王弟と王子が執務室に来るのは迷惑です

ベルナルド様たちが我がハウアー家にお見えになってからさらに2日後、私は王城での仕事を再開させた。

それ以来私には、頭を悩ませる出来事が起こっていた。



「カノン、調子はどうだ!」

「カノン、おいしいケーキを買ってきたぞ!」

「カノン、遊ぼう!」

「カノン!」

「カノン!」


毎日毎日マルクス王子が『お見舞いだ』と私のもとに来ては応接室で遊んで行くのだ。


「カノンや。こう毎日毎日マルクス王子がいらっしゃるのでは仕事にならないぞ。どうにかならないのか?」

とうとう父からクレームが入った。

同意してうんうんと頷く他の事務官たちからも『集中できない』とか『仕事にならない』といったことを遠回しに言われている。

すぐに飽きるだろうと思っていたのだが、今は午後になるとこちらへ来て隣接する応接室で私がお相手するのが日課になっていた。

「午後のお勉強の時間を使って『社会見学』という建前でいらっしゃるのだからお勉強しましょう」

と、応接室で勉強を教えたところ、お気に召してしまったらしくとうとう教科書を持って来るようになった。


「カノン、なんとかしなさい」

という命令が出たところで、ただの伯爵令嬢の私に何ができるというのだ?

うーん。


そういえば、ベルナルド様はマルクス王子の叔父上だけあって、注意しても不敬にはならないはずよね。お忙しいのにハウアー家に付いて来る程の心配性っぽく見えるし。

マルクス王子殿下が私の元へいらっしゃるからとお忙しいのにハウアー家にまでいらしたのですから、同じ王城内の執務室位すぐお見えになるに違いないわ。マルクス王子殿下にここに来ないようにご忠告いただけるよう、それとなくお願いしてみちゃう?うん。そうしよう!それがいいわ!


『相談』という名のもと、ベルナルト様にチクることにした。



そうと決まれば早速、ベルナルド様にお手紙を書く。

それは、マルクス王子殿下が毎日のように王城にある父の執務室に私に会いにいらっしゃって仕事にならないということ。

私から言うことは憚られる・・・。どうしたものか・・・。


「♪黒ヤギさんからお手紙ついた 白ヤギさんたら読まずに食べた♪と」

手紙に封をして手を合わせて祈る。


お願い。少しふざけてしまったけれど。

ベルナルト様がこのお手紙を読んでくださいますように。決して読まずに捨てませんように・・・。


「アイシャ、王城に着いたらこれをベルナルド様の所に届けてちょうだい」

手紙を預けて仕事を再開した。



  ***


マルクス王子殿下がいらっしゃるのは決まって昼食の後。

それまでに溜まっている仕事を片付けなくっちゃ。

奏音時代にやっていたそろばんを思い出したおかげでもともと得意だった計算が格段に早くなった。暗算で済ますこともできるし、ここにはない九九や筆算の知識も取り戻した。

社会人として働いてきた経験や学生時代に学んだことも役立てられそうだ。


とはいえ、まずは王子がいらっしゃるまでの3時間。

急がなくては昼食を抜くことになってしまうわ。


カノン自身も子供の頃から基礎的な学習はしていたが、ベルナルド様の妃になるための王族教育の勉強を即急に行うために、領主としての勉強は中止になった。

そのためここで私ができる仕事は少なく、文書や報告書をまとめたり、計算ぐらいしかしていない。ベルナルド様の婚約者になれば、ここで働くことはなくなるのだから、仕事を覚える必要がなく、そんな私に責任ある仕事は回ってこない。

けれど、私は働くことが好きだ。ここで任された仕事をミスなくしっかり担いたい。


一心不乱に机の上に溜まった書類に目を通し、いくつかの報告書をまとめていく。確認が必要な個所にメモをつけた後は、会計書類の確認をしていく。右手の指先をそろばんの珠を弾かせる様に動かして、暗算で検算していく。


「その指は、何をしているのですか?」

「キャッ」

何!?

突然頭の上方から急に声を掛けられて驚いて声をあげてしまった。


ああああ!検算が途中だったのに、分からなくなってしまったじゃない!一体誰よ!?


イラっとしながら顔をあげると、そこにいらっしゃったのはルーカス様だった。

「ルーカス様!?」


どうしてルーカス様がここにいるの?

