クリスマスの次の日に

小柴

第1話

「とんだクリスマスになっちゃったね」

 未明から降り続いている雪を見上げて、妹が言った。

 今年の6月にすい臓がんの手術をした母が12月初めに倒れ、意識不明の状態におちいった。予断をゆるさないまま3週間が過ぎ、ついにクリスマスイブの朝、帰らぬ人となった。

「クリスマスの夜はお通夜だったもんね」

 親族はみな駆けつけてくれたが、内心とんでもないクリスマスだな、と思っていたかもしれない。父と妹と私は、葬儀場の横にある部屋で聖夜を明かした。

 お葬式も終わり、火葬場で骨になるのを待つあいだ、同じベンチに腰をかけた妹が長い息を吐く。待合室はエアコンが付いているのに足元から沁み入るような寒さだった。窓の外は雪が積もっていく。

「あっという間だったからさ。悲しいけど気持ちがまだ追いつかないわ」

「ほんとそれ。倒れる前の日も電話で話してたもん」

「そうそう。食べることしか趣味のない人だったからさ、大福が食べたいだの、ブドウが食べたいだのいつも言ってたね」

 大事な人を亡くしたばかりなのに、のどかな口調で話せているのは多忙だったからだ。母が死んだあとは葬式の準備で息をつく暇もなかった。

 まだ実感がないと言う妹の目は、まるで「遅くなってごめんね」とやってくる母を待つかのように、不安げにあたりを彷徨っている。きっとお母さんもそんな悲しんで欲しくないよ、と笑っていても。

 お骨上げ、寺での初七日を終えたときには、もう夕刻だった。

「帰りにスーパーへ寄ろうよ。ケーキとかチキンが残って半額になってるかも」

「お母さんが好きだった大福やスイートポテトも買おうか」

「それ積んで、ツリーでも作っちゃう?」

 日は没していたが雪あかりで外は明るい。妹が小さな子どもみたいにぴったりと横にくっついて歩く。

 すうっと、冷たくなった母の手のような風が頬を撫でた。

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クリスマスの次の日に 小柴 @koshiba0121

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