マルクス王子殿下の求愛!?

『コンコンコン!』

誰も返事をしないためか、1度目より大きなノックの音が響いた。


「出てもよろしいですか?」

ベルナルド様に視線を向けると、小さな溜息をついて「ああ」と頷いた。

不機嫌な顔をしたアイシャに視線で指示を出す。

アイシャがドアを開けると、男の子が飛び込んできた。

「殿下!お待ちください!」

慌てて止める側仕えの手を振りほどいて男の子が入って来た。


「カノン!目を覚ましたと聞いたぞ!具合はどうだ!?」。


「マ、マルクス王子殿下!?」

ええええ!?マナーもそっちのけで部屋に飛び込んできたのはマルクス王子殿下だった。

「えっと・・・はい。もう大丈夫でございます。殿下の方こそお怪我の具合はいかがでございますか?」

王子は腕を見せ、

「擦りむいただけだ。カノンのおかげだ。礼を申すぞ!」

ベッドの横に立つ8歳の王子と、ベッドの背もたれに寄りかかっている私の目の高さは調度同じくらいだった。


王子は私の額にそっと手を伸ばし、

「痛いか?」

と恐る恐るたんこぶに触れた。

ピリッとする痛みにピクリと体が反射的に反応した。

手を引っ込めて心配そうな表情を浮かべる王子に、

「大丈夫ですわ」

と微笑んだ。 


「マルクス。なぜここに?」

ベルナルド様は王子の肩に手を置き、見下ろして問うた。

「僕の部屋にいた医者の所に使いの者が来て、カノンが目を覚ましたと聞いたのです、叔父上。」

ベルナルト様とマルクス王子殿下は叔父と甥の関係だ。


王子は振り返り、白衣の男―医者を呼んだ。

手招きされた医者は脈を計ったり頭を確認したりして、問題ないことと安静を言い渡した。


王子がほっとしているのが伝わった。そして、私を見つめて子供ながらに真剣な表情をした。

「カノンは命の恩人だ。皆が、カノンが受け止めてくれなかったら死んでいたかもしれないと言っていた。感謝するぞ!ものすごーーーく、感謝する!!」

王子殿下のかわいらしい表情に皆がほっこりした。

かわいらしいこの王子に大した怪我がなくて本当に良かった。


「王子殿下が御無事で何よりでございます」

と微笑むと、マルクス王子殿下はポッと頬を赤く染めた。


「えっと。女の人の顔に怪我をさせたら責任を取らなければならないと聞く」

「え?」

「それでだ。カ、カノン」

「はい?」

「カノンの顔の傷は私が責任を取るので安心してくれ」

「「「「え?」」」」


この場にいた全員が声をあげ、固まった。

『責任』って。それは、つまり、プロポーズの言葉・・・なのかしら?

「僕と結婚して欲しい!」


「「「「えええええええ!?」」」」


この場にいた全員が驚いているのは言うまでもない。

冷静沈着なベルナルド様までもが口を開けている。

「あ、あの、王子殿下。私、顔には怪我をしておりませんわ。ですから責任など取っていただかなくても大丈夫ですのよ」

マルクス王子殿下はブンブンと首を振った。

「そ、それに!」

「?」

「それに、僕を抱き留めたカノンはとても美しく、神々しく、僕はドキドキしてしまって・・・それで・・・だから・・・僕の妃になるにふさわしい人だと思ったんだ!」


「「「「えええええええ!?」」」」


「カノ・・・「マルクス」」

続きを発そうと話しかけた王子の声を、ベルナルド様が遮った。


「なんですか、叔父上?今カノンに「カノンは私の婚約者になるかもしれない人だよ」

王子殿下がそれでも言葉を繋げないように遮り、優しく嗜めた。


「でも、カノンは叔父上の婚約者候補の一人と聞きました!」

うん。その通りよね。

真っ直ぐな瞳でベルナルド様を見上げる王子。

ベルナルド様は王子を見つめ返す。そして顔色一つ変えることなく、

「ダメだ」

と首を振った。

「それに叔父上は誰とも結婚しないと父上と喧嘩していたではないか!」

「え?」

「マルクス!」

へええ。そんなこと話してたんだ。ふうん。

ベルナルド様をジト目で見つめた。

怒るベルナルド様の表情を窺った。

ベルナルド様は明らかに動揺している。珍しく顔に出ている。

コホンと咳ばらいをしたベルナルド様は、

「さあ、カノン嬢には安静が必要だと言われただろう?負担になってはならないからね、私たちはお暇しよう」

と言って王子殿下の背を押して退出を促した。


そして、ベルナルド様はこちらを振り返った。

王子に対するような優しい微笑みではなく、王族のよく教育された造笑顔で私を見る。

「カノン嬢、聴取の続きは明日にしよう。今日はこのままこちらに泊って行くがよい。何かあれば医者を呼びなさい。大事になさい。ルカ」

ベルナルド様は視線をルーカス様に向け、目で合図をして退室した。


小さく頷いたルーカス様は、ベルナルド様達を見送ったのち、ベッドの背もたれに縋ったままの私を見下ろした。そして一切心のこもっていない視線を私に向けた。

私は緊張でごくリと唾を飲んだ。


「今日の事は他言無用で願います。明日、またこちらに伺いますので勝手に帰らないようにしてください。・・・・・」

あ、なんだ普通だった。二人のアイコンタクトに緊張しちゃったわ。

「かしこまりました」

と微笑んで見せた。


そんな私に近寄ったルーカス様は、少し前かがみになって私の頭の上空から囁いた。

「王子殿下からの求愛も偶然ですか?それとも計算?」

バッと体を捻り、ルーカス様を見上げた。


計算って!?そんな計算どうやってするのよ!?

「計算なわけがないでしょう!」

イラっとして声を荒げてしまう。

ルーカス様は飄々とした目で見降ろし続けた。

「それではまた明日伺います」

と残し、部屋を出て行った。


なんなの!?あれ!?むかつくんですけど!?

枕を二つ、ぶんっぶんっと閉まった扉に向かって思いっきり投げつけた。

届くわけもなく床に落ちた。くそゥッ!

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