二十一 桓邸-回顧(四)
前王の崩御の後、直系の公子としてただひとり生き残った游隼暉の即位が国中に報じられた。
蓮花と
「なんだ、成功していたのか」
男は蓮花の膝の上で大きな顔をして座る獣を一目見るなり、ぼそりと呟いた。
「成功? 甯々のこと?」
「そうだ。姿が見えなくなったので失敗したと思っていた」
なにをどうやったら成功なのかは説明してくれなかったが、男は甯々を獣なのか精魅なのか判別できない姿にした張本人らしい。
「三年ほど前に、うちに戻ってきたの」
「そうか」
「甯々って猫なの?」
「いいや」
「精魅?」
「いいや」
「じゃあ、なにかしら?」
「しいて言えば、奴の成れの果てだ」
詳しくは答えたくないのか、彼自身もよくわかっていないのか、はぐらかされた。
「甯々って、喋れるようになるのかしら?」
「多分、ならないだろう」
男は饒舌な甯々の相棒だったわりには口数が少なく、聞かれたことには簡潔に答え、必要以上には語らなかった。
蓮花が名前を聞くと「
「八年前、俺たちが訪ねたのは游隼暉の屋敷だ」
轟は蓮花と芹那にぼそぼそと語り始めた。
甯々は喋れないからなのか、黙って目を閉じている。
「游隼暉……」
「そうだ。昨日新たな王になった公子だ。八年前はただの公子だったが、奥方がなにかに憑かれたようだということで、世間に気づかれる前に早々に祓って欲しいという依頼だった」
喋ることが苦手らしい轟だったが、甯々が喋れない以上は自分が喋るしかないと考えているようだ。
蓮花と芹那だけに聞こえるように、小声で早口になりながら説明した。
「周旋人が游隼暉に俺たちを紹介する二日前、游隼暉の奥方は王宮へ出向き、そこで
「知らないのをいいことに、仕事を押しつけられたってこと?」
「あぁ」
苦々しげに轟は頷いた。
「それはずっと後宮にある廟の中に祀られていたらしい。ところがなぜか游隼暉の奥方の手に渡り、そのまま王宮から持ち出された。そして奥方はその呪物に憑かれておかしくなり、俺たちが祓うことになった。ところが俺たちは失敗し、そいつはそんな姿になり、俺は全身に傷を負った」
甯々に視線を投げかけた轟は黒い衣を身に纏っており、蓮花と芹那が見る限りは特に身体に損傷があるようには見えなかった。ただ、首元から鼻まで覆面のような布で覆っているので、もしかしたら隠しているのかもしれない。
「あれは王宮から持ち出すべきではなかったし、本来はそのまま王宮に返すべきものだった。しかし、暝天衆は游隼暉や奥方にそんな助言は一切せず、周旋人に俺たちを紹介させた。暝天衆の連中は、ずっと王宮に秘されていたその呪物を使って、游王家を滅ぼすことを目論んでいたんだ。游隼暉の奥方がその呪物を王宮から持ち出したのも、暝天衆が仕組んだことだったのだろう。連中は呪物を目覚めさせるため、事情を知らない方士が游隼暉の屋敷に行くよう仕向け、俺たちは報酬につられてのこのこと出向いた。そして、奥方に憑いたものを祓うつもりが呪物を目覚めさせてしまい、奥方は餌として喰われ、游隼暉は呪われた身体となった。呪物は游一族を滅ぼすために仕掛けられた罠のようなものだから、奥方は憑かれても呪われたわけではない。游一族の血を引いていなければ発動しない呪いだ」
だから後宮にあったのか、と蓮花は納得した。
王宮の中でも後宮は王の妃が住む場所だが、王の妃は子を身籠もると後宮から別の殿舎に移るのだと大叔母が話していたことを思い出す。そういうしきたりが王宮にあるのだと聞いたときは不思議に思ったものだが、いまなら理由がわかる。
游一族の血を引く者は、後宮にいてはいけないのだ。
ならば王はどうなのかといえば、王家専属の方士によって守られているのだと言う。
しかも呪物はこれまで廟で厳重に封印されていたので、游王家の血を引く者が廟に近づいても呪われることはほとんどなかったのだろう。
ところが、游隼暉の奥方が呪物を廟から持ち出す役目を担ってしまい、王宮の外で方士に守られていない公子の游隼暉が呪われた。そして彼は、自分のきょうだいを次々と殺し、王だった父親の死後に王位を継いだ。
「呪われた游隼暉は
轟は腹立たしいといった表情を浮かべて続けた。
「俺たちは利用されたのだ。かといって、暝天衆に報復できるほど力があるわけでもない。しかし、お嬢さん。あんたなら、できるはずだ」
「わたし?」
急に話の矛先が自分に向いたことに、蓮花は驚いた。
「そうだ。貴族のご令嬢であるあんたなら妃か女官としていずれ後宮に入れるはずだ」
「わたしになにをさせたいの?」
「簡単なことだ。そいつを後宮に連れて行けばいい。そして、俺を王宮に入れてくれ」
「甯々だけでなく、あなたも? なんのために?」
「呪いを祓って、暝天衆に一泡吹かせてやる。別に王家のためにするんじゃない。やられっぱなしじゃ胸くそ悪いからやり返すだけだ」
「面白そうだけど、勝算はあるの?」
「万に一つでも勝算があるから、やるんだ」
ずいぶんと低い確率だ、とさすがに蓮花は呆れた。
かといって、手伝わない選択肢はない。
「じゃあ、わたしが後宮に入ることになったら甯々を連れていくし、あなたがなんとか王宮に入れるようにするわ」
「頼む。あんたは後宮でのんびりしていればいい」
「後宮って妃になると三食昼寝付きで過ごせる楽しいところだって、大叔母様が教えてくれたの。だから、わたしは女官よりもお妃になりたいと思ってるのよ」
「あんたなら妃になれるさ。なにしろ、宰相様の愛娘なんだからさ。あんたが後宮に入るって話が耳に入ったら、また来る」
「待ってるわ」
蓮花は轟と約束した。
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