第9話
〔9日目〕
俺はあまり眠れず、由佳の起床した動きに気づいて、目を覚ました。
「おはよう」
俺は由佳に声をかけた。
寝てる間に不審な行動をさせないためだ。
「おはよう。起こしちゃった」
「たまたま目が覚めただけ。明日でこのバイトも終わりなんだって思うと、なんか淋しいよ」
「ありがとう。かっちゃんのお陰で、いろんな経験ができたよ。本当に感謝してる」
「じゃあ、最後にお願いがあるんだけど」
「なに?」
「一年後、どこに行ったら由佳に会えるか教えて」
「どういうこと?」
「もし由佳が、この世からいなくなったら、俺はどこに行けば由佳に会えるのか。この世に由佳がいたとしたら、俺はどこに行けば由佳に会えるのか。もう一度、由佳に会いたくなったら、俺はどこに行けばいいのか、それを教えてほしい」
「私にもわからない」
「明日までに、考えてみて」
由佳の返事はなく、曖昧な様子で由佳は寝室を出ていった。
俺も寝室を出て、朝食の準備をする由佳の様子を見ていると、由佳から話しかけてきた。
「クリスマスプレゼントを選びたいから、待ち合わせは6時くらいでいいかな?」
「そうだね。俺も由佳にプレゼントを考えてみるよ。本当は、一緒にお店に行った方が由佳の欲しいものを選べるのかもしれないけど、最後は自分で考えてみたい」
「かっちゃん、私、プレゼント選びで少し遅れるかもしれないけど、必ず行くからそこで待ってて、お願い」
由佳の会話に違和感を感じた。必ず行くからとわざわざ念を押すことで、本当は来ないのかもしれないと考えてしまう。
「わかった、由佳が来るまで一生待ってるよ」
笑って言った俺の冗談に、由佳はぎこちなく笑った。
二人でいつものように朝食を済ませ、俺は先に家を出て、大学に行くふりをしてマンションの入口が見える場所で待機した。
まもなく、由佳がマンションから出てきて、昨日と同じ方向に歩いて行く。
小型盗聴器を仕掛けたバッグを持っているのを確認して、俺も昨日と同じ場所を目指した。
タクシーの運転手に、「未来創生の和」のビルがある場所を指定して、昨日と同じコーヒーショップに入った。
盗聴器の受信を確認すると、靴音が響くように聞こえる。
まだ移動中のようだ。
感度は上々だ。盗聴技術の高さを感じる。
しばらくすると、扉の閉じる音がして、人の声が聞こえてきた。
耳を澄ませて、会話の内容に集中した。
「マナミ、いよいよ今日だな」
声の低い男の声が聞こえる。
「約束は守ってもらうわよ」
由佳らしい声がした。
「もちろんだ。お前が計画通りに実行すれば、タカシと西北の学生は開放する」
西北の学生は、おそらく佐久間のことだろう。
「今日、浅間克也と5時に丸の内のイルミネーション会場に行く」
「よし、そこで実行してもらう。自分のことしか考えていない日本人の目を覚ましてやる」
「あなたこそ、自分のことしか考えていないじゃない」
「違う、俺はクリスマスイブに親からプレゼントをもらえない子供達がどんな気持ちでいるのかをたくさんの日本人に教えてやるんだ」
「そのために人を殺すの?それが、どうして正義なの。あなたは間違ってるわ」
「黙れ!俺に逆らうな。お前に俺の気持ちはわからん。タカシを助けたかったら、計画を成功させろ。もしも失敗したら、タカシだけじゃなく、同居人の家族もこの世から消えると思え」
「待って、家族には手を出さないで、待って」
女の叫ぶ声が聞こえる。
扉の閉まる音とともに、会話は聞こえなくなった。
今の会話は、誰と誰が何の話をしていたのだろう。
男は、女のことをマナミと呼んだ。
丸の内で人を殺すと言っていた。
タカシとは、誰のことだろう。
同居人の家族がこの世から消える。
同居人が俺のことなら、マナミと由佳は同一人物で、家族は栃木の両親と弟妹のことになる。
そして、佐久間が「未来創生の和」に囚われていることは間違いないようだ。
今日、丸の内で何かが起こる。それは人が死ぬこと。どうしたら、防ぐことができるのだろうか。ただ、人が死ななければ俺の家族が死ぬ。
