第9話 新女王の王女は私、イグレーヌ

 それから二年後、バルドア王国にアンブロシーヌ新女王が誕生した。


 アンブロシーヌの兄である先王は、新女王を望む有力騎士たちの強い要請に根負けして、退位を発表した。ここに王位はアンブロシーヌのものとなり、王位継承順位を大きく繰り上げての即位と相なった。


 先王よりも実務派の騎士たちを重んじる政治に舵を切った女王は、自身の即位に貢献したド・ベレト公女マリアンを宰相に任命し、マリアンは同盟国や近隣諸国の騎士階級と連携して大バルドア連合王国構想を立ち上げ、バルドア王国は一気に強大な領域国家を形成していく。


 そして、後世においてはこう呼ばれるのだ。すべての騎士に剣を捧げられし国、と。







 秋風が吹く中、閲兵式が王城前で開催される。


 壇上の女王や重臣たち、古参の騎士たちが見守る中、叙任されたばかりの騎士たちが隊列を組んで行進する。騎士団ごとに色の違う制服を着て、国ごとに異なる旗を掲げ、千人以上の騎士の壮麗な姿を見るために国中から何万もの人々が押し寄せて、歓喜の声を上げていた。


 王城の城壁の上に、金髪の巻き毛を何度もリボンで結び直す士官服の王女がいた。その横には、赤みがかった金髪の女宰相が従っている。


「マリアン、変じゃない?」


 女宰相マリアンは、滅多にしないおしゃれと称してリボンをぐずぐず選び、髪を結んだと思ったら何度もチェックを要求するイグレーヌにすっかり呆れていた。


「それを聞くの、もう三回目よ。大丈夫だから、イグレーヌ王女殿下」

「そういう畏まった呼び方しないでよ……慣れないんだから」

「嫌でも慣れなきゃ。ほら、あなたに忠誠を誓う騎士たちの前よ。シャキッとしなさい」


 うぅ、と小さく呻きながら、イグレーヌは城壁の下に集った各地各国の騎士たちの隊列に目を向ける。


 結局、イグレーヌは母が女王になった直後に士官学校へ入れられた。名前もイグレーヌ・モーリンではなく、イグレーヌ・アンブロシーヌ・エレングレト・デュ・サン=フリクト・バルドアに改名され、王位継承権第一位となり、王女殿下の敬称で呼ばれることになった。


 実父モーリン子爵はすでに国外追放され、王位継承権のない姉アヴリーヌは女王の命令で隣国の実業家に嫁入りしている。どちらも厄介払いに変わりはなく、貴族ですらなくなっていた。会えば必ず罵られて泣かれるだろうと分かっているので、イグレーヌはあの日屋敷を出て以来二人の肉親には接していなかった。ランパードに至っては、誰もその後のことを知らない。ラングレ侯爵は次男を最初からいなかったもののように振る舞い、女王もそれを受け入れている。


 秋風が収まったころ、マリアンはイグレーヌへ耳打ちする。


「でもイグレーヌ、いい男探しならやっぱり貴族じゃなくて騎士でしょう? ほら、あそこにブルックナー卿似の騎士マルテリンゲンがいるわ」

「いや、別にタイプってわけじゃないから」

「じゃあうちのグローリアン? 愛人にする?」

「いらない。それより、探しているの」

「誰を?」

「そろそろ出てくるはずだけど」


 イグレーヌは騎士の隊列へと目を凝らす。見覚えのあるブルックナーの騎士領の青い制服はすぐに見つかった。その最後尾、新人騎士たちの居場所を探すと——。


「あ、いた。ウルスとハイディ」

「どこどこ?」


 小柄な黒髪の青年と、長身の茶髪の青年は並んでいた。初めて会ったときよりもずっとたくましくなり、今や一人前の騎士に叙任されている。


 イグレーヌは二人を指差し、マリアンへ頼みごとをする。


「マリアン、あの二人を私の側付きにしてほしいんだけど」

「いいわよ。近衛騎士に推薦しておくわ」

「あと、よそから縁談が来たら」

「分かっているわ、女王陛下からも言われているの。イグレーヌに選ばせなさい、って」


 元々友人とはいえすっかりツーカーの間柄であるイグレーヌとマリアンは、あっという間に話し合いを終えた。


 ウルスとハイディはその後、ブルックナーの騎士領に正式に籍を移し、バルドア王国の騎士として身を立てることを選んだ。故郷との繋がりを考慮して、将来的にはテッサリシア共和国やハルンバール連合との窓口になるだろうが、そのためには並の騎士よりも出世しなくてはならない。


 イグレーヌは二人を、すでに自分の騎士と決めている。一生ついていく、お供させて欲しい、その言葉は嘘ではなく、ブレイブリクやブルックナーもそのための厳しい訓練を二人に課し、ギリギリながらもクリアしてきているのだ。


 だったら、イグレーヌは二人がやってくるのを待つ。ちょっぴり口添えはするが、その程度のこと些細なものだ。


 あと、二人はどうすればイグレーヌの婿となれるか真剣に悩んでいるようで、イグレーヌはそれを微笑ましく見守っている。まあ、子爵夫人が女王になってしまうような流転の世の中だ。何か、騎士でも王女の配偶者になれる道が拓けているかもしれない。


 それを楽しみに、イグレーヌは二人へ親愛の視線を向ける。


 そんなイグレーヌへ、マリアンは釘を刺しておいた。


「ちなみにだけど」

「うん?」

「どこの誰といい関係になっても破綻しても私が上手く取り繕うから、ちゃんと相手の名前を正直に教えてよね、王女様」

「余計なお世話よ!」







 バルドア王国の騎士たちは、語り継ぐ。


 剣姫イグレーヌは、騎士の求婚にどう応えたか。その結末はどうだったのか、騎士たちは大成したのか。


 バルドア王家は今なお、詳細を語っていない。




(第一部・了)

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