第2話

〔2日目〕

「かっちゃん、かっちゃん起きて」

女性の声で起こされるなんて状況が、すぐに理解できなかった。

目の前に由佳の顔があり、徐々に意識と記憶が鮮明になっていく。

「あっ、おはよう」

俺はソファーの上で寝ていた。

毛布が掛けられているので、由佳が掛けてくれたのだろう。

「毛布、ありがとう」

由佳は俺のほっぺにキスをした。

「こんなとこで、風邪ひいたらどうするの。今日からは、ちゃんとベッドに寝て。ご飯出来てるから、顔洗ってきて」

俺は、洗面所で顔を洗い、鏡に映った自分の顔を見た。

ヒゲが伸びている。髭剃りを家に置いてきてしまった。一度家に、取りに帰ろうと思った。

由佳も、それくらいは許してくれるだろう。

テーブルに着くと、由佳が朝食をキッチンから運んでくる。

「ごめん、僕も運ぶの手伝うよ」

「大丈夫、かっちゃんは座って新聞でも見てて」

結局、由佳が全部用意してくれた。

ご飯、味噌汁、ポテトサラダ、筑前煮、メインは鶏肉のソテーだった。

「凄い、どれも美味しそう。由佳、本当に料理上手いね」

「さぁ、食べて」

見た目だけじゃなく、味も美味しい。

「由佳、気分は大丈夫?」

「ごめんね。久しぶりにお酒飲んだから、酔っちゃった」

「緊急事態だったからパジャマに着替えさせてもらったけど、よかったかな?」

一応、お許しを頂きたいと思った。

「ありがとう、パジャマに着替えさせてくれて。でも、パンストも脱がしてくれたらよかったかな」

「さすがに遠慮したよ。あと、女性って寝る時ブラジャーは外すの?」

「人それぞれだと思うけど、私は付けてる。胸の形が崩れると嫌でしょ」

由佳は、微笑みながら俺の顔を見た。

「もしかして、ブラジャー外そうと思った?」

俺は少し動揺した。

「いや、そんなことはないけど、立派だなと思って」

「いいよ、かっちゃんなら見ても。だって私の彼氏だから」

本気にしていいのだろうか。確かにキスはしたが、これからどこまで進んでいいものなのか考えている。

「今日は、5時頃終わるから、一度アパートに寄ってこようと思ってるんだ」

「どうして?」

「髭剃りを忘れちゃって」

「じゃあ、私も行く」

「えっ?部屋汚れてるからさ、由佳を連れていけないよ」

由佳は、悲しいそうな顔をする。

「そんな顔しないでよ。わかった一緒に行こう。でも、髭剃りを取りに行くだけだよ」

由佳の表情は明るくなっていく。気持ちの切り替えが早い。

「じゃあさ、かっちゃん家の鍵貸して」

「どうするの?」

「先に行って、お掃除してあげる」

「いいよ、そんなことしないで」

由佳の表情が変化する。

「由佳、お願いするよ。でも、適当でいいからね。あと、僕は男だからエッチなDVDぐらいは、ちょっとは持ってるのが当たり前だから、ショックを受けないでください」

「わかった。彼女として、かっちゃんがどんな趣味のエッチが好きなのか確認しとくね」

どんだけ前向きな女なんだ由佳は。自殺なんて有り得ないと思う。

学校の講義が終わると、まっすぐ自分の家に向かった。アパートの部屋に電気が点いていたので、由佳がいることがわかる。

ドアを開けると、部屋の真ん中で由佳がじっと俯いていた。

ドアを開けた音で顔を上げ、俺の顔を見ると、すぐに笑顔に変わった。

俺は玄関で靴を脱ぎ、ワンルームの居間に入ると、物が整理され、床も壁も綺麗になっていた。

「凄い。僕の部屋じゃないみたいだよ。大変だったね、ありがとう」

俺は由佳の前に座り、由佳の目を見た時、由佳のまつ毛が濡れていた。

「どうしたの?元気ないね」

由佳が俺を真っ直ぐに見つめてきた。

「かっちゃん野球好きなんだね。あと、地図帳や時刻表があった。旅行とか好きなの?」

「そうだね。高校時代は野球部だったんだ。たいした成績は残せなかったけどね。あと、子供の頃から空間的な図形が好きで、地図も好き。鉄道は、地図が好きだから路線だったり、停車駅の路線図を見るのが好きかな」

「私、かっちゃんのこと、もっとたくさん知りたい」

「あまり面白くないかもしれないけど、僕の趣味でよかったら教えてあげるよ。そしたら、由佳の好きなことも僕に教えてよ」

「うん、わかった。私、この部屋好きだよ。なんとなくホッとする。贅沢より大切なものが、ここにはある感じがする」

由佳の顔に笑みが戻った。

たまらなく由佳が愛おしくなって、俺は由佳を抱きしめた。

戸締りをして、昨日の朝までいた自分の部屋を二人で出た。

帰りの電車の中。

「お腹空いたね」と、由佳に話す。

「今日は何食べたい?」

「これから帰ると遅くなるから、何か買って帰ろうか?」

「かっちゃん、かっちゃんの喜ぶ顔が見たいから、かっちゃんの食べたいものを食べて欲しいの。遠慮しないで、食べたいものを言って」

「そうだな、由佳グラタン作れる?」

「作れるよ」

「じゃあ、由佳のグラタンが食べたいかな」

「了解。実はグラタンは得意なの、頑張って作るね」

「ありがとう。由佳には感謝してる」

「そう言ってくれて、ありがとう。マカロニだけ帰りに買って行くね」

「由佳、エッチなあれ見た?」

俺は気にかかっていたことを、小声で聞いた。

由佳も小声で返す。

「見たよ。かっちゃんのもう一つの趣味もわかったよ」

「こら!由佳、明日大学の講義が少ないから、学校休んで何処か行こうか?」

「本当、じゃあディズニーランドに行きたい」

由佳の笑顔が、まるで子供のように弾ける。

「よし、恋人なら一度は行かなきゃね、ディズニーランド」

「うれしい。明日お弁当作るね」

「いっぱい楽しもうな」

由佳と二人でいると、何を話していても楽しいと感じた。

まだ由佳と出会って3日しか経っていないことが、自分でも信じられなかった。

この日初めて、同じベッドで眠りに就いた。

そして確実に、俺は由佳に惹かれている。

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