第8話

〔8日目〕

「かっちゃん、明日はなんの日?」

「明日はクリスマスイブだよ」

「やっぱり知ってた」

「当然知ってるよ。恋人たちにとっては、一大イベントの日でしょ」

「本当のクリスマスは家族でお祝いするんだって」

「日本は基本仏教だから、クリスマスは景気対策の一つみたいなものなんじゃない」

「それでもいいじゃない。みんなが幸せになれるなら」

「なれない人もいるけどね」

「もう、かっちゃん意地悪ね」

「由佳、明日の夜は一緒だよね」

「もちろん、一緒だよ」

「今、キスしてもいい?」

「どうしたの?急に」

俺は、由佳にキスをした。

このままの生活が続くことを願って。

「じゃあ、行ってくる」

由佳に見送られて、家を出た。

克也は、何からすればいいのかさえわからなかったが、とりあえず佐久間の携帯に連絡をしてみた。やぱっり、電波が届かない場合にいるか、電源が入っていないため繋がらなかった。

次に、警察に電話をかけた。

「こちら110番、事件ですか?事故ですか?」と、言い慣れた滑舌の良い男性の声が聞こえた。

「僕は、浅間克也という西北大学の学生です。実は、同じ大学の佐久間聡史という友人が4日前から音信不通で連絡が取れなくて、事件に巻き込まれたかもしれません。警察で探してもらえませんか」

「捜索願をご家族から出されていませんか?」

「たぶん、実家の家族は知らないと思います」

少し間があいたあと「一度ご家族に確認をしてください。それでも行方がわからなければ正式に捜索願を出していただいてください」

確かに、ドラマで捜索願という言葉を聞いたことがある。

「わかりました。実家の家族に確認をしてみます」と言って電話を切ったが、佐久間の実家の電話番号までは聞いたことがなかった。

仕方なく駅に向かおうとした時、学生証を忘れたことに気づいた。

学校を休むつもりだったので必要ないのだが、何となく不自然な気がしたので、マンションに引き返すことにした。

マンションの近くまで戻ってきた時、マンションから出てくる由佳を見かけた。

由佳は駅とは反対方向に歩いて行ったので、俺は気づかれないように由佳の後を尾行した。

大きな通りに出ると、手を挙げてタクシーを止めて乗り込んだ。俺も急いでタクシーを探し、乗り込んだタクシーの運転手に「前のタクシーを追ってください」と、頼んだ。

「お客さん、刑事さん?」

タクシーの運転手の問い掛けに一瞬戸惑ったが、咄嗟にドラマの刑事を真似て、刑事のふりをしてしまった。

「すいません、捜査中なので質問には答えられません」

「ドラマみたいだな。本当の刑事はスーツじゃないんだね。わかりました捜査に協力しますよ」

運転手は愛想良く何も疑わずに、由佳の乗ったタクシーを追ってくれた。

都心に向かって40分ほど走ると、由佳が乗ったタクシーがとあるビルの前で止まり、由佳が降りた。

少し離れたところでタクシーを止めてもらい、財布に入ったわずかなお金を払おうとすると、タクシーの運転手が捜査協力ですからお代は結構ですと言ったので、捜査協力に感謝しますと言って、お言葉に甘えた。

由佳は、目の前のビルの中に入って行った。

俺も後を追ってビルの中に入り、エレベーターが6階で止まったのを確認した。

ビルに入居している企業などの看板はなく、一旦外に出ると、道路向かいの建物にコーヒーショップがあり、そこで様子を伺うことにした。

コーヒーショップでは、スマホで住所とビル名を検索すると、気になる名前が出てきた。

「未来創生の和」

数年前から世間を騒がせている非公認団体だ。鷹島翔生という思想のカリスマが総帥で、世界の未来を変えると豪語し、平等な人間社会、一国家の利益ではなく世界全体で利益を享受することを唱え、たくさんの信者を集めている。

