恋人、10日間のバイト。

@LIONPANDA1991

第1話

ファミレスで、50代ぐらいの女性が店員の俺を呼んだ。

「すいません。これ頼んだものと違うんですけど」

「申し訳ございません。この海老ドリアですか?」

「シーフードドリアでお願いしたのに、海老ドリアですよね」

「お客様、申し訳ございませんが、私がご注文を承った時、海老ドリアとお聞きしましたが」

「違うわよ。シーフードドリアって言ったわ」

「いいえ、間違いなく海老ドリアとおっしゃいました」

「じゃあ、私が間違えたって言うの」

「申し訳ございませんが、海老ドリアとおっしゃいましたし、最後にご注文の確認もいたしました」

「あなた、それがお客に対する態度。失礼ね、不愉快だわ、もう下げて頂戴」

そこに、店長の篠原がやってきた。

「お客様、どうかなさいましたか?」

「おたくの店員さんが、私が注文を間違ったって言うの」

「申し訳ございません。ご注文は、何だったのでしょうか?」

「シーフードドリアをお願いしたのに、海老ドリアを持ってきたのよ」

「間違いなく海老ドリアとお聞きしましたので」

俺は、自分の正当性を主張した。

店長の篠原が俺の主張を遮り、お客に謝る。

「申し訳ございません。すぐにお取り替えしますので」

「もういいわ。不愉快だから帰ります」

「では、お代は結構でございます」

「当然よ。二度と来ないから」

客は席を立ち、足早に店を出ていった。

「浅間、テーブル片付けて、ちょっと来い」

俺は、テーブルの料理を下げて、テーブルの上ををふきんで拭いて、ナフキンなどを整えて、店長のところに行った。

「浅間、客と喧嘩するな」

「でも、僕は間違ってないので」

「たとえお前が正しくても、お客様には逆らうな」

俺は納得できなかった。

間違った客より、正しい俺が叱られるなんて絶対におかしい、理不尽だ。

その日、アパートに帰っても納得できず、翌日ファミレスのバイトを辞めた。

浅間克也、二十歳。大学2年生で、栃木から上京してアパートに一人で暮らしている。

学費は親に支払ってもらっているが、アパートの家賃や生活費はバイトで稼ぎ、なんとか凌いでいる。

新しいバイトを探さないと、来月から家賃が払えない。

俺は、バイト情報誌や携帯アプリで新しいバイトを探していた。

そんな時、バイトの求人チラシが家のポストに入っていた。いくつかの求人の中に、変わったバイトの募集に目が止まった。

「恋人代行、勤務日数10日、勤務時間24時間、日給1万円以上(成果次第でボーナス支給)、勤務地吉祥寺、20歳以上の健康な男子、連絡先は川村由佳まで」

10日で10万以上の収入は魅力だが、24時間の恋人代行という内容には不信感がある。

背に腹はかえられぬ、とりあえず連絡をしてみることにした。


面接は、吉祥寺駅近くのファミレスだった。

俺は、履歴書を持って、約束時間の10分前に到着した。

川村さんは、まだ来ていないようなので、席に着いて待った。

店員が注文を聞きに来たが、待ち合わせということで、注文を持ってもらった。

約束の時間7時ジャストに、20代後半位の眼鏡をかけたキャリアウーマン風の女性が一人、店に入ってきた。

店内を見渡し、俺を見ると、こちらに向かって歩いてくる。

「浅間さんですか?」

俺は立ち上がり、返事をした。

「はい、浅間克也です」

「お待たせしました川村由佳です。本日はお越しいただき、ありがとうございます。お座りください」

川村由佳も、向かいの席に座った。

「ご注文はしましたか?」

「まだ、してません」

「そうですか。では、お食事をしながらお話しましょう」

川村さんは、店員を呼んで注文をした。

俺も川村さんと同じものにした。

「同じものにする必要はないのよ」

「いえ、僕も同じものが食べたかったので」

「それならいいけど。では、バイトの内容をご説明します」

「よろしくお願いします」

「10日間、私の恋人になってください。その間は、私の家で一緒に暮らしてもらいます」

「同棲ってことですか?」

「そうなりますね。浅間さんは、学生さんですか?」

「はい、西北大学の2年生です」

俺は持参した履歴書を差し出した。

「拝見します。24時間勤務ですが、大学の講義は受けて頂いて構いませんので、ご安心ください」

「それは助かります」

「あと、生活に必要なものは、こちらで用意いたしますので、おっしゃってください」

「期間は、いつからになりますか?」

「明日の12月16日から12月25日まででお願いします」

「いわゆるクリスマスまでですね」

「はい。ご都合はいかがでしょう?」

「構いませんが、採用でよろしいのでしょうか?」

「浅間さんがよろしければ、私はお願いしたいと思っています」

「では、よろしくお願いします。あと、成果次第でボーナス支給とありましたが」

「はい。その件について、ご説明します。私は、12月25日にこの世を去ります」

「ちょっと待ってください。この世を去るって、お亡くなりになるってことですか?」

「そうです」

「川村さんは、ご病気なんですか?」

「いいえ、身体に至っては、健康そのものです」

「ということは」

「自ら、命を絶つということです」

「なんで川村さんは、死をお選びになるのですか?」

「この世の生活に疲れたからです。そして、最期の10日間を、恋人と過ごし、いい思い出を持って天国へ行きたいと思っています」

バイトの趣旨がわかってきた。こんな責務を引き受けてもいいのだろうか。

「もう一つ確認してもいいですか?」

「では、最後の質問にしてください」

「僕は恋人として、川村さんに何をすればいいのでしょう?」

「私を恋人として、愛してください。浅間さんは、私を愛せますか?」

「正直に言えば、まだわかりません」

「あなたは、とても誠実な人だと思います。それが普通でしょう。でも、お支払いするバイト代の代償として、あなたは私を愛してください。偽りでも構いません。ただし、私に悟られないよう努力はお願いします。その代わり、私の残した貯金をあなたに差し上げます。それがボーナスです。ボーナスは、数百万単位と言っておきましょう」

