第19話

 太郎が目を開けると、そこは真っ白な空間だった。

 床があるのはわかる。身体に横たわってる感覚があったからだ。しかし、周囲は白い光に包まれていて、ほかに何も見えない。

 半身を起こしてみた。やはり景色は変わらない。白だけが支配する場所に太郎はいた。

(ここって……あの世ってやつ?)

太郎は考えた。そう、自分は頭を撃たれたのだ。死んでしまったと考えるのが妥当だった。

「ぼく……死んじゃったのか」

そう口に出してつぶやいた。すると驚いたことに、返事があった。

「死んでるよ」

「生きてるわ」

いやどっちだよ、と太郎は思わず胸の内で突っ込みを入れる。

「だから死んでるんだって」

「だから生きてるわよ」

またも正反対の返答が同時に……頭の中に響いていた。どうやら、声に出す必要はなかったらしい。この相手たちは、考えただけの太郎の思考を読み取っている。

「へえ、意外に察しのいい個体じゃないか」

どこだ? 太郎はきょろきょろとあたりを見回す。しかし、相変わらず何もない。

「おれたちを探してるんなら、ここだ」

今度は頭の中にではなく、耳への音として、返事が聞こえた。下の方だった。

(下……?)

半身を起こした太郎の、さらに下とは? 視線を落とすと、そこに小さな人型の何かがいた。目測で、サイズはせいぜい三センチといったところだろうか。四肢があり、頭部っぽいものがついている。が、全体に造形ははっきりした形をとっておらず、幼児が粘土や泥で作った人形のようだった。色もあるのかないのかよくわからない。なんとなく半透明っぽい感じだが、中身が透けて見えているわけでもない。そんなのが、二体並んで立っていた。顔らしき部位が太郎の方を向いている気がする。

(なんだ、これ?)

「これとは失礼だな、上位存在に向かって」

「……しゃべった」

口もないのに。太郎は人型に目も口もなく、穴が開いたりするわけでもないのに声がしているのを見て、どこから音を出しているのか不思議に思った。

「そりゃ、全部錯覚だからな」

「??」

こんどこそ、相手が何を言っているのかまったくわからなかった。錯覚? 何が錯覚だというのだろうか。


 「ようするに、おまえたちが考える一番近いもので言えば、ここは仮想空間てところだな」

「あなたの脳に、直接働きかけて、わたしたちはいま、話をしているの。耳からの声も、目で見ているものも、そういう信号を送っていることによる錯覚なのよ」

「すると、この白い空間は?」

太郎はぐるっと周りを見渡した。

「ほんとうの空間じゃねぇな。イメージとして見せているだけだ」

「……じゃあ、やっぱりあの世みたいなものか」

「ふん。まあ、そのあたりが原住生物の理解の限界ってことだなぁ」

あからさまに馬鹿にする感情が伝わってきて、太郎はむっとした。

「はは、怒んなよ、原住生物」

「やめなさいよ、そういうの」

太郎に伝わってくる会話は、片方が男、片方が女であるように感じる。性格もどうやら異なっているらしい。

「そうだ、おれたちのイメージも、おまえが認識できる最も近いものとして見えているはずだ」

「形がはっきりしないのは、わたしたちの正確な形が、あなたの想像できるものではないためなのね」

なるほど、太郎は認識を改める。向こうから送られてくる、姿形や会話などの情報は、太郎が理解可能なものとしていわば「意訳」されて伝わっている、というわけだ。

「……ねぇ、やっぱりこの個体、思ったより理解が早いわ」

「まあ、理解が悪いよりはマシだな」

男と思えるほうの人型は、性格か口のどっちかが悪いようだ、と太郎は考える。こんなことを思うと怒り出さないだろうか? と心配しても、考えるそばから相手に筒抜けなので隠しようがない。太郎としても、つい頭に考えが浮かんでしまうものは仕方がなかった。

