スクラップ

月丘ちひろ

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 アンドロイドと人間が融和した世界があった。この世界のアンドロイド達は人間と同様の容姿と意志を持ち少子高齢化が進む都市を支えている。


 そんな世界に石切と呼ばれる青年がいた。彼はアンドロイドのメンテナンスに従事し、アンドロイド達に生じた不具合をプログラミングやパーツの取り替えによって解消する姿から、機械医師と呼ばれていた。


 しかし石切は自分のことを医師とは思っていない。ストレスでむくんだ顔は二十代らしいフレッシュさが無く、泊まり込み作業が続き何日も着ているシャツは医師から連想するような清潔感に欠けている。


 そもそも石切はアンドロイドをあくまで無機質なものとして認識している。だから自分のことを病気を直す医者ではなく、不具合を修正する技術者だと自負していた。


         ☆

 ある夏の夕方。

 診察を終了した石切が、ボサボサの髪を冷房の風圧に靡かせていると、診察室の扉を乱暴にノックされた。扉を開けると新雪のような肌の女性が立っている。


 肩にかかる黒い髪。

 細身の体に似合わないブカブカの白衣。

 穏やかな表情とは裏腹の鋭い眼光。

 石切の上司、七海だった。


 七海はガラス細工の瞳に石切を映し、


「シャワーを浴びて着替えてきて。デートだよ」

「デート、ですか?」

「えっと、何か意見がある?」

「先輩のデートって危険な香りがするから」

「もしかして私をあっちな方に誘導してる?」

「先輩のデートって会議のことじゃないですか」

「ふぅん……せっかくご飯奢ってあげようと思ったのになぁ」


 七海が囁きかけた瞬間、石切のお腹がグーと勝手に返事をした。


 石切は慌てて自分の腹部を押さえるが時既に遅く、七海がニヤニヤと笑みを浮かべている。


「決まりだね。一時間後にロビーで集合しよう」


 七海は診察室に終了の札をかけ、石切の返事を待たずにその場を立ち去った。


 石切は七海の背中を見送り、着替えを持って下階にある入浴施設に向かった。


 髭を剃り直し、青いワイシャツに袖を通し、ラボに戻る。ロビーでは着替えを終えた七海が壁にもたれている。


 ノースリーブのサマーセーターで強調されたボディから、タイトスカートから伸びる脚までが綺麗な斜めのラインを描いている。


「モデルみたいですね」

「なんだかんだ誉めるんだ?」

「勘定は先輩が持ってくれますから」

「……石切には愛情が欠けていると思う」


 二人はそんな掛け合いを終え、職場を出た。


 二人が向かったのは職場から徒歩二十分程の所にある洋食屋だった。有名な雑誌でも紹介されたことあり、予約が必用な店として知られている。


 落ち着いた茶色が基調の店内には、ジビエのシチューやステーキの香りが漂い、カップルの談笑する声で賑わっている。


 二人が店員に案内された席は個室だった。注文を終えて、店員が席を去ると急にシンとした空気になる。最初に声を出したのは石切だった。


「飲食店を選ぶなんて珍しいですね」

「一緒にきて正解だったでしょ?」

「そこですよ先輩。いつもはカラオケとか映画とか、二人で楽しめる場所を選ぶじゃないですか。何で今日に限って俺だけ……人間だけが楽しめる場所を選んだんですか?」


 七海は口角をつり上げた。

 頭上の照明が彼女の表情に影を落としている。


「実は、会社を辞めることになって」

「辞めるって、どういうことですか?」

「寿命というのがきたらしいんだよね」


 七海は荷物から一枚の用紙を取り出し、石切の前に差し出した。石切は差し出された用紙に目を通し、表情を強ばらせる。


 用紙は役所からの通知書だった。

 文書には『ドナー登録』という用語が随所に使用され、七海がドナー登録対象者となった旨が記載されている。


 ドナー。

 それは強制解体されるアンドロイドを指す言葉だった。アンドロイドが量産化されるようになり、文明は大きく発展した。一方で資源問題に直面した。資源の枯渇対策のため、旧型アンドロイドを解体し、次世代アンドロイドの部品として再利用することになっている。


「おかしいですよ。先輩は現役じゃないですか」

「私は三世代前のアンドロイドだから。サポート期間はとっくに過ぎているんだよ?」

「でも機体に問題は……」

 

 そのとき、石切の額を七海が小突いた。


「そういうことは言っちゃだめ。私は石切に依頼があって呼んだの」


 七海は背筋を伸ばし、石切を見据えた。


「石切に私の検査をお願いしたいの」

「検査、ですか?」

「ドナー登録対象になった機体は検査が義務づけられている。その検査をお願いしたい」


 そこで石切はハッとした。検査が義務づけられているということは。検査をして役所に報告すれば廃棄対象から外れる場合があるのではないかと。


 七海が助けを求めている。

 石切はそう判断した。


「任せてください。先輩が稼働し続けるに値する機体であることを俺が証明してみせます」


 それから程なくして、店員が料理を運んできた。ジビエのステーキにシチュー……それらが石切の前に並べられた。


「これは依頼の前払いとして全部頂きます」


 石切は七海を助けるという意志を見せつけるようにジビエのステーキに豪快に噛みついた。

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