「僕にそんな価値があるでしょうか?」

「ご心配には及びません。判断は私がします。あなたが恋人として、私が満足できなければ、貯金は福祉施設に寄付するつもりです」

「わかりました。頑張ります」

「期待しています。では、明日の朝7時に私の家へ来てください。必要なものは明日一緒に買いに行きましょう。荷物は出来るだけ少なめでお願いします」

「わかりました。川村さんを何とお呼びしたらいいですか?」

「由佳で、お願いします。私は、浅間さんをかっちゃんと呼ばせていただきます」

食後のコーヒーを飲み終わり、お互いの電話番号とメールアドレスを交換して、二人で席を立った。会計は川村さんが支払ってくれたので、お礼を言った。

ファミレスの出口で、改めて挨拶をすると、川村由佳は駅と反対方向に歩いていった。


〔1日目〕

朝、俺は全財産の現金と大学に必要な物だけを持って、川村由佳の家に行った。

8階建てのマンションで、川村由佳の部屋は最上階の8階で角部屋だった。

チャイムを鳴らして、家の扉が開くと、川村由佳が部屋着のまま迎えてくれた。

玄関に入り、扉を閉めると、由佳が俺に抱きついてきた。

昨日の川村由佳とは別人のようだった。

もう恋人代行はスタートしているのだと理解した。

俺も抱きしめ、肩を持って身体を離した時、唇を合わせた。

由佳は、まったく抵抗しなかった。

由佳に手を引かれてリビングに行くと、二人分の朝食の用意がしてあった。

「かっちゃんは、ここに座って。かっちゃんは朝、ご飯派?パン派?」

「両方ありだけど、今日は結構お腹が空いてるから、ご飯の方が有難いかな」

由佳は笑顔で僕を見ている。

「了解です。かっちゃん、苦手な食べ物は?」

「強いて挙げるなら、椎茸」

「へぇー、椎茸苦手なんだ。美味しいのに」

「子供の頃から椎茸の風味が苦手で、子供の頃はきのこ全般避けていたけど、最近はエノキやナメコは食べてる」

「魚と納豆は大丈夫?」

「椎茸以外は問題なし」

「了解。ちょっと待ってて」と言って、由佳はキッチンに向かった。

お盆に、ご飯と味噌汁、焼き鮭の切身と納豆を乗せ、テーブルに並べていく。2便では、サラダに肉じゃがを持ってきた。自分の分も用意し、ようやく席に着いた。

「凄い、朝からこんなに準備したの、お疲れ様」

どれも美味しそうで、感激した。

「かっちゃんの口に合えばいいけど、とりあえず食べてみて」

俺は、まず味噌汁から口をつけた。

美味い。しかも、俺の一番好きな豆腐とワカメの味噌汁だ。

「由佳、美味しい」

「本当、嬉しい」

由佳は、弾けるような笑顔で喜んでくれた。

焼き鮭も肉じゃがも、すべてが美味しかった。

「本当は、不味くても美味しいって言おうと思ってたんだけど、僕の予想をはるかに超えて本当に美味しかったよ」

「料理ができない女に見えた?」

「そういうわけじゃないけど、エチケットっていうか、僕のために作ってくれたのに不味いなんて言えないから」

「かっちゃんって、本当に人が良いのね。でも、不味かったら不味いって言っていいのよ。そしたら私、美味しくなるように頑張るから」

「由佳って、羨ましいくらいポジティブだよね」

「そうかな?」

「そうだよ。一緒にいると僕までポジティブになれそうな気がする。間違いなく、由佳の長所だよ」

「ご飯、おかわりしてね」

俺は、朝食で二回もご飯をおかわりした。

「今日の予定は?」

「大学の講義が2時限からで、3時頃には終わる」

「じゃあ、3時半に新宿で待ち合わせしようよ」

「由佳は、仕事大丈夫?」

「年末年始の休みまで有給取ったの」

「そうか、新宿で行きたいとこ、あるの?」

「かっちゃんの日用品を買って、時間があれば一緒にお酒が飲みたい」

「よし、3時半にアルタ前の広場でいい?」

「了解。かっちゃん、スカートとパンツ、どっちが好き」

「それはやっぱり、スカートでしょ」

「了解。かっちゃん好みの女に変身するからね」

「楽しみにしてるよ」

