第3話  森の木陰で

 伯父さんの襲来を乗り切り、足の捻挫も治った。

 普通、しばらく痛みを引きずったりと長引くもんだけど、きっぱりと完治した。

 さすがアクセルくん14歳。これが若さというものか。


 というわけでさっそく外に遊びに行く。

 もっとも街に繰り出すわけじゃない。

 俺の行先は、例の森のある郊外だ。


「ぬわっはっは、今日もきてやったぞガキンチョめらが!」


 俺がバカ殿ムーヴ全開で馬車から降り立つと、棒切れを抱えた子供たちが群れてくる。

 連中は、ちょうどジャイアントスラッグを仕留めていたところ。


 なんでもこのクソ雑魚ナメクジ、半端なく森から沸いて出てくるらしい。

 放っておくと農作物を食い荒らすので、それを退治するのがここいらの子供たちの日課だそうな。


「よし。オリヴィエ、やれ」

「……はい」


 不承不承、本当に不承不承って感じでオリヴィエが剣を振るう。

 マジもんの衝撃波で、ナメクジどもが一瞬で吹っ飛ぶ。


 う~ん。

 まるでガ〇ダムに蟻んこを踏みつぶさせている感じ?


 無駄にエネルギーを浪費させている感も半端ないが、獅子は兎を仕留めるのにも全力を示すっていうから多少はね?

 あ、兎はオリヴィエの方か。ごめんテヘペロ。


 

 ともあれ、これでガキどものノルマは達成。

 あとは精々、俺の遊びに付き合ってもらうとしよう。


 だからといって、こっちの世界に気軽に出来るボードゲームなんてない。

 いや、カードゲームとかあることはあったけど、お貴族さま専用でクッソ高い。

 仮に俺の館にあったものを持ちだしたところで、無学なガキンチョたちにルールを覚えさせるのも一苦労だ。

 となれば、俺が前世の知識を披露するしかないじゃないか。


 用意させたのは、大きな木の器。出来たら陶器の方が良いんだけどね。

 それにこれまた木を小さく立方体に切り出したものを三つ。

 その表面に、1~6まで丸く穴を彫って、と。


「おら~! ちんちろりん!」

 

 手製の不細工なサイコロが器の中を跳ね回る。


「よっしゃ、456だ倍付けじゃい!」

 

 中には数字の概念すら怪しい子供もいたけれど、そこらは地面に絵を書いてこのマークはこれで、って感じのざっくり説明でOK。

 みんなして嬉々としてサイコロを振っては、まあ盛り上がる盛り上がる。


 これですよ、これ。

 館でメイド相手にゲームしても、みんなして忖度ってゆーか、俺の顔色を窺いながら負けようとしてきて全然楽しくねえんだってばよ。



 その点、無邪気な子供たちは本気で勝とうと一喜一憂してくれる。

 ちなみに賭けているのは、ガキたちが森で拾い集めてきた木の実。

 ちょっと大きめのブルーベリーみたいで美味いんだなコレが。


「ククク……よし、ここで倍プッシュだ……っ!」


 そんな実をチンチロで全て巻き上げる喜び。

 自分が支配者階級にいることを実感する圧倒的強者感……っ!


「いでよ、ピンゾロ…ッ!」


 乾坤一擲。

 俺の振った賽は器の中で激しく回転し――器の外へと飛び出していた。


「うはは、しょんべんだしょんべん!」


 周囲のガキどももここぞとばかりに囃し立てる。

 器からサイコロを飛び出させるのは『しょんべん』と呼ばれペナルティの倍払いだ。


「……スンマセン、銅貨でいいっスか?」

 

 持っていた実だけでは足りず、銅貨を支払って新たな実を譲ってもらう俺。

 ちなみにオケラになったガキたちは、こぞって森の中へ新たな実を拾いに行っている。




「にしても……」


 何気なく森の奥へと視線を飛ばす。

 入口にある資材やらはそのままで、いっかな道路工事が進んでいる気配がない。

 これってどういうこと? もしかしてストライキとか?


「あ、父ちゃんが言ってたんだけど、森の奥に遺跡が見つかったんだってさー」


 俺が疑問を呈すと、ガキンチョの一人が教えてくれた。

 そんでその遺跡の調査に、ギルドから冒険者が派遣されているらしい。

 

「おまえたちも知ってた?」


 テレレとオリヴィエに訊ねると、二人して首を振る。

 この街の代官かギルドか、それほど危険性は高くないと判断したからか。

 単に俺がハブられてる可能性の方が高いけどね。


「よっしゃ、次の親番行くぞー!」


 そう俺が声を張り上げた時だった。あからさまに空気が変わったのは。

 テレレとオリヴィエが目に見えて緊張したのが分かる。

 身構える二人に倣って森に視線を飛ばせば、人影がまろびでてきた。

 実を取りにいった子供ではない。成人した体格。

 しかしその全身は焼けただれたようにボロボロで、血と泥に塗れた必死の形相に、俺の周辺にいたガキたちは揃って腰を浮かしている。


 森の入口からよろよろと歩いてきた人影は、その場にどうっと倒れる。

 駆け寄るテレレたちに遅れて、俺もその顔を覗き込んだ。

 

 酷い怪我だ。

 それに、この壊れた装備からして、ひょっとして冒険者か?


 オリヴィエが上体を抱え起こし、テレレが腰にあった革袋の水筒を口に当ててやる。

 ガツガツと飲み干した冒険者は、切れた唇を震わせて、開口一番こういった。


「みみみ、みんな逃げろ! 早く逃げろ! 逃げるんだ……!」


 どういうことだ? と俺が問い質そうとした刹那、森から一斉に鳥が飛び立つ。半瞬遅れて凄まじい咆哮が一帯に轟いた。


 ビリビリという空気の振動が身体を揺らす。

 ぬうっと森から突き出す長大な影がある。






 ゆっくりと首を巡らすそれは――ドラゴンだ。

 

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