二十二 桓邸-回顧(五)
それから三年が経過し、
游隼暉は甥である
(
十年経っても、兄は変わらず刺繍を趣味としている。それがとても微笑ましかった。
(それに、
実のところ、甯々と轟がこの王宮でなにをするつもりだったのかはまったく想像がつかなかった。
王宮そのものは、隼暉が王位に就いた当時とは様変わりしている。
轟がなにをしようとしているにせよ、三年前と同じ状況でないことは確かだ。
そして、蓮花の記憶通りなら、轟は呪物が封じられていた場所は後宮だと話していた。
游隼暉が即位した後、游会稽が
甯々と轟が游隼暉邸に呪いを祓いに行った際、会稽が屋敷にいなかったのであれば、轟が会稽の名を口にしなかったのも理解できる。
ただ、游隼暉が密かにおこなったきょうだい殺しを、息子である会稽がまったく認識していなかったのだろうかという疑問は残った。父親の変わりようは、同じ屋敷に住んでいれば会稽だって気づいたはずだ。
(問題は、会稽殿がいつ頃から気づいていたか、ということでしょうね。さきほどの彼の口ぶりからすると、留学前から隼暉王がなにかに取り憑かれていたことに薄々気づいていた風だけど、だから父親と距離を取るために国外へ行ったのかどうかはわからないわ。轟の言うとおり呪物が游一族だけを呪うなら、隼暉王に取り憑いているものは隼暉王が火葬される際に一緒に灰になるかどうか、わからないわよね。もしかしたら、今度は会稽殿が取り憑かれるかもしれない。それとも、隼暉王がこの王宮から出て行くときに、取り憑いたものは隼暉王から離れていくのかしら。もし会稽殿に取り憑いても、稜雅が王であれば、取り憑いたものはなにもできないまま終わるかもしれないわ)
そもそも取り憑いたものがどのようなものかを蓮花は知らなかったし、なんらかの意志を持って游王朝を滅ぼそうとするものであれば、むざむざと隼暉と一緒に王宮から運び出されるとは考えにくかった。
それに、暝天衆の問題もある。
方士について桓家では話題になることはなかったが、轟が語った暝天衆という組織がこの三年で解散したとは考えにくい。
隼暉が王として潦国を乱し游王朝が滅亡の危機を迎えたことは、暝天衆の仕組んだことのはずだ。彼らは虎視眈々と游一族が息絶えるのを都の片隅で待ち続けている。かつてこの国を統べていた王家の恨みを晴らすため、様々な策を練り、游隼暉の妻を利用し、游隼暉を呪うことに成功したのだ。
游王家の滅亡は、游稜雅率いる反乱軍によって阻止された。王の暴政を、同じ游一族の出身で王の甥である稜雅が食い止めたのだ。それは游王家を守るための宰相・
隼暉王の治世三年は暝天衆や組織を支援する貴族たちにとっては、そう長いものではなかったはずだ。じわじわと游王朝の終焉に近づいていることを、ほくそ笑みながらただ待っていれば良いと楽観視していたのだろう。
(会稽殿が呪われるかもしれないってこと、会稽殿自身は知っているのかしら? かといって、わたしがあれこれ聞くのも変よね。わたしが事情を知っていることを彼に知られてしまうと、手の内を明かしてしまうようになるわ。それに、稜雅はわたしが会稽殿と話をすることを快く思っていないようだし、そもそも会稽殿はなんかこう……胡散臭いというか信用ならないというか……)
結局のところ、蓮花は自分に近づいてきた会稽の得体の知れない感じが薄気味悪く思えて、彼に忠告しようという気が起きなかった。
これまで蓮花が出会った人々の中で一番胡散臭かったのは甯々と轟だ。
彼らは出自があきらかではない流しの方士だったし、身なりだってあまり良くなかった。それでも蓮花は、面白そうな人物だと感じたし、ひとめで彼らのことが気に入った。
(甯々たちと会稽殿と、なにが違うのかしらね。素性は会稽殿の方が間違いないはずなのに)
うーん、と蓮花は首を捻る。
(まずは、轟となんとかして連絡をとらなければならないわよね。轟は自分を王宮に入れて欲しいと言っていたから、自力では多分入れないのよね。この三年で彼の状況が変わったとは考えにくいし、わたしには本当に存在するのかさえわからないけれど轟は暝天衆に対してもまだ警戒を続けているでしょうし)
どこから手を付けるべきか、と蓮花が悩んでいるときだった。
「――なんで
不機嫌そうな男の声が室内で響いた。
蓮花が視線を扉の方へ向けると、下男と見間違えそうな質素な服をさらに着崩した稜雅が、疲れた顔でのそりと入ってくるところだった。
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