第2話 安全サンタがやってきた
夜も更けて「トラットリア・クロジ」の営業が終わり、いよいよ待望のボクたちのクリスマスパーティが始まった。ウォームギヤで回転速度を落とした回転台の上のクリスマスツリーがゆっくりと回り始め、周囲のライトがツリーを照らし出した。ツリーに取り付けてある様々な色のスパンコールがキラキラと反射し、とても美しく輝いている。
ホールに設置したDACとアンプから繋がれたボクの自作スピーカーが、「きよしこの夜」のオルゴールを奏で始める。
ボクとクロイさんはスタッフルームでサンタクロースの格好に着替え、ホールの様子を伺っていた。子供たちがツリーにすっかり見とれているとき、曲は「サンタが街にやってくる」に切り替わった。
曲が切り替わったのを合図に、クロジさんがボクたちの方にスポットライトを当て、スタッフルームからボクたちが飛び出した。びっくりしている子供たちにボクたちは声をかけた。
「ホー!ホー!ホー! ご安全に!! 無事故のいい子達にはプレゼントをあげましょうねぇ!」
「メリークリスマス! 商売繁盛! 笹もってこーい!」
クロイさんは、なぜかサンタクロースなのに酉の市の熊手を担いでいる。クマが熊手を持ってると言うのもなかなかシュールな光景だった。
「ハイ、じゃあみんなで遊べるようにプラレールのレールセットをたくさん持ってきましたよ。男の子にはD51のセット、女の子には江ノ電のセットですよ!」
「ミーシャ、それただ単にあなたの趣味じゃないの…」
「すみません、こういう
姉の冷静なツッコミが入り、クマスタシアが恐縮している。
「まあ、男の子二人に違うものを買って、僕はあっちが良かったとか
相変わらずのトーンで姉が冷静に評価を下した。一方、クロイさんは酉の市の熊手に挟んであった封筒を取り出すと、それぞれの子供たちに渡した。
「おれのプレゼントは「全国共通おもちゃ券」だぜ! これで自分の気に入った、好きなおもちゃを買ってくれ!」
「兄貴… 情緒がなさすぎるよ…」
「幼いころから自分で好きなものを選んで値段を考えて購入することで、金銭感覚を養うという意味があったんだが…」
こちらもクロジさんからツッコミが入って、ボクたちのサンタクロースの出し物は若干微妙な感じになってしまった。でも、
テーブルの上には、クロジさんが朝から一生懸命作ったローストチキン、サラダ、温野菜、カナッペなどが並んでいる。子供たちは早くもプレゼントのおもちゃに興味津々だが、「ご飯のあとで開けようね。」と
「よ~し、じゃあ、シャンパンを抜くぞ!」
クロイさんの掛け声がかかったが、ボクはそれを制止した。
「クロイさん、ちょっと待ってください! 口栓、
「安全グローブ・ヨシ!
クロイさんは慣れたもので、いちいち白けずに、むしろノリノリで指差し確認して安全を確認し、それをギャグに落とし込んで開栓してくれた。ポーンと言う良い音とともに口栓が飛び、安全に壁の何もない所に命中して転がり落ちた。誰かが落下物を踏んで転んだりしないよう、ボクは口栓を素早く回収した。そうしているうちに大人のグラスにはシャンパン、子供たちのグラスにはサイダーが注がれた。
「じゃあ、クマイさんから乾杯の音頭を。」
クロジさんに
「それじゃあ、来年のクリスマスも無事故で迎えましょうねぇ! メリー・クリスマス!!」
「メリー・クリスマス!!」
シャンパグラスが当たる音がして、みんなグラスのシャンパンを飲んでいる。一口で飲んでしまうクロイさん、ゆっくりゆっくり飲んでいるクマスタシアなど、それぞれ個性ある飲み方をしている。
「このカナッペ、クラッカーがすごく美味しい!」
「これは、ドングリ粉と蕎麦粉、小麦粉をブレンドして、岩塩を練り込んだ生地を1日寝かせて、バターを塗って180℃のオーブンで20分ほど、カリっとするまで焼いたんだよ!」
クロジさんの解説につられてボクもカナッペを取って食べたが、確かに生地に独特の風味があってとても美味しかった。ドングリと蕎麦が小麦粉のグルテンでうまくまとまって、食感もしっかりしているうえに野趣あふれる香りが立つのだった。
「ローストチキンは皮がパリッと焼けてて、本当に美味しい…」
クマスタシアがフォークとナイフで丁寧に切りながらローストチキンの骨付きもも肉を食べている。
「ローストチキンは皮の部分に脱水シートをかぶせて、冷蔵庫で2日間おいたんだ。その後、かえしに漬けて半日おいて、オーブンで皮がカリっとするまで焼き上げたんだよ。」
「カエシ?」
クロジさんの解説に、クマスタシアが反応した。
「ああ、ごめん。日本の醤油と、みりん、これは甘みのあるお酒です。それと、砂糖を混ぜて煮たててアルコールを飛ばして、これを冷蔵庫で一週間寝かせたものが「かえし」という調味料なんだ!」
横で聞いていても、プロの仕事は念入りなんだなとボクは思った。シャンパンに続けてのんだビールが回ったせいか、ボクはなんだかとても楽しい気分になっていた。
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