突然の訪問

「きゃああッ!」

私は飛び起きた。

首筋を伝う水滴。

血!?


慌てて腕で拭ってその腕を見た。

それは血液ではなく、悪夢を見て流した汗だった。



「カノン様!カノン様」

起き上がった体を慌てて支えてくれれたアイシャが不安気に私顔を覗き込んだ。


「だ、大丈夫よ、恐い夢を見ただけだから。

アイシャ、喉が渇いたわ。お水を取ってくれる?」


「はい」

と水差しからコップに注いでもらって一気に飲み干した。


夢だったのね・・・。

やけにリアルな夢だった・・・。恐ろしい・・・・。

それに初めて見たはずの景色だったのに、懐かしいような、よく知っているような郷愁を覚えていた。



ジンジンとする頭の痛さも知っていた。

・・・ん?

こめかみに違和感を覚えて、手を伸ばした。


「いたっ!!」

触ると、ぷくっと膨れた感触がある。

たんこぶが出来てる?どうして?


「どうして腫れているのかしら?」


「マルクス王子がふざけて階段の手すりから落っこちたのを助けたからですわ」

なるほど。確かにそうだったわね。

「あれ?でも私は顎は蹴られたけれど、頭を蹴られた覚えはないんだけど?」

「顎を蹴られた後、フラッと倒れて頭を打ったのでございます」

なるほど、納得。


「そういえば、マルクス王子はご無事でしたか?」

「はい。カノン様のおかげで無傷のようでしたよ」

「そう。それはよかったわ」

次期国王の体に何かあれば、とんでもないことになってしまうわ。


「カノン様。お水のお代わりを飲まれますか?」

「いいえ。もういいわ」

アイシャは座りなおそうとする私の体を支え、背中に枕を入れた。そして、布団のシーツの上に転がったタオルを取り、盥の水につけて絞って、私のたんこぶに冷たいタオルを当てた。


アイシャに頭を冷やしてもらいながら、部屋の中を見渡した。


とてつもなく広い部屋で、窓の背がとてつもなく高い。

反対の壁際には、火が入っていない暖炉があり、その上には燭台が置かれていて、その上に青い空と海の絵が飾られている。


私は天蓋付きのキングサイズのベッドの上で、さっきまで真っ白なフワフワな布団に包まって寝ていた。


「ところでアイシャ、ここはどこなのかしら?」

見たこともない部屋のベッドで寝ているなんて。寝心地の良いフカフカな布団だなあなんて呑気なことを考えている場合ではない。


「王城の客室です。気を失っていたので動かさない方がいいということでこちらのお部屋に運ばれたのです。事故の話を聞かれたベルナルド様が駆けつけて来られて、お医者様を呼んだり、カノン様をこちらに運ぶようにご指示されたり、それはそれはテキパキとなさって素敵でしたわ。やはり、ご婚約者候補のカノン様の事が御心配だったのでしょうね・・・あ!!カノン様の意識が戻られたらお医者様をお呼びするようにと言われていたのでしたわ。少し、廊下の警備騎士に声をかけてきます。カノン様、動かずにここで寝ていてください」

頷くとアイシャはドアに向かった。


ベルナルド様が私の心配をなさった?・・・・。ありえないわね。

きっと王城内で起こった事故の後片づけをなさっただけでしょう。

もしも私の心配をするような人ならば、毎日ご機嫌伺いに行く令嬢の顔の一つも見て、慈しみの言葉の一つくらいくださるはずだわ。

アイシャはわかっていないなあと思いながら、布団にもぐりこんだ。

んんーーー、このベッド、めちゃくちゃ気持ちがいいわね。流石、王城のベッドだけの事はあるわね。

目を閉じ、スプリングのきいたフカフカなベッドと、糊のきいたシーツの感触を堪能する。


ん?

「〇×△▼※※×◎?」

「▽×●◎×〇△~!」

ドアの前から話声が聞こえてきた。


一人はアイシャの声だ。何を言っているのかは聞き取れないが、なにやらもめている?


急いでベッドから降りて、ドアに駆け寄った。

そして、ドアに耳を当てて外の様子を窺う。



「ですから、カノン様は恐ろしい夢を見る程にショックを受けていらっしゃるのです。事故の説明なんて無理です」

「だが、気が付かれたのであろう?まだ記憶が新しいうちに話を聞いておきたいのだ。国王の御子であるマルクス王子が階段から落ちたのだぞ。その意味が分かれば悪夢の一つくらい我慢していただきたい」

「はあ?うちの大切なカノン様にそのような無礼な物言いをする者を近づけるわけにはまいりません。どうしてもというのならベルナルド様をお連れくださいませ」

「そ、そのようなことができるわけがないだろう?頼むよ、俺も仕事なんだよ」

「私も仕事です。さあ、これからお医者様がいらっしゃるのです。お引き取りください!」

「全くもう!」

カチャ。


あ。ドアが開いて、聞き耳を立てているのが見つかってしまった!

あたふたと小走りでベッドに戻る。

「カノン様!!走らない!!」

「あ。ごめんなさい」

いつもは大人しいアイシャだけど、怒るととてつもなく恐い。

「カノン様、頭を打っていらっしゃるのですから、そんなに走り回らないでください。心配でなりません」

「ごめんなさい」

ベッドに戻り、布団をしっかりと掛けられる。


「先程は誰と話していたの?」

「城の警備騎士です。マルクス王子が階段から落ちた経緯をお調べしているとのこと、カノン様にも話を伺いたいと」

「あら。別に私、話すわよ?」

お仕事ですもの。その騎士も大変でしょう。何せ王子がふざけて階段から落ちて危うく大怪我をするところだったんですもの。打ち所が悪ければ死んでしまっていたかもしれないわ。王子の側仕えも、近くにいた護衛騎士の方々も罰を与えられたりしたのかしら。お可哀想に・・・。


「説明は明日でいいのです。カノン様の安静第一ですわ!」

ふふふ。アイシャは過保護だなあ。

心配性のアイシャが私のたんこぶに濡れタオルをあてて、再び冷やしてくれる。

気持ちいい。


コンコンコン。

アイシャは、

「まあ!しつこいですわね!ガツンと言ってきますわ、ガツンと」

と言って立ち上がり、怒りながらドアを開けた。


ガツンと言った声がしないまま、再びドアが開き、アイシャが慌てて私の所に戻って来た。


「た、たた、た、大変です!!」

「どうしたの?」

「べ、べべ、べベルナルド殿下が、いいらっしゃいました!!」

「ええっ!?」

さすがに国王弟で婚約者(候補)のベルナルド様を追い返すわけにはいかない。

飛び起きて、急いで身支度を整える。

ぼさぼさになった髪はササっと三つ編みにして横で一つにまとめ、ソファに座る。着ている菫色のドレスは皺が入ってぐしゃぐしゃになっていることに気付き、ベッドに戻って見えないように布団をかける。

寝転がっているのは失礼になるかもと、ベッドに起き上がり、背もたれの部分に枕を入れてそれにすがって座る。

胸元まで布団をかけて皺を隠す。

「アイシャ、どうかしら?」

「はい、いつも通りにお美しいです」

「よし!ではご案内して」

「かしこまりました」

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