第5話

〔5日目〕

今日も由佳に起こされ、顔を洗ってリビングに行くと、テーブルに朝食の準備ができていた。

ご飯と味噌汁を由佳が運んできて、そのまま椅子に座った。

「かっちゃん、昨日はごめんなさい。機嫌直して」

「寝むってて気づかなかったのは仕方ないけどさ、あの時間に戻って来いってのは、ちょっとひどいかな」

俺は、自分が何に怒っているのかをはっきり伝えた。

「そうだね。ごめんなさい。かっちゃん、スペアの鍵を渡しておくよ、二度と締め出すことはないから、機嫌直して」

由佳が悲しそうな顔をするので、俺は折れることにした。

「わかったよ。今回のことは許す」

笑顔で許した。

由佳も笑顔を取り戻し、ありがとうと言った。

「今日の予定は?」

「今日は3時頃で終わるけど」

「じゃあ、デートしよ。かっちゃんに似合う服を選んであげる」

「それじゃ、僕も由佳の服を選ぶよ」

「お互いに着てほしい服を選びましょ。待ち合わせは、渋谷でいい?」

「いいよ」

「いいお店があるの。楽しみ」

4時に定番のハチ公前で待ち合わせをすることにした。

大学に行くと、今日も佐久間が来ていなかった。

由佳のことを調べると言っていたが、どこで何をしてるのだろう。

気になったので、佐久間の携帯に電話をしてみたが、電源が入っていない。

嫌な予感がしたが、行方不明では、どうすることもできない。

講義が終わり、大学から渋谷に向かった。

予定の4時より少し早めに着いたので、スクランブル交差点のビルのモニター広告を見ていた。

すると、俺の背中に人の気配があったので、後ろを振り向くと由佳がいた。

「早かったね」

「早く由佳に会いたくて、急いじゃった」

「嬉しい。かっちゃん、私を喜ばすのが上手になったみたい」

「ホントだよ。由佳の笑顔を見てると、幸せな気持ちになれるから」

「また、喜ばす」

由佳は笑っていた。

「さて、どっちに行く?」

「最初はかっちゃんの服を買いに行こう」

由佳に手を引かれて、ついて行った。

「お洒落なブティックに入り、男物の服を見ていく。

「これ、かっちゃんに似合いそう」

由佳は、手に取った服を俺の体に合わせ、真剣に選んでいる。

「かっちゃんは、どんな服が好みなの?」

「基本、デニムかな。ジーパンとシャツ」

「もっとお洒落しないともったいないよ。かっちゃん、もっとかっこよくなれるのに」

「女と違って、男の服ってバリエーションがなくて、つまんないと思うんだよね。ファッションを楽しむなら女性の方がいいよね」

「じゃあ、私が決めていい?」

「よし、由佳のファッションセンスに委ねた」

「じゃあ、これとこれとこれ」

ジャケットとスラックスとシャツを選んだ。

試着室で試着すると、由佳が覗いてきた。

「すごく似合う。やっぱり男も服が良いとカッコいいよ。これで決まりね」

「これだと、合う靴がないな」

「なるほど、あとで靴屋さんに行こう」

着替えてる間に由佳が会計を済ませ、店を出た。

次に若い女性向きのお店に行った。

「じゃあ、今度はかっちゃんが私の服を選んで」

「よーし、セクシー路線で攻めるかな」

「そんなに際どいのはダメよ。可愛い服にして」

「今年の流行りとかわかんないからな」

「流行を気にしなくていいよ。かっちゃんの好きな服が着たい」

「一番好きなのは、何も着てないのがいいけどね」

「かっちゃんのスケベ」

由佳は、ずっと楽しそうだった。

死ぬなんて嘘としか思えない。心の闇がそんなに深いなら、今の俺に何ができるのだろうか。

もしかして、由佳の気持ちを変えることができるのだろうか。