最近では、国会の野党議員や反社会団体との繋がりを週刊誌にスクープされ、その取材をした記者が行方不明になっていることで注目を集めていた。

確かにビルの外観を見ると、テレビで見たことがあるような気がした。

もしかして、由佳は「未来創生の和」の信者なのか、それとも別の理由でここにきたのか、今は何もわからない。

2時間後、ビルの中から由佳が出てきた。

俺はコーヒーショップを出て、由佳の後を追う。

由佳は少し歩いたところでタクシーを拾い、来た方向と同じ方向にタクシーは走っていった。

俺は、由佳は自宅に帰ったと判断し、由佳の追跡をやめ、「未来創生の和」のビルに戻った。

ビルの階段を登り、1階ずつ入居している企業を確認した。

1階はロビーとエレベーターホール、見たことのないコンビニのようなお店があった。

2階から4階まではIT関係らしい名前の会社が入っている。

5階は何も書かれていなかったが、黒いスーツを着たSP風の男性と目が合い、呼び止められた。

「すいません。どちらをお探しですか?」

「あのー、このビルに法律事務所があったと思うんですけど」

俺は咄嗟に、法律事務所を探すふりをした。

刑事の次は弁護士、我ながら刑事ドラマの見過ぎかもしれないと思った。

「それなら、このビルではありませんよ。このビルに法律事務所は入っていませんので」

「そうですか、ありがとうございます。ちなみにここは何の会社ですか」

「なぜ、そんなことが気になるのですか?」

「あっ、いや、会社名がどこにも無かったものですから。すいません、では引き返します」

俺はエレベーターを使わず、階段で降りた。

おそらく5階から上が「未来創生の和」の本部なのだろう。

俺はコーヒーショップに戻り、「未来創生の和」に関する情報や噂をネットで調べ始めた。

政治家や反社会団体とのことをスクープした記者の失踪や、地方都市での事務所立ち退き騒動で地元住民の反対派リーダーの変死など、疑いをかけられている事例がいくつかヒットした。

最近はネットを使ったビジネスを始めたり、世界の機密情報をハッキングしているという噂も出ていた。

憶測の範疇ではあるが、多彩な危険を秘めているテロ団体と呼ぶ人もいるようだ。

ビルの低層に入居していたIT関係の会社も「未来創生の和」の組織なのかもしれない。

そろそろ大学の講義が終わる時間なので、帰らないと由佳に怪しまれる。

俺は、コーヒーショップを出て、最寄りの駅に向かって歩いた。

吉祥寺の駅に着いた時、スマホのメールに気づいた。送り主は、佐久間からだった。

「浅間、僕は大丈夫だ。川村由佳の追跡はやめろ。君の命が危険だ。これは僕からの忠告だ」

と、書いてある。

おかしい。佐久間からのメールでないことはすぐにわかった。

佐久間は俺に話をする時、自分を僕とは言わないし、俺のことを君とも言わない。

誰かが佐久間のスマホから、俺に送ったメールだと気づいた。

メールの送り主は俺が由佳を追跡して、「未来創生の和」のビルまで行ったことを知っている。

つまり「未来創生の和」から俺への忠告だ。

もし、由佳が「未来創生の和」の信者なら、俺が追跡していたことを知っているかもしれない。

とりあえず、由佳の様子を伺うことにした。

「ただいま」

俺は真っ直ぐリビングへ行った。

「おかえり」

由佳は、いつもと同じようにキッチンで料理を作っていた。

「今日は、お昼何食べた?」と、由佳が聞く。

「今日は、パンとコーヒーで済ませた」

コーヒーショップでオーダーしたメニューだ。

「今日はね、スーパーで八つ頭が売ってたから、お母さんに教えてもらったように作ってみたの。美味しくできたらいいんだけど」

「東京でも売ってるんだね」

「見たことはあったけど、買ったのは初めて」

由佳の様子に変化は感じられなかった。

演じているのかもしれない。

「いつもお世話になっているから、何か手伝おうかな」

俺はキッチンに入り、由佳の行動を観察した。

「二人でキッチンに入ると動けなくなるから、殿方はリビングでのんびりしてて」

さり気なく拒否をした。

仕方なく、俺はキッチンの端で由佳の調理を眺めていた。

「どうしたの?そんなところに立って」

「いや、どんな風に料理を作ってるのかなと思って。俺も一応、最近までファミレスでバイトしてたから、少しは料理に興味があるんだ」

由佳の昼間の行動が気になり、由佳の動きから目が離せなくなっていた。

結局、由佳に変わった様子はなく、夕食に毒が盛られているようなこともなく、美味しく八つ頭を食べた。

食事が終わり、食器を片すと由佳が明日の予定を聞いてきた。

明日はクリスマスイブ、特別な提案を由佳から求められている気がした。

「せっかくだから、外食でもする?」

「もう、いいお店は予約で一杯じゃない」

「でも、クリスマスの雰囲気を感じたいよね」

「私、丸の内のイルミネーションが見たい」

「キレイかもね。丸の内なら、東京駅の中央改札口で待ち合わせしようか?」

「わかった。いつもより少し、おしゃれしていくね」

「うん、楽しみにしてる」

話がひと段落すると、由佳は明日に備え、お風呂場に向かった。

俺は、由佳がお風呂に入っている隙に、今日由佳が外出時に持っていたバッグの中に、佐久間から預かった小型盗聴器を忍ばせた。

できれば盗聴器を使用したくはなかったが、由佳の潔白を晴らす方法が他に思いつかない。

由佳より先にベッドの中に入り、寝たふりをして、由佳の様子を見ていたが、特に変わったことはなかった。


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