「ベルナルド様に手紙を書いただろう?まず私が様子を見に来るように言われたのだ」

「様子・・・でございますか?私、昼食後にマルクス王子殿下がいらっしゃると書いたはずですけれど、なんの様子を見にいらしたのです?」

「それはカイン様のご様子ですよ」

何を当たり前のことを聞いているんだとでも言いたいような表情をされたけれど、どうしてそんな顔をされなくてはいけないの?全く持って意味が分からない。

「私でございますか?」


頷いたルーカス様は、

「そうです。いつもカイン様は御父上の執務室にいらしているようだが、何をしているのかと思っていたのですよ」

「事務仕事をしております。と言っても私ができることは限られておりますが」

「事務官たちの邪魔になっているのではないですか?」

「まあ!」

なんて失礼なことを言うのでしょうとブチ切れそうになるのをググっと堪える。

「邪魔なんてしてませんわよ、ねえ?」

と向かいに座っている先輩の事務官に同意を求めた。

「え?あ。はい。なっていません」

「正直に言っていいのですよ。邪魔なら邪魔と言うせっかくの機会を無にしてはいけません」

物凄く失礼なんですけど!!


はははっと笑った先輩は

「本当に役に立っていらっしゃいますよ。御覧のとおり、カノン様は計算がお得意なんです。速くて正確ですし。今のように検算していただけるのでとても助かっています」

と言った。それを聞いたルーカス様は、目を丸くして、

「検算?今のが?目の前に置いてある計算機を使わず、指を動かして遊んでいただけではないのか?」

こちらの世界の計算機は10個の珠が入った細い棒が10段あり、その段が上から順に一の位、十の位…の位を示し、左から右に数を加えていくものだ。私はそれを使わずに奏音時代の知識を利用して、暗算していた。算盤を習っていた時の癖で指で珠をいれてしまうのだ。

私は小学校を卒業と同時に辞めてしまったが、ずっと続けている人は指で入れることなく、暗算をする。

「計算をする時の癖なのです」

「そうそう、カノン様は先日怪我から復帰なさってから計算が格段に早くなられました。代償かどうかは分かりませんが、指をチマチマ動かすようになってしまって、怪しい見た目が残念なんですよね」


「ほほう」



ルーカス様は私を見下ろして、無言のまま私を見つめた。これは疑いの眼差しか?

あ。もしかして。


「私がベルナルド様にお会いしたいがために、用もないのに父の執務室に来ているという噂を耳にしておりますが、誤解は解けましたか?」

「おや。カノン様はあの噂をご存知だったのですか?」

「ええ。皆さま面白可笑しく話されますし」

「あの。カノン様はきちんとこちらでお仕事をなさっておりますよ」

ナイス先輩!

「計算だけでなく、報告書のまとめもとても分かりやすくなさいます。確認が必要な個所は放っておくことなくきちんとお調べになるので信頼して任せられます。国の地形や隣国に関することも精通していらっしゃいますし、外国語もよく勉強なさっておいでで翻訳作業もしてくださいます。私供、とても助かっております」

「そうか」

「ついでに『計算高い』のではなく、『計算が速い』の間違いですとベルナルド様にお伝えくださいませ」

「ははははは!『計算が速い』とは伝えておくが、『計算高い』が間違いかどうかは今後のカノン様の動向次第だろうな』

「なッ」

「我が主はそう簡単には騙されないから、まあせいぜい頑張るがよい」

「何を頑張れと?お会いする機会もほとんどないのですから頑張りようがありませんわ」

「ふんっ。マルクス王子殿下を使ってベルナルド様をここに呼び出そうとしたくせによく言うな」

「!?」

「王城でベルナルド様からカノン様に会いにいらしたらすぐにその噂が広まってしまうではないか。本命の噂を立てようとしても無駄だよ。ベルナルド様は来ないよ」

「ああ、嫌だ。どうしたらそうひねくれたお考えができるのでしょう!本当に困っているからご相談したのに。ベルナルド様に来られても、、マルクス王子殿下に来られても。どちらにしても困るのです。仕事の邪魔です。今のルーカス様も邪魔でしかありませんから、よく覚えておいてくださいませ」

「そっくりそのまま返そう。毎日毎日ベルナルド様の執務室に懲りることなく訪れるカノン様も同様に邪魔になっているとやっとお気づきになられたようですね」


た、確かに・・・。

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