第21話
どれくらいの時間が経ったのだろう。告げられた事実の衝撃を考えれば、立ち直りはずいぶんと早かったのかもしれない。これは自分がナノマシンになったことと関係があるのだろうか?
「……落ち着いたか?」
宇宙人の声音がどことなく優しく聞こえる。
「うん……まあ。まだ混乱はしているけど」
「そうか。まあそうだろうな」
「どこまで話したかしらね?」
「えーと。観測装置が、ナノマシンだってところ?」
「そうだったな。続けていいか?」
太郎は頷いた。
「……わたしたちは、ナノマシンをこの宇宙のあらゆる観測対象エリアに散布しているの」
「おまえたちの住むこの惑星にもな」
「ナノマシンの役割は、通常は三つあるわ。ひとつはエネルギー発生密度と発信電波の観測、もうひとつはその観測結果の伝達、とくに重要なのは一定の数値に達したときのアラート機能ね。最後に、自己生産によるナノマシン総量の維持よ。これらによって、知的生命の技術的な活動レベルの観測を、長期にわたって行っているの」
「通常は?」
「そうね、そのほかにイレギュラーなものとして、たとえば近隣の星系でナノマシンが急に全滅してしまうような事態が発生したら、そこへ補充を送るとか。あるいは、より詳細な観測が必要になったときに、映像記録装置を組み上げるとか。素体のナノマシンは役割を振るための自由度が大きく設計されているから、こちらの指示で特殊な状況に対応させることができるの」
「それを、今回は応用させてもらったってわけだ」
「あなたについて得られた観測情報から、ナノマシンを材料に使ってあなたを作り上げたのよ」
「それで、ぼくがナノマシン」
「そうよ。あなたは、いわばナノマシンで作った、もとのあなたのコピーなの」
「コピー……」
そうか、オリジナルの自分は、消滅してしまってもういないのか。自分がコピーと言われると、太郎自身、意外なほどに深いところまで刺さる棘の痛みがあった。予想を上回る太郎の落胆ぶりに、宇宙人が慌て出す。
「あ、いや! でも記憶やものの考え方、思考能力なんかは完全に同じはずだから! オリジナルがもういないってことは、あなたが唯一、つまりオリジナルと言ってもおかしくない、いえもはやあなたこそがオリジナル! そうよ、そう考えるべきなの! ね?」
「じゃあ」
太郎は顔を上げて訊く。
「ぼくのこの異様な力は、なに?」
「う……」
「えーと……」
「コピーなら、持ってる能力も、前と同じじゃなきゃおかしくない? なんでこんな力や速さが出せるの? それに、この急激な脱力は? なんでこんなことが起きるの?」
言いたくないなぁ。あからさまにそんな感情が伝わってくる。それだけに、ここが肝心なところだと太郎は確信した。
「それを教えてもらわないと、ちゃんと説明されたことにならないよね?」
宇宙人のため息が聞こえるようだった。
「まあ……なぁ?」
「たしかに、そこを説明に来たのよね……」
「だったら、教えてよ」
「むぅ」
往生際が悪いな! 太郎がイライラし始めたのが伝わり、宇宙人は慌てて重い口を開く。
「あー! つまりな、簡単に言うなら、ちょっと調子に乗った!」
「……どういうこと?」
「あ、あのね。情報収集と肉体の再構成が、思ったより順調にできたのね」
うん、いいことじゃない。太郎は頷く。
「それで、なんか面白くない、と……」
……なんだと? 太郎のこめかみがピクンと跳ねる。
「どうせ復活させるなら、前よりちょーっと強い個体にしてみたいなー、なんて……」
ちょっと? これが、ちょっと?
