ベルナルド様との契約【婚約者候補が一人に絞られました】

「そこへやって来た王様は、首が三つに分かれたドラゴンが吐く火の粉を避けながら、ぎったぎったと刀を使って切っていったのです!」


ここは王城。父の執務室にある応接室。

私は立ち上がり、身振り手振りを加え、まるで舞台俳優のように建国神話を語っている。

椅子に座って楽しそうに見ているマルクス王子殿下と笑いを堪えているベルナルト様。

何が「ベルナルド様は来ないよ」だ。来てるじゃない!?めっちゃ見てるじゃない!


「時々火にあたってしまってものすごく熱かったりするんですって。火傷ですよ!ものすごーー―ーく熱くて痛いんです。でも王様は泣きません!膝を付いては立ち上がり、流れる汗をぬぐいながら『とおー』『やあ』と剣を振って大きな大きなドラゴンと戦います!一緒にいた7人の騎士たちも王様と息をぴったり合わせて戦います!そして、やっとのことでドラゴンを倒しました。ふうーっ疲れたーと休憩していた時のことです。ふと見ると、最後まで切り落とせなかった尾から大きな刀が出てきたのです。おお、すごい

!となった、それがまさにこの国に伝わる三種の神器の一つとなるのでした」


「「おおおお」」

パチパチパチパチ。


ドレスの横を少し持ち上げ、綺麗なカーテシーをする。

「いやあ、面白かったぞ」

「午前中に家庭教師が読んだ建国神話より迫力があって面白かったよ」


「ありがとうございます」とマルクス王子殿下ににこやかにお礼を述べる。そして、その隣に座って楽しそうににこにこしているベルナルド様に視線を移し、笑みを消した。

「ベルナルト様」

「ん?」

「どうしてベルナルト様までこちらにいらっしゃるのですか?」

「いやあ、だってそれは、カノン嬢がお手紙をくれたのではないか?」


そう。そうですけど。どうですけれど、納得がいきませんわ!


王子殿下は私に懐いてしまって、毎日のように父の執務室に遊びにいらっしゃる。

私も仕事があるので正直お相手をするのが面倒臭くなってしまって、助けを求めたのに。

注意するどころか、一緒になって殿下と聞いていたのでは意味がないでしょ?

ルーカス様が午前中に話されたこととも全く違ってるし。

ベルナルド様がいらしたことで父は大喜びだし。


はあああ。


その後、少しお茶を飲んだ王子殿下は、ご自身の側仕えによって無理やり退出させられて帰って行った。



応接室のソファでは、ベルナルド様が優雅に紅茶のお代わりを飲んでいた。

部屋の隅にあるテーブルではルーカス様がアイシャとお茶を飲んでいるし。


暇なのかしら?帰る気ないですよね。


はあ~と心の中で溜息をついて、

「ベルナルド様。結婚したくないのでしたら、ここに来てはだめなのではないですか?」

「婚約者候補のカノン嬢がそのようなことを言ってはダメだろう?」


う・・・確かに。


ベルナルド様と結婚しなくてはいけないと思っていたけれど、愛のない政略結婚の虚しさを悟ってしまった今となっては、この世界の結婚自体に魅力を持てなくな

ってるんだよね。

瑠伽はルーカス様かもしれないけれど、瑠伽ではないし。


「私、最近思うのです」

私は語り始めた。

「ベルナルド様が亡くなられた婚約者様の事を今でも愛されていらっしゃるのに、他の人と結婚なんてしたくないだろうなと」


愛し合う幸福をご存知のベルナルド様の心情を察することは、今の私にとっては容易いことだもの。好きでもない人に抱かれるとか本気で無理。その逆も然りだわ。


「別に婚約者候補から外れてもいいと思うようになったのです」

「え?」

「ですから、婚約者候補から外していただいて構いません」

「…本気か?」

「もちろんでございます。ですが、一つお願いがございます」

「願い?なんだ?」

「万が一にも、マルクス王子と私の婚約が成立しないように尽力していただきたいのです」

「!?」

驚くベルナルド様ににっこりと微笑んだ。

ベルナルド様はじっと私を見つめたのち、

「私の婚約者候補から外せと言っておきながら、マルクスと結婚しないよう努めろとは・・・。カノン嬢は何を狙っているのだ?」

「狙うだなんて、人聞きの悪い・・・。でも、そうですわね・・・」


背後からアイシャとルーカス様の刺さるような視線を感じる。


「そうですわね・・・ただ、心から愛する人と結婚したいのです」

「心から?カノン嬢には誰かそのような人がいるのか?」


瑠伽の事が心に浮かんだ。


けれど、瑠伽はもういない。

ルーカス様は瑠伽ではない。


もう会えないけれど、私は瑠伽が好い。


悲しい気持ちに蓋をして、首を振った。


「いいえ。そのような方はおりませんわ」

と微笑んだ。


「もし、私の婚約者候補から外れたら、間違いなくマルクスの婚約者になるぞ?」

「ですから、そこはベルナルド様にどうにかしていただきたいとお願いしたのです」

「それは・・・」


ベルナルド様が瞳を伏せ、何かを思悩された。

少しして目を開け、私をじっと見つめる。


「それならば、私の婚約者になるか?」

「は?」

何言ってるの?婚約者候補から外してって言ったのに、真逆になってる!!


「え!?」

「ええ!?」

ガタン。

アイシャとルーカス様が音をたてて立ち上がり、声をあげた。


2人を放って話は続けられる。

「カノン嬢は結婚したくないのだろう?」

「はい」

「他に結婚したい人がいるわけでもないと」

「はい」

「それならば、私は婚約者候補をカノン嬢一人にしよう。

まずは婚約するまでの時間を稼ぐ。

その間にマルクスが他に好きな相手を見つけてくれれば婚約者候補から外そう。

見つからないようなら婚約者になり、結婚まで時間を稼ごう。

結婚するまでにはさすがに他の令嬢との婚約が決まっているだろうから、そうすれば私との婚約破棄をして結婚は白紙に戻そう。どうだ?」

「・・・・」

「今婚約者候補から外れればマルクスが求婚してくるのは目に見えているし、そうでなくとも、他の貴族との結婚をまとめられるだろう」

確かに・・・。

「私との婚約破棄のあとはカノン嬢の就職先も斡旋しよう。

王族教育をしたのだから通訳としての仕事ができるのではないか?

他にしたいことがあるのなら、今のうちから準備を始めればいい」

「そうですね・・・・わかりました。

このままベルナルド様の婚約者候補になりますわ」


「ベルナルド様!「私も・・・」」

ルーカス様の声を遮り、ベルナルド様が言葉を続けた。


「私も結婚しろ、結婚しろとうるさく言われるのも面倒だったのだ。

安心しろ、結婚はしない。カノン嬢もそこは間違えるな」

「かしこまりました。決して間違えないと誓いますわ。

契約書も作りましょう」


「よし、契約成立だ」

「はい」

互いに力強く握手を交わした。


「というわけだ。ルーカス、契約書を作ってくれ。

アイシャ嬢もこのことは他言無用だ」

「お願いいたしますわね」


微笑む私たちを見て、二人は頭を抱えるのだった。




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