすぐの状態を捕捉するために、なるべく遠くを見ようと試みているプロジェクトがあるといった話だった。

「すると、あなたがたには、遠く離れた観測点の情報を、いくつも同時に手に入れることが……」

「できる」

宇宙人が頷いた。

「それができないようでは、宇宙のほとんどを把握している、なんてことはいえないからな」

「どうやって……?」

「さすがにそれをおまえにわかるようには説明できない。そういうことができるとだけ、わかっていればいい」

うーん、なんと残念なんだ、と太郎は思った。同時に、もしかしたらこの宇宙人自身が、その仕組みを理解できていないのじゃないか? ともちょっと疑った。太郎だって、テレビが見られる仕組みを、他人に説明できるほど詳しく理解などしていないが、テレビを見ることは何の問題もなくできる。技術は、仕組みを理解せずとも利用できるものなのだ。

 案の定、宇宙人に一瞬だけ、ぎくりとしたような感情の動きを感じた。だがあえて気づかないふりをする。そのこと自体が宇宙人にはすべて伝わるので、ふりをする意味はないが、太郎がこの尊大な宇宙人に対して一矢報いる効果はあった。

「くっ。この原住生物が……」

「なに?」

「うるせぇ、なんでもねぇよ!」

「……続けるわね?」

もう一人の宇宙人が苦笑しつつ言った。


 「わたしたちは、あなたについて得た情報から、あなたの再構築を試みたの」

「あ、ちょっと待って」

と太郎。

「何かしら?」

「その、あなたがたの観測装置というのは? この銀河を観測しているとも言ったけど、そんなのどこにあるの?」

「それはね」

「そこら中だ!」

男タイプの宇宙人が機嫌悪そうに言った。

「そこら中って?」

「だから、そこにも、ここにも、だよ!」

「でも小さすぎて、見えないわね。あなたがたのいう、ナノマシンにあたるものだから」

ナノマシンだって? 太郎は思わず周囲を見回したが、そのあとでここが仮想世界であることを思い出す。

「ふ。やっぱり原住生物は原住生物……」

一気に機嫌を直す宇宙人。

「ここにあるわけないだろう。それだけじゃない、もし現実世界だとしても、おまえに見えるわけが……」

と、そこで一瞬、口ごもる。

「いや、いまのおまえになら……?」

「ええ! ナノマシン見えるの? ぼくの目で?」

思わず太郎が叫んでしまう。視力がばつぐんによくなり、それだけでなく超高速度カメラのような機能を備え、さらに電子顕微鏡と同じことまでできちゃう? やめてよ、そんなの! 悲鳴を上げるような思いだった。

「い、いや、わからん。わからんが……できてしまう可能性は、ある」

「なんでよ? おかしいじゃない、ひとの目にそんな機能あったら!」

「いえ、おかしくないわ」

「うん、おかしくはない」

宇宙人の納得に、太郎は理解が追いつかない。

「なぜなら」

「おまえ自身が、ナノマシンのかたまりだからだ」

宇宙人の言葉が、太郎を激しく殴りつけた。外山のパンチどころの衝撃ではなかった。

「え。ぼく……が。ナノマシンの、かたまり……?」

太郎はゆっくりと、かみしめるように繰り返す。

「ぼくが……ナノマシンのかたまり……」

そのまま黙り込んでしまう。言語化できるような明確な思考が回らず、いろいろな感情だけが湧いては渦巻き、混ざり合う。太郎は混乱の極みにあったが、それでも徐々に落ち着きを取り戻していった。宇宙人たちは、それ以上たたみかけることなく、じっと待っていた。


 * * * * *


 お読みいただきありがとうございます。

 週に1話ずつ更新します。

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