「わたしじゃないの、こっちが、そう言い出したの!」
女タイプの宇宙人が、男タイプの方を指し示す。
「何言ってんだ? おまえだって、それ面白そうって言ってたじゃないか!」
「でも止めといた方がいいとも言ったわよ! それをあなたが無理に……!」
「無理とはなんだ! ノリノリだっただろう?」
「わたしが悪いって言うの?」
目の前で言い争いが始まって、逆に太郎はすーっと冷めていく自分を感じていた。
「……なすり合いで喧嘩しないでくれる? 上位存在さま?」
冷ややかな太郎の言葉に、宇宙人たちの口論が止まる。
「……いやまぁ、いちおうな、ちょっとした詫びのつもりもあったんだぜ?」
「どうせなら、いままでより強い身体をプレゼントしちゃおうかー、なんて、ね?」
「ただ、ちょーっとパラメータを変えすぎてな」
「あなたの生物種としては、規格外の強さになっちゃったみたいなのよね」
太郎はじっと宇宙人を見下ろして、黙っていた。
太郎にしてみれば、単なる悪乗りで強靱な肉体に変えられたことは、正直にいってものすごく腹立たしい。いやそれ以前に、不注意で勝手に消滅させられてはたまったものではない。しかし、おかげで亜佳音を助けることができたのも、紛れもない事実である。前の太郎のままであったら、誘拐犯から亜佳音を取り戻すようなマネは到底なし得なかった。
「……突然の脱力は?」
「ああ、それはおまえもわかっているだろう? いまのおまえの力を十分に発揮するには、莫大なエネルギーが必要だ。おまえたちが経口摂取しているエネルギー補充のやり方は、決して効率がよいわけではないから、常に最大限の力で活動し続けるのは無理なんだ。一定のエネルギー消費が進むと、おまえたちの言葉で言えばセーフモードに入る」
「能力に制限がかかる、ということ?」
「そうだ。具体的には、次のエネルギー補給を行うのに問題ない程度の能力にまで、出力を制限するリミッタがかかる。必要なぶんのエネルギーが供給されれば、リミッタは解除されるがな」
「……リミッタを無視して力を使ったら、どうなるの?」
太郎は誘拐犯との勝負を思い返していた。いきなりリミッタが働き出すと、ときと場合によってはそれ自体が致命的なケースを招きかねない。
「基本的に、おまえがおまえの意思でリミッタを解除することはできないよ。ただ、ナノマシンのプログラムの最上位にあるのは、おまえの生命活動の維持だ」
「リミッタが機能することで生命停止することが明らかな場合は、本来必要なタイミングでも働かないことはあり得るわよね」
「ああ、でももしそうなったら、すぐにその状態から脱出しろ」
「それはなぜ?」
太郎は訊ねたが、なんとなく答えはわかっていた。
「そうね、あなたの考えているとおりよ」
宇宙人が頷きつつ答える。
「そうだな。リミッタを超えてエネルギーを使い続ければ、いずれおまえの身体は崩壊する」
「ナノマシンがあなたの身体の構造を維持するエネルギーまで失ったら、集合した状態を保てなくなるわ」
「十分なエネルギーが残っているうちは、おまえの身体が損傷しても、それはナノマシンの機能によって、ただちに回復する。そうして生命活動に支障がない状態を保つようにできている。同じような刺激に対しては、学習機能により予防的な安全処置も都度実施される」
太郎はピストルの弾を掴んだときのことを思い出した。二度目に撃たれた背中は、掴んだ右手より痛みも少なかった。皮膚の強度を増すなど、なんらかの防御機能が瞬間的に発揮された可能性がある。
「いまのおまえはセーフモードだから、おまえたちの技術で作ったささやかな攻撃兵器程度であっても、防ぐに足る強度は出せない。だからいったん攻撃を受けた箇所が破壊されたのは仕方ない」
「でも、ナノマシンは破壊直後から、可能な範囲のエネルギーを使って修復に入っているから、あの程度であなたの生命活動は停止したりしないわよ。いつもよりちょっと時間がかかるだけ。まあもっと大規模な破損が起きたらわからないけれど」
ピストルで頭を撃たれることがあの程度、ってどんな中学生だよ? 太郎は複雑な思いに吐息をつくが、とりあえず自分が死んではいないのだな、と知って安堵した。
「安心したか? だが、ナノマシン同士が結合を保てなくなるほどエネルギーが失われてしまったら、もうだめだ」
「崩壊した身体を立て直すことは、二度とできないわ」
「もしも崩壊が始まった場合、そもそもナノマシンへのエネルギーの補充自体ができないからな」
太郎は、砂のようにぼろぼろと崩れていく自分を思い描いてぞっとした。死体も残らないのだとしたら、それは目も当てられない悲惨な死に様に思えた。
「セーフモードであれば、かなりの長い時間活動できるから、そんなに心配しなくていいわ」
「おまえが感じ続ける空腹感とやらは、つらいかもしれないがなぁ?」
からかうような宇宙人の口調が戻ってくる。この上位存在てやつらは、腹ぺこの苦しみを知らないのだろうか?
