第38話 僕を殺したことは水に流しますが
「ふざけるな!!!!」
伊藤は、菅原の胸倉を掴んで思いきり殴りかかった。立川の叫び声が旅館に響き渡り、
「やめるんだ!伊藤くん!」
「気持ちはわかるが!暴力はだめだ!!」
樫杉と谷口の二人がかりで伊藤を取り押さえたが、伊藤は暴走機関車のように頭から煙を吹いて顔を真っ赤にしている。
「び、備品庫は、行方不明になっている間に警察含めて当然探したはずだ!」
柊ゆらぎが行方不明になってから、警察も含め全員が血眼になって彼女を探したはずなのだ。それなのに、見つからないのはおかしいのである。
「そうですよ、2人はおそらくですが」
「やめろ!!」
菅原は赤くなった頬をおさえることもせず、冷静に語り始めた不二三にとびかかろうとした。しかし、それを雪知が庇い、菅原の肩を掴んで止めた。
「菅原さんっ!」
「やめろ!!違う……!俺は悪くない……閉じ込めたのは近藤だ!」
「大変なことをしてしまったことに気づいて一旦彼女を段ボール下の床下に隠し、自分たちもそこを探したと言い張ったのでしょう。そして、隙をついて寮に帰る途中に車のボンネットにでも隠し、山へと向かった」
「山?山も当然僕は探した!!」
「伊藤さん、雪知君からききましたよ、熊穴の周辺の木に傷があったって」
「……まさか」
その恐ろしい事実に、真相を知る者以外は鳥肌がぞわりとそばたった。背中から襲う雪崩のような恐怖に、全員の顔面は雪のように色を失った。
「やめろーーーーーー!!」
「凍死した彼女を、山の中で冬眠している熊穴の中に放り込んだのでしょう。傷はあなたたちが“彼女を捨てて目的地まで帰ってこれるように”つけた傷だ」
「……」
「だから、今まで彼女の遺体が見つからず8年も経って白骨が流れ着いてくるなんてことが起きるんですよ、彼女はずっと熊穴の中にいたのでしょう。もっと発見は早かったかもしれませんし、遅かったかもしれない。たまたま、彼女の白骨が、熊によって咥えて運ばれたのか、8年経って川へと流れついたのです」
「そんな恐ろしいことがあり得るのか、私の旅館の従業員が、そんな……恐ろしいことがあり得るのか?」
樫杉は、意気消沈して顔を覆った。立川は、目に涙を浮かべて両手で口を押えている。
「なんてことを……なんてことを」
谷口は、顔を覆って言葉を繰り返していた。
「谷口さん!あなただって奥さんいるくせに近藤とデきていたから、なんだかんだ理由をつけて柊のいじめを見逃して、こ、近藤をやめさせることなくたっ、立川のいじめだってみてみぬふりしてたじゃない
か!!」
菅原は、みっともなく谷口を指さして吠えた。
「なんで俺のことを言うんだ!」
「樫杉さんだってそうだ!これだけのことが起きたのに、番頭のくせに旅館のことばかりで従業員のことを何も知らない!幽霊事件騒ぎだって、自分の旅館のために依頼しただけで、柊のことなんてどうでもよかったんだろ!?」
「やめて……」
立川は、涙を流して耳をふさいだ。
「昭道!お前は、俺を殺して近藤の時みたいに、どこかに閉じ込めようとしていたんだろ!?香苗が協力する罪のでかさに耐えきれなくて自殺しなければ、全部上手くいったかもしれないのにな!」
「昭道君ができないなら、俺がこいつを殺してやる」
伊藤は、拳を握りしめて歯をかみ砕きそうなくらい青筋をたてて歯を食いしばっている。
「だめですよ、伊藤さん。そんなことをしても、柊さんは喜びません」
雪知が、伊藤に優しく声をかけた。
「俺は、近藤を殺していないよ、残念ながら。探偵さんの言ったことは全部逆なんだ」
昭道誠也は、ゆらりとベンチに座った。
「昭道香苗が役割を変わってくれといったんだ。ボールペンをあらかじめ脱衣所にガムテープで張り付けたのも、昭道香苗だろうな。菅原が俺、近藤は私がやるっていって。で、俺が積雪シートを用意したり、通信機器を壊したんだ」
不二三は、昭道香苗に昭道は罪をなすりつけるためにボールペンを張り付けたのだと思っていた。しかし、雪知はその話を聞いて確信した。
「昭道香苗さんは、近藤を殺した後復讐は終わりだ、とメモに書いて自殺した。立川さんの居場所もメモに残して」
雪知は、淡雪のように消えるような優しい声で昭道に語り掛けた。
「彼女は、あなたにこれ以上人殺しをしてほしくなかったんじゃないですか?」
「……」
「昭道さんは、香苗さんが屋上に現れた時、そんな馬鹿なと言っていました。彼女のあの行動は予想できなかったんでしょう?」
「……」
「ええ、昭道香苗と、姉さんの幽霊の姿で菅原と近藤を恐怖に陥れるのは、楽しかったですよ。彼女だって2人を憎んでいたはずだ。それなのに、一人で復讐を完遂しやがって、あの女を共犯者に選んだのが間違いだった」
「そんなことはない!」
樫杉が、昭道の前にずんずん向かっていき、しゃがんで彼の肩を掴んだ。
「昭道さんは、いつも君のことを気にかけていたんだ。彼は自分の弟だからっていうのが、口癖だった!大事にしていたんだよ、君のこと。彼女は柊さんの親友だった。本当に仲が良かったんだ。彼らに復讐したい気持ちは彼女も人一倍大きかったから、きっと迷っていたんだよ!」
「……成る程そういうことか」
不二三は、必死に涙を流しながら昭道に訴えかける樫杉の後に、冷静につなげた。
「彼女は、エプロンの中に絞殺用の紐を仕組んでいた。これもあなたが仕組んだと思ったが、そういうことなら全て繋がりますね。彼女はそれを使わず、灰皿で彼女を殴り倒した。推測するに、近藤さんを殴ったのは突発的、一度は彼女なりに自首を勧めたのではないかと思います。しかし、近藤さんはそれに応じなかった。それによって彼女は灰皿で近藤さんを殴り倒し、計画を一人で実行してしまったのでしょう」
「……」
「そんなこと……」
昭道は、呆然と天井を見上げた。白い蛍光灯が、無機質に昭道を見下ろしている。
「まあ、当然菅原さんのしたことは許されることではありません。雪も止んできましたし、明日警察に行きましょう」
不二三は、膝を冷たい床につけて呆然としている菅原の肩を叩いた。
「僕の探偵事務所を放火した罪もありますからね」
ぼそりと菅原に告げた不二三を、菅原はがつんと金づちで頭を殴られたような表情で見つめた。
「な、んな、なん、なんで」
「昭道さんは、むしろ柊さんの真相を僕たちに伝えようとしていた。倉庫の床下まで教えてくれましたし。今回の事件を調べてほしくない人物といえばあなたと近藤さんしかいない。事務所に貼ってある今月のシフト表。僕の探偵事務所が放火された日、あなたは“非番”でしたよ」
憎しみと怒りのこもった声で不二三は続けた。
「僕を殺そうとしたことは水に流しますが、僕の探偵事務所を焼いたことは許しません。絶対に」
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