第3話 友人の企み

 ラングレ侯爵家次男ランパードとモーリン子爵家次女イグレーヌの衝撃の婚約破棄と姉アヴリーヌへの乗り換えが発表されたガーデンパーティの翌日、イグレーヌの従姉妹兼友人マリアンは自らの婚約者であるエルケル伯爵家嫡男フェレンツのもとへアポなしで突撃し、イグレーヌが蔑ろにされたことに憤慨しながら怒りを訴える。


「聞いてよフェレンツ! イグレーヌのところの話、聞いた!?」


 ばーんとエルケル伯爵家自慢の大書斎の扉を開けて登場したマリアンへ、安楽椅子に座りコーヒーを飲みながら本を読んでいた青年フェレンツは至極冷静に、ゆっくりとその理知的な顔を上げて、眼鏡のつるを指で上げながらこう答える。


「ラングレ侯爵の子息が、婚約者の姉に乗り換えたって話だろう? 聞いたよ、女性の面子を潰して、男として貴族としてあるまじき行いだ」


 突撃癖のあるマリアンの扱いに関しては、フェレンツは慣れ切っている。それ以前に、マリアンの常識とフェレンツの常識はそれほど乖離しておらず、貴族の婚約者同士にしては珍しく大変気の合う仲だ。ゆえに、マリアンが怒ることであればフェレンツも怒りを覚えるようなことであり、官僚を目指す勤勉かつ生真面目なフェレンツは婚約破棄などという醜聞貴族の恥を許容はしない。


 同意を得たマリアンは、腕を組んで胸を張り、さらに怒りをぶちまける。


「本っ当、そうなの! イグレーヌはもう呆れちゃって、ほとぼりが冷めるまでお母様の療養先に避難よ! ありえないわ、イグレーヌが何をしたって言うのよ!」


 赤みがかった豊かな金髪を振りながら、ドレスのスカートの裾を避けてマリアンは地団駄を踏む。


 それに対し、フェレンツは青金に近い色合いの金髪をかき上げて、手元のハンカチで眼鏡を拭きながら応じる。


「落ち着いて、マリアン。ここは一つ、友人のため一肌脱ごうじゃないか」


 そう言って、フェレンツはマリアンへ耳打ちする。


 フェレンツの作戦を聞いたマリアンは、まあ、とわざとらしく驚いた。


「舞踏会で仕返しを? 大勢の前で、あなたの婚約者はイグレーヌではなくアヴリーヌだったのですね、って言えるわけね! ひどいことを考えるわ!」


 平静な顔のフェレンツはこともなげに追撃の要を伺う。


「ひどいのは婚約破棄をした馬鹿男ランパードだ。他にできることがあれば手伝おう、マリアンはどうする?」


 フェレンツ、物静かそうに見えて、その本性はなかなかに凶悪である。すっかりご機嫌に、乗り気になったマリアンは、高らかに一つ手を叩く。


「よし、さっそくお父様に舞踏会を開いてもらいましょう。一応主催の名義はド・ベレト公女マリアンで、フルネームだと分かりやすいかしら?」


 フェレンツはすかさず婚約者の本名をそらんじる。


「マリアン・ヴィオレッティーナ・ジュヌヴィエーヴ・マクシミリアン・エメロン・ド・ベレト=バルドア、元王位継承権第二位の王女様が開くパーティだ。どれほど盛大になるやら」

「もちろん、私がどれだけイグレーヌを大切な親友と思っているかを皆に知らしめる一大イベントよ! 国の祝日にしてもいいくらいだわ!」

「そこはまあ、君の実父である国王陛下に相談しておいてくれ」


 きゃっきゃと年相応にはしゃぐマリアンは、すぐさま行動に移す。


 遠縁の名門ド・ベレト公を継ぐために王家から離脱し、王位継承権をも放棄した現国王の長女マリアンは——実のところ、従姉妹のイグレーヌが大好きだった。ただ、マリアンの身分が高位すぎて特定の友人との懇意を知られると政治的に利用されてしまうため、表向きにはバレないようにしているだけである。

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