現実とは思えないことが、起きようとしている。
もう一度、男と女の会話を思い返してみた。
マナミと呼ばれた女は、5時にイルミネーション会場に行くと言っていた。
俺と由佳が東京駅で待ち合わせた時間は6時だ。
由佳とマナミは別人なのだろうか。
滋賀県琵琶湖畔のある別荘の庭から、遺体が発見された。
その別荘の所有者は、「未来創生の和」総帥の鷹島翔生で、遺体は行方不明の雑誌記者であることが判明した。
すぐに警視庁に報告され、鷹島翔生を殺人容疑の重要参考人として引っ張ることになった。
警視庁の捜査一課は、「未来創生の和」の本部ビルに直行した。
ビルの入口から「未来創生の和」の信者の抵抗にあったが、強引にビル内を捜索した。
外から鍵のかかった個室に、二人の男性が見つかった。
一人は、「未来創生の和」の幹部で、実質ナンバー2の男、秋山隆史。
もう一人は、西北大学生の佐久間聡史だった。
警察は、秋山隆史の証言により、鷹島が東京で殺人の計画を立てていることを知る。
しかし、特定の場所は、秋山にもわからない。
ビル内を探したが、鷹島を見つけることはできなかった。
鷹島翔生を緊急指名手配し、都内および近県の県警に応援を要請した。
秋山は、捜査一課の刑事と同行し、鷹島の捜査に協力することになった。
佐久間は自分の所持品を見つけ、携帯電話から浅間に連絡をした。
呼び出し音が鳴ると、すぐ応答があった。
「もしもし」
「浅間か?」
「佐久間?」
「そうだ、状況を詳しく話してる時間がない。今、川村由佳は一緒か?」
「いや、一緒じゃない」
「川村由佳は、何処にいる?」
「わからない。電話にも出ない。でも、あとで東京駅で会う約束をしている」
「東京駅で会って、何処に行く?」
「彼女が丸の内のイルミネーションを見たいと言うから、6時に待ち合わせをした」
「そこに鷹島翔生が現れるかもしれない」
「未来創生の和の?」
「そうだ。川村由佳も現れるだろう。そこで、殺人が起こる可能性がある」
「やっぱり、そうか」
「お前、何か知ってるのか?」
「実は今日、川村由佳のバッグにお前から預かった盗聴器を仕掛けた。そこで鷹島らしき男と話している内容を聞いた」
「なんだって」
佐久間の電話の様子を伺っていた刑事が、自分に変わるよう佐久間に合図をした。
「今刑事さんに変わるから、ちょっと待って」
刑事に電話が変わり、警視庁の所属と名前を告げたあと、「できるだけ詳しく聞いた内容を教えてほしい」と言われ、俺は盗聴器で聞いた会話の内容を話した。
「おそらく、女を使って誰かを殺すつもりだ。女は計画を拒否していたんだね」
「はい。でも、タカシという人質の命と引き換えに、実行させられようとしています」
「丸の内で6時に待ち合わせだったね」
「はい」
「もし彼女が、君を巻き込みたくないと考えたら、実行を早める可能性があるかもしれない」
刑事の言葉が、意外だった。
由佳は自分を利用していると考えていたので、俺を巻き添いにしたくないと考えるなんて、思っていなかった。
「とりあえず、丸の内に向かいます」
電話が佐久間に変わった。
「浅間、お前の命も狙われているかもしれない。気をつけろ」
「わかった。佐久間、ありがとう」
電話を切り、電車で東京駅へ向かった。
東京駅の待ち合わせ場所に由佳の姿は当然無い。今の時刻は、5時半だった。
約束の時間前だったが、由佳を待たずにそのまま丸の内のイルミネーション会場に向かった。
クリスマスイブのイルミネーション会場は、若者を中心に人が溢れていた。
たくさんの人の中で、由佳を探し廻ったが、簡単に見つかりそうもないし、由佳がいるのかもわからない。
そんな時、一台の車がクラクションを鳴らしてイルミネーション会場に乗り込んできた。
本来、交通規制で車は入れないのだが、完全に無視した行動だった。
道路に出ていた人々が慌てて避ける中を、人をを轢いても構わないというような勢いで赤いオープンカーが進入し、イルミネーション会場のほぼ中央で止まった。