結局、俺の選んだ服のほとんどは却下され、由佳が選んだいくつかの候補の中から俺が選ぶことになった。

それでも由佳は、俺に選んでもらったと上機嫌だった。

荷物が多くなり、靴は後日改めることにした。

「せっかく渋谷に来たからさ、食事していこうよ。たまには僕が奢るからさ」

「ダメだよ。費用は私が払う約束なんだから。ぬいぐるみのプレゼントだけで充分だよ」

「じゃあ、何か買って帰ろうか?」

「いいわ、私のオススメのお店を教えてあげる。すき焼きでもいい?」

「すき焼き、そんな贅沢していいの?」

「すき焼き、嫌い?」

「大好きだよ。僕の好きな食べ物番付の横綱だよ」

由佳が笑った。

「好きな番付の横綱って、なぁに?」

「食べ物で一番好きなのが、すき焼きとマグロの大トロのお寿司なんだよ」

「かっちゃん、一番が二つあるじゃない」

「そうなんだよ。その二つは好き過ぎて、どっちって選べないんだよ。由佳だって、選べないものとかあるだろう」

「私は、迷わないかな。一番は、お母さんのおにぎり」

「ズルイ!お母さんとかは無しだよ。一般的な料理で決めないと不公平だから」

「それなら、パンケーキかな」

俺は、思わず笑った。

「可愛い。由佳、乙女過ぎるよ。でも、そんな由佳が、良いよ」

「じゃあ、すき焼きで決まりね」

「まさか渋谷ですき焼き食べられるとは、考えてなかったよ」

由佳の案内で、すき焼きとしゃぶしゃぶの専門店に入った。

店員がテーブルに鍋の準備をして、野菜や豆腐を盛り付けた大皿と、和牛の霜降り肉の皿を運んできた。

ご飯と、締めにうどんを注文した。

鍋の調理は、由佳に委ねた。

「すごいね。こういうお店とか、よく来るの?」

「よくは来ないよ。友達と、たまに贅沢したい時だけ」

「由佳のお母さんって、どんな人?」

一瞬、由佳の動きが止まった。

「どうして、そんなこと聞くの?」

由佳の雰囲気が暗くなった気がした。

「いや、さっき好きな食べ物で、お母さんのおにぎりって言ったから、由佳はお母さんが好きなんだなって思ったから」

「私ね、中学一年の時、お母さん病気で死んでるの」

「そうなんだ。ごめん、知らなかったから」

「いいの、とっても優しいお母さんだったんだけど、私が小学校五年生の時に、再婚して新しいお父さんが来たの。最初は優しいお父さんだったんだけど、お酒を飲むと人が変わっちゃって、お母さんや私に暴力を振るったの。お母さんは、別れようとしたんだけど、お父さんが別れてくれなくて、それが原因で病気になっちゃったのかもしれないわね」

「お母さんが亡くなってから、由佳はどうしたの?」

「しばらくはお父さんと暮らしてたんだけど、やっぱりお酒がやめられなくて、よく殴ったり、蹴られてた。見兼ねた学校の先生が役所に相談してくれて、施設から学校に通わせてもらった」

「由佳、大変だったんだね。僕なんか、由佳に比べたら何の苦労も知らないで、親に甘えて、自分勝手に暮らしてた」

由佳は首を振った。

「かっちゃん、それが普通なんだよ。私の家庭が異常なんだよ」

「由佳!」

由佳は、俺を見た。

「由佳はお母さんの分まで、幸せになればいいよ。そしたらお母さんも、きっと喜んでくれるから」

由佳は、涙を堪え切れなくなって、おしぼりで涙を拭いていた。

それ以降、母親の話はやめて、すき焼きの旨さに感動した話で盛り上がった。

荷物もあり、タクシーで帰ることを由佳が提案したが、食事で贅沢をしたので、俺は電車を薦めた。

俺が荷物を持つことで、電車で帰る案を押し切った。

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