「心配するな、原住生物。おまえたちごときの考えで、おれたちはいちいち怒ったりしない」

顔がないのに自慢そうなのが伝わる不思議な態度で、人型が胸を張る。それは寛容なことでどうも、と太郎はやや皮肉をこめて思いながら、一番気になっていることを訊いた。

「で、さっきの死んでて生きてるってのは、どういう意味? 結局、ぼくはどうなったの?」

「うん、そうだな。それをおまえに伝えるために、おれたちはいまここにいる」

「あのね、ぶっちゃけて言うと、あなたは死んでいるわ。でもさっきではないの。もっと前の話」

上位存在がぶっちゃけるって言うのか、と太郎は驚いていた。

「……こいつ、気にするところが変じゃないか?」

「そうね、そこじゃないでしょ、って感じはあるわよね」

変で悪かったな、と再び太郎はむっとなったが、説明はしてもらわねばならない。

「いいから、教えてよ。もっと前にぼくが死んでるって、どういうこと?」

そこから、人型たちの長い説明が始まった。


 「おれたちは、そうだな、おまえたちが一番わかりやすそうな言葉で言うと、宇宙人だ」

「ほかの星から来たってことよね」

「……いるんだ、宇宙人」

「ほう、意外に驚かないんだな」

いや、十分に驚いてますが、と太郎は思う。

「まあいい。おれたちは、おまえたちが天の川銀河とよんでいるこの田舎星団とはべつのところから来てる」

田舎星団? 宇宙に田舎とか都会とかあるのだろうか?

「文明の発達度の話よ。ここにはわたしたちと同程度の文明はまだ生まれてないから」

「ある程度の知的生命はいるがな。おまえたちレベルならけっこう数は多い」

おお、じゃあまだほかにもいるのか宇宙人。我々は孤独ではなかった。

「まあ、おまえたちが会いに行くことは当分ないだろうよ。向こうからも会いに来られる可能性はまだない」

それは残念だ。……残念、なんだよな? きっと。

 そう思ったのは、侵略的宇宙人との戦闘シーンのある映画のイメージがわらわらと出てきたからだ。友好的な宇宙人と遭遇し、お互いにとって建設的な関係を結んでいく物語も少なからずあるのだが、いかんせんエンターテインメントとしては派手な戦闘シーンのあるほうが観客受けは良い。そうした方向の作品が多くなるのはやむを得ないが、それが実態を表しているのかどうかは、誰にもわからないのだ。

「はん? 原住生物はずいぶん偏った宇宙人観を持っているようだな」

いや、自分がこの星の代表というわけではないのだから、自分ひとりのイメージで判断されても困る、と太郎は考える。

「なぜだ? おまえの持つイメージの基を作っているのは、おまえではないおまえと同種の原住生物たちなのだろう? だとすれば、それはおまえたちの大多数の宇宙人観でいいのじゃないか?」

太郎は唸った。そう言われると、映画やアニメの制作者はそれぞれ社会の一員たる大人ばかりのはず。そうした人たちが作るものにある傾向が見られるなら、それは結果的に、その社会の意識を代表していると言えないことはないのかもしれない。

「おまえたち自身が、おまえたちの住むこの星から出るのにも苦労しているような状況で、他の星からここまで来られるだけの技術を持つ宇宙人と戦ったらどうなるか。そんなことくらい簡単にわかりそうなものだがな」

それはそのとおりだろう。映画だから、エンターテインメントだから、最後は人類の勝利で終わるものが多い。しかし、ほんとうにそんな話になったら、おそらく手も足も出ずに負けてしまうのだろう、と太郎は思った。

「で、つまりそれはあなた方に対しても言えることだ、という話?」

太郎は自分を見上げる人型に訊く。

「よくわかってるじゃないか、原住生物」

「……まあ、技術の差がものすごく大きいのは確かよね」

太郎は苦笑を浮かべた。

「ぼくはあなたがたに戦いを挑む気はないけど。そもそも、あなたがたが侵略者という感じもないし」

でしょ? と太郎は人型を見る。

「まあな」

「というか、ねぇ?」

「?」

人型の片方に、やや口ごもるような感じがあった。なにか言いにくいことがあるようだ。


 「……実を言うと、おれたちはルール違反を犯している」

「ルール違反?」

太郎がおうむ返しに言った。人型は、やや意を決したという様子で続ける。

「そうなの。こうしてね、あなたと接触しているのは、ほんとはやっちゃいけないことなのよね」

え、そうなの? と太郎は目を見開く。

「ああ。そうだ。いけないことなんだ。……というのも、おれたちの文明は、宇宙全体のかなりの部分を把握している立場でな」

「支配者ってこと?」

「いや、支配ではない」

「そんな面倒なことはしてないわ。そうね、監視と観測、というところかしら」

「この天の川銀河の知的生命のレベルもわかっていると言ったろう? 宇宙の大部分の領域で、どこにどんな知的生命がいて、どの程度の文明を発達させているのか、常に観測を続けているのさ」