止まったオープンカーから鷹島翔生が現れた。
会場の警備員が駆け寄ったが、鷹島翔生は右手に拳銃を持ち、それ以上自分に近づくことを許さなかった。
隣に付き添う信者らしき男が、鷹島翔生にマイクを渡すと、取り巻く人々の中で、鷹島翔生が話し始めた。
「能天気にクリスマスイブを楽しむ諸君、私は未来創生の和の総帥、鷹島翔生だ。元々キリスト教徒でもない日本人が、クリスマスを祝うなんて、お前たちは愚かな人間だ。クリスマスは全ての人類にとって幸せなことだとは限らない。私の両親は、信じていた親友に裏切られ、この日に死んだ。友達のために借金の保証人になり、騙され、自分が多額の借金を抱え、仕方なく違法の金融業者からも金を借り、最後は幼い子供を残して、夫婦で命を絶った。このクリスマスイブの日に、私と妹は両親のいない孤児になった。私は、この日本から私のように理不尽な人生に陥る者を救いたい。この国を変えたいと願い、未来創生の和を立ち上げたのだ。他人の人生を変えるなら、責任を持て。他人の人生を狂わせて、責任を持たない者に生きる資格など無い。人の優しさを悪事に利用する者は、この世から排除されるべき。私は、私の両親の人生を狂わせた人間を許すことは、一生出来ない。この憎しみを取り払うことなど誰にも出来ない。その男は、私の両親を騙して得た金を基に、のちに事業で成功し、そして、人の幸せを壊しておきながら、自らは妻と3人の子供と幸せに暮らしている。私は今日ここで、その男に制裁をくだす。私は、その男の一番大事な物を奪うことこそが、最高の制裁だと決断した。私の両親の命日に、その男の息子をこの場で処刑する」
周りの人々からどよめきが起こる。
鷹島翔生が、いきなり視線を俺に向けてきた。
「浅間幸一郎の息子、浅間克也」
俺の名前を呼んだ瞬間、突然両側から二人の男に抱えられ、そのまま鷹島翔生の前に連れて行かれた。
周りで様子を見ていた警察官が駆け寄るが、
「これを見ろ!」と、鷹島翔生が怒鳴った。
拳銃からダイナマイトに持ち替え、警察の足を止めた。
「これ以上近づけば、この街ともどもぶち壊す」
ダイナマイトを見た人垣の輪が後退する。
鷹島翔生は、狂ったように笑う。
「愛美、出て来い」
鷹島の言葉で、車の後方から由佳が現れた。
「由佳!」
俺は、思わず叫んでいた。
由佳の手には、日本刀が握られている。
俺と向かい合い、由佳が俺をじっと見ている。
「私は、由佳じゃないわ。私は、鷹島愛美。鷹島翔生の妹。あなたのお父さんに裏切られた人間の娘よ」
信じられないこの状況に、悲しみで息が上手くできない。
由佳の両親を、とうちゃんが裏切り、自殺に追いやったことが、辛すぎて、涙が止まらない。
俺は、抵抗する気力を失っていた。
「愛美、やれ!」
鷹島翔生が叫ぶ。
「愛美さん、ごめんなさい。あなたのお兄さんの言うことが本当なら、俺は殺されても仕方ありません。好きになった君になら、この命を捧げる。最後に一言だけ言わせてくれ、人を殺すのは俺だけでやめてくれ」
愛美の目から涙が流れる。彼女は、泣いていた。刀を構えながら、動くことができずにいた。
「愛美、父と母の無念を晴らせ」
鷹島翔生が再び叫ぶ。
愛美は、俺を睨みつけ、日本刀を高く構え直す。
俺は、目を閉じた。
愛美の構えた日本刀がわずかに動いた瞬間、人混みの中から秋山隆史が飛び出してきた。
「愛美、やめろ」
秋山隆史は、愛美の刀を奪い取り、鷹島翔生の胸に向かって刀を突き刺した。
鷹島翔生は大きな叫び声を上げながら秋山隆史を睨みつけ、ゆっくりと崩れ落ちていく。
周りの人々の悲鳴を聞き、俺は目を開けた。
愛美が、呆然としたまま立っていた。
一斉に警察官が駆け寄り、事態を収拾した。
鷹島翔生は病院に運び込まれ、秋山隆史は殺人未遂の罪で警察に逮捕された。
鷹島愛美と俺は別々のパトカーで警察署に連行され、長い事情聴取の後、俺は日付が変わった朝方に解放された。
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