「知らんよ。おれたちは経口摂取なんて非効率的なエネルギー補給はしないからな」
宇宙人はものを食べないのか。それで口がないのかな? と太郎はふと疑問に感じた。寿命の話もあったが、彼らはもしかしたら生命活動そのものの形態が、太郎たちのような生物と異なるのかもしれない。しかしいまそんなことはどうでもよかった。
「戻せないの? ふつうの人間並みに」
これも答えはわかっていたが、いちおう太郎は確認したかった。
「できない」
やはりそうか、と太郎は思った。できるのなら、説明抜きにやってしまうだろうと考えていた。
「素体からいったんあなたの身体の構成要素に役割をチューニングしたナノマシンは固定化されて、その状態を維持しようとするわ。もうもとの素体に戻すことはできないの」
「……まあ、どうしてもというなら、方法がないわけじゃないが」
「なんか、お勧めできない方法ってこと?」
「そうね。つまり、あなたをもう一度作り直すことならできるわ」
「いまのおまえの記憶を再移植したコピー体をもうひとつつくり、出力を同種族レベルにチューニングしたうえで起動させる」
「それって……」
「そう、いまのあなた自身は、消滅してもらうことになっちゃう」
あたらしい自分にとっては、おそらくいまの身体が普通に戻っただけの、連続した記憶と人格を保てるのだろう。しかし、自分が二人同時に存在するわけにはいかないから、いまここにいる自分は消えてなくなることになる。それはいやだな、と太郎は考える。
「まあ、そうだろうよ。おまえたちにとっては個体の死をふたたび体験するのに等しいからな。おまえが望むならやってやれるが、この方法は選ばないだろうと思ってな」
では、いまの状態の自分と折り合いを付けながら生活していくしかないわけか。
「ねぇ、ぼくこの先、血液検査とか健康診断とかを受ける機会が、きっと何度もあるんだけど」
太郎の健康に問題がなくとも、社会で生きていく限りいちども医者にかからないで済ませるのは不可能だ。
「それが何だ?」
「ぼくの身体がナノマシンだってこと、バレたりしないのかな」
「はっ! 原住生物が、おれたちの技術をなめてもらっては困るな!」
鼻で嗤うような見下す感覚が、宇宙人から伝わってくる。
「おまえたちごときの技術でおまえの身体をどれだけ調べようと、違いなんてなんにもわかりゃしないさ」
「そこは安心してもらっていいと思うわよ。あなたがたには、まだわたしたちのナノマシンを見つける技術が育ってないもの。あなたがたの同種族と見分けることはできないわ」
単に電子顕微鏡があれば、ナノマシンであることを確認できたりするわけではないのか。見えることと見分けることは確かに同じではないが……。
「でも、出せる力がぜんぜん違うよね? 丈夫さも異常なレベルだよね? あと、力使うとものすごくお腹も空くんだけど」
「力が大きいのは、ナノマシンのエネルギー効率が、あなたがた種族の構成要素より格段に高いせいなのだけれど、それでもあなたに与えた身体の能力は出力が高すぎたのよね。そこは申し訳ないと思っているわ」
「おまえ自身、いまの身体になって、エネルギー摂取量と排泄量のバランスがおかしいのは気づいていただろう?」
心当たりはあった。食べる量が以前の軽く三倍を超えているのに、トイレの頻度と量はむしろ大きく減っていたのだ。不思議だな、と思いつつ、これはもしかしてほんとうに成長期が来たのか? と期待してしまったのだが。
「……あれ? ちょっと待って。すると、ぼくの成長はどうなるの?」
「成長?」
「個体の大型化ってこと?」
「そうだよ!」
宇宙人が顔を見合わせる気配がした。
「しないぞ?」
「しないわ?」
「なんでよ!」
思わず太郎は叫んでしまう。
「なんでって……必要か? それ」
「あなた、機能的にはもう幼体時期が終わって、概ね種族の成体でしょう? まあサイズは同種の中でも小さいほうのようだけど」
「個体ばらつきの範囲内だよな」
「あなたが摂取するエネルギーは、すべて活動と身体の維持に使われるから、いま以上の大型化はしないわよ?」
「な、な、な……」
太郎は開いた口が塞がらない。今日聞いた話の中身はすべて衝撃的なものだったが、なかでももっとも強烈な一撃をくらったと思った。あまりのショックに、二の句が継げなくなる。
「……ということで、説明は以上だ。何かほかに質問があれば聞くぞ?」
「あら? なんかひどく動揺してるわね? 大丈夫なのかしら」
「……何も言わないからもういいんじゃないか?」
「じゃあ、わたしたちは行くわね。もう会うこともないでしょう」
「せいぜい、復活した命を楽しんでくれ。ついでにだが、いまのおまえにはエネルギーをフルチャージしておいてやったから、しばらくは全力で活動できるはずだ」
宇宙人に、よっこらしょと腰を上げる感覚があった。もとより立っているように見えたのだが、あくまでイメージなので実態とは異なるのかもしれない。
「あ、そうそう、もうひとつ注意しておくことがあったわね。本来、ナノマシンには意識の概念がないの。プログラムで指示されたとおりに機能するだけ。だから、あなたがこの近辺のナノマシンで、唯一意思を持つ存在になっているの」
「ああ、その件があったか。そうだな、だからこの星に散布されたナノマシンは、おまえの意思の影響を受けることがある。あまり妙なことを考えないようにな」
妙なこととは何だろう? ショックの中に取り込まれたまま、太郎はぼんやりと考える。
「たとえば、少し前におまえは、同種族の持つ画像記録装置に記録されることを嫌がっただろう?」
三宮の取り巻きが、携帯端末を向けたときのことを言っているようだ、と太郎は思った。
「あれで、反応した周辺のナノマシンが装置に干渉したから、記録にはすべて失敗したぞ?」
「え!」
思わず声が出る。
「おまえたちのいう電子デバイスとやらは、ナノマシンの影響を受けやすいから、気をつけるんだな」
「じゃあ、ほんとうにもう行くわね」
そういうと、宇宙人と宇宙船のイメージが希薄になっていく。同時に周囲の白い世界もだんだんと霞がかかったようになる。そこで太郎ははっと我に返った。
「ちょ、ちょっと待って!」
「さらばだ!」
「じゃあね」
「ちょ、待ってってば! ぼくの身長! どうしてくれんのぉぉぉっ?」
太郎が叫んだ瞬間、視界はすべて真っ白な光に包まれた。
* * * * *
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