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世の小中高生が夏休みに入った頃、石切の診察室に七海が入室した。七海が現場から離れた今もこれまでのようにサマーニットとタイトスカートという服装をしている。
「今日もニットなんですね」
「石切と会うときはこの系統の服にしているの」
七海は石切をジトりとみた。
「石切が私を見る回数が増えるから」
「そんなに回数変わります?」
「服装別にグラフ化しようか? 体のどの部位を注視したかも可視化できるよ?」
「検査始めますよ」
七海はガッツポーズし、検査台に横になる。
「コード、取り付けますね」
石切は検査台からコードを伸ばし、七海の首筋を探った。通常、アンドロイドの首筋にはコードを接続するための差し込み口がある。しかし七海の首筋にはそれが見つからない。
「コードの差し込み口はどこですか?」
「ここだよ」
七海はサマーニットを捲り上げ、胸元を露出させた。空色のアンダーウェアに持ち上げられた乳房の南半球の下に差し込み口が覗いている。
七海は視線を石切から背け、
「三世代前の機体が生産された頃は法律が未整備で、無神経な構造をしているんだ」
「女性が担当しなくてよかったんですか?」
「石切だから依頼したんだ」
「そうですか。わかりました」
石切は七海の乳房を持ち上げ、コードを差し込み口に接続した。そして解析専用のPCにコマンドを打ち込み、ディスプレイに内部情報を表示させる。
内部情報には彼女の補給したエネルギーの量、彼女が乗り降りした駅名や時間、ストレス等。彼女の細かい情報が数値で記録されている。
こうした内部情報が大量に流れているディスプレイを石切は瞬きを忘れるような集中力で確認した。異常を自動で検知をするシステムを利用しても、内部情報のチェックは時間を要する。
検査開始時は窓越しに見える青空も、検査終了時には藍色に染まっていた。
石切は席を立ち、七海からコードを外した。
続いて石切は特殊な機材を用いて、七海の体内を透過する。人間でいうところのレントゲン検査のようなもので、体内を構成する部品の状態を確認した。異常の見られる部品は一つも見あたらなかった。
「本日の検査は終了です」
七海は石切を見上げ。
「どうだった?」
「基準の範囲内ではありましたが、過去に強いストレスを感じていた箇所がいくつかあるように見えました。恣意的な数値の書き換えによる暴行を受けていたのでは?」
「昔はそういうことが横行していたんだ」
石切は唇を噛みしめた。
「でも現在はほぼ正常値です。ここ一年のデータには多少の緊張の数字が見られますが。一般的な緊張の範囲内です」
七海は視線を反らし、
「やっぱり、そうだよね。確信できた」
「そうですよ。先輩はまだ稼働するべきです」
「私が言いたいのはそうじゃないよ」
七海は胸元に手を当てた。
「私は石切を見て緊張している」
「俺が検査するのが心配ですか?」
「石切は数字は読めても文脈は読めないね」
「すみません。どういう意味ですか?」
七海の胸元から視線を反らした。
「私の体が所有されたいと信号を出してる」
所有されたい。
それはアンドロイドが持つ、人間で言うところの恋愛感情を指す言葉だった。
「石切、私を所有して」
甘えるような七海の声に、石切は赤面した。
数分前まで自覚していなかった感情に気付いた瞬間だった。彼は七海というアンドロイドに特別な感情を抱いていることを自覚した。
「俺の物になってくれますか?」
「あなたのために尽くします」
だけど石切が自分の感情を自覚するには遅すぎたのかもしれない。
七海の検査の報告書を役所に提出してから、一週間後、石切の報告結果を受け、七海のドナー登録が確定した。
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