「そうして、わたしたちの安全をおびやかすほどに高度な文明が発達していないか、監視しているというわけ」

「え、そしたら、もしものすごく発達した文明をぼくらが作り上げていたら、そのときは攻撃されちゃうかもしれないってこと?」

太郎が思わず口を挟むと、人型からは心底あきれた、という感覚が伝わってきた。

「おいおい、おまえたちと一緒にするな」

「そうよ、そんなことはしないわ。ただ備えるだけよ」

「備える?」

「そうだ。おまえたちがまさに宇宙の支配を志向し、おれたちに攻撃を仕掛けようとするのなら、おれたちはそれに対抗する。だが、それは攻撃されたらの話だ」

「脅威だからと言って、こちらから先に攻撃するようなことはしないわよ」

「だって、攻められたら戦うんでしょ? 何が違うのさ」

太郎は口を尖らせて言った。

「違うさ。おれたちが負けるかもしれないだろう?」

あっ……。太郎は唐突に理解した。攻めずに備えるとは、そういう意味か。

 監視対象の相手が、十分な脅威へと育つ前に叩き潰すのなら、勝利は動かない。しかし、相手が力を蓄えるのを指をくわえてただ眺めていたら、相手の方が強くなってしまうということだって起き得るのだ。

「え、じゃあ何のために監視を? 自分たちの安全のためじゃあないの?」

「安全のためだ。だから、監視によって得た情報は十分に活用して備える」

「でも、相手の文明の発達を、妨害してはいけないの。それがわたしたちの意思であり、ルールなのよ」


 「おれたちは、十分な時間と幸運とを得て、ここまで文明を、技術を作り上げた」

「でもそれは、たまたまちょっと先に進んでいただけのこと」

「あとから来る知的生命が、おれたちを超える可能性を奪うことは許されないんだよ」

太郎はふたたび唸る。潔いといえば潔いが……それでは負けて滅んでしまうことだってあり得る。宇宙全体を監視できるほどの先駆者が、それでいいのだろうか?

「いいんだよ。つかまぁ、おれたちが宇宙の把握に到達してからずいぶん経つが、いまだ対抗できそうな文明はひとつだって生まれてないぜ?」

「わたしたちは、妨害しないけど、かわりに助けもしない」

「まあだいたいは、発達の途中で自滅しているな」

「そうね。いいとこまで行くかな、と思ってしばらく経ってから見ると、いつのまにか全部なくなっちゃってるなんてのは、よくあるわね」

ていうか、文明が発生してから消滅するまで? この宇宙人の時間感覚、どうなってんだ? 太郎はちょっと呆れてしまう。

「わたしたちの寿命の話なら、うーん、厳密には寿命の概念そのものがあなたがたとは違うのだけれど、それを抜きにしてもかなり長いのは確かよ」

「あとは、おまえたちのいうところの自然災害的なやつにやられちまうとか」

自然災害って……まさか宇宙にも、地震とか台風とかがあるのだろうか?

「惑星レベルの話をしてどうする。まあおまえたち原住生物にはそれで十分危険なんだろうけどよ。それて滅ぶようなのは論外に決まってるだろう」

「宇宙にも災害はあるのよ。そうね、星系の中を野良ブラックホールに通過されたとか、あなた方の距離単位でいう百光年ほど先で超新星爆発が起きちゃったとか。そういう事態に対処できるだけの技術が育つ前に災害に遭遇してしまえば、残念ながら終わってしまうわけ。そうなるとわかっていても、わたしたちは助けないし、手も貸さない」

え、ブラックホールにも野良とかあるんだ? 超新星爆発って、百光年先でもダメなのか? いやスケールでかいな、宇宙災害!

「まあ、爆発の主方向は星の回転軸の向きだから、そっちに向いているかどうかで、影響する距離は変わるんだけどな。そのくらいは、おまえたちの文明レベルでもわかっていることだろ?」

そうなのか? たしかに超新星爆発の観測は人類によっても行われているわけだから、そういう研究成果が世の中には出ているのだろう。太郎は久しぶりにプラネタリウムへ行ってみたくなった。

「……て、話が脱線しすぎじゃない? だから、ぼく生きてるの? どうなの?」

死んでいるなら、もうプラネタリウムにも行かれない。


 * * * * *


 お読みいただきありがとうございます。

 第20話から、週に1話ずつ更新します。


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