由佳は、玄関まで見送りに来てくれた。

「じゃあ、あとでね」と、言った時、由佳が瞳を閉じてキスを求めてきた。

俺は、要望に応えて、濃厚なキスをした。


学校での昼休み。

同級生で親友の佐久間と、学食に向かった。

「浅間、今日はバイトか?」

「あー、ファミレスのバイトは辞めたけど、新しいバイトを始めた」

「何のバイト?」

「誰にも言うなよ。恋人代行のバイト」

「なんか危険な香りがするバイトだな」

「確かに危険な香りはする。でも、今のところはそれなりに楽しいよ」

「いつから始めたの?」

「今日から」

「相手は、男とかじゃないだろうな」

「それは問題ない。歴とした女性だ」

「とりあえず気をつけた方がいいぞ。綺麗な薔薇には棘があるってね」

「まぁ、10日間だけのバイトだから」

「じゃあ、しばらくは忙しいな。合コンでも誘おうと思ったけど、来年にするわ」

「その時は、よろしくな」

4時限目を終えて学校を出ると、俺は新宿に向かった。

待ち合わせの時間に少し遅れてしまった。

周りを見渡したが、由佳の姿はなかったので、その場で待っていた。

「かっちゃん」と呼ばれて、いきなり後ろから抱きつかれた。

振り返ると、由佳だったが、昨日と今日の朝会った時と、雰囲気がさらに別人だった。

「全然私に気づかないんだもん」

由佳が少し拗ねた。

「ごめん、由佳、メガネをかけてないからわからなかった。それに、髪型変わったよね」

「午前中、美容院に行ってきたの。ついでにメイクもしてもらった。今日はメガネを外してコンタクトにしたの」

「由佳、凄いよ。マジ、可愛い」

「ありがとう、かっちゃん」

由佳はハニカミながら、嬉しそうだった。

昨日ファミレスで初めて会った由佳とは、別人にしか思えないほど、普通に可愛いお姉さんだった。

「まずは、パジャマを買わなきゃね」

由佳と腕を組んで、目的の店についていった。

お揃いのパジャマを買い、歯ブラシ、下着、靴下などの日用品を買って、チェーン店の居酒屋でお酒を飲んだ。二人ともあまりお酒に強くなく、主にお酒のつまみを楽しんだ。

それでも、由佳はかなり酔っていたので、電車を諦めて、新宿からタクシーで帰ることにした。

家に帰ると、リビングのソファーに由佳を座らせ、コップに水を入れて手渡した。

「はい、お水。少し楽になるよ」

由佳は水を飲み、コップを俺に返した。

「今日は、このまま寝た方がいいね」

「かっちゃん、ごめんね」と言って、由佳はソファーに崩れるように横になった。

俺は今日買ったばかりのパジャマを袋から出し、由佳に着替えさせようとしたが、起こすのは無理と判断し、俺が着替えさせることにした。

「由佳、パジャマに着替えるよ」と声をかけたが、反応はない。

由佳の上体を起こし、上着を脱がせ、ブラウスのボタンを外していく。さすがに手が震えた。

ブラウスを脱がすと、可愛いブラジャー姿に。

女性は寝る時、ブラジャーを外すのかがわからなかったが、さすがに恋人代行で裸を見るわけにはいかないと思い、そのままパジャマを着せた。下は、スカートだったので、そのままパジャマを履かせてから、スカートを脱がした。

由佳をお姫様抱っこして、寝室を探した。

各部屋を開けて寝室を見つけ、ベッドの上に由佳を下ろした。

布団をかけて部屋の電気を消した。

俺は浴槽にお湯を溜め、お風呂に入り、今日一日を振り返った。

朝、自分の部屋を出て、この家に来て、由佳と初めてキスをした。いつも通り大学に行って、午後から由佳と新宿の街で買い物をして、夕食代わりに居酒屋でお酒を飲んで、酔いつぶれた由佳を連れてこの家に帰ってきた。長い一日だった。

自分の部屋にいたのが、何日も前のことのように感じる。

一日の疲れを、お風呂のお湯とジャグジーが優しく流してくれた。

由佳とお揃いのパジャマを着て、俺はリビングのソファーで眠りに就いた。

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