第37話 凍てつくような真実

「まず、第一の事件から解き明かしていきましょうか」


「第一の事件というと、昭道香苗さんが飛び降りた事件からですか?」


 立川が問いかけると、


「いいえ、まず亡くなった順番としては近藤さんが先で、その後昭道香苗さんが亡くなっています。といっても、昭道香苗さんは自殺ですが」


 昭道が暗い表情で目を伏せた。


「近藤さんを殺害したのは、亡くなった昭道香苗さんと、そこにいる昭道誠也さんの2人です」


「何故僕が?」


 昭道が、下から不二三を睨みつけた。


「まず、最初に雪知君と昭道誠也さんが柊ゆらぎさんに扮した昭道香苗さんの幽霊を見せられたんです。窓の外にぼうっと立っている黄色いレストランの制服を着た彼女を」


「柊さんの幽霊事件の一連は、昭道香苗さんがやっていたということですか?」


 谷口が驚きの声をあげると、不二三は冷静に頷いた。


「まあ、その話は後で。彼女は黒いウィッグと黄色い着物で現れた。そして雪知は彼女を見るように言われ、彼女の幽霊を見させられた」


「でも俺があそこを通ったのはたまたまだ。俺より先に不二三が出ていったし、俺が不二三と一緒に風呂から出て行っていたら一緒に発見する人がいなくなるぞ」


「たまたま雪知君が通りかからなかったら自分で芝居をうつつもりだったのでしょう」


 雪知の問いかけにあっさり答えを出す不二三は、そのまま続けた。


「雪知と一緒に幽霊を見たというアリバイも得ることができますし。その後菅原さんも加えて幽霊の正体を暴きにいったんですよね」


「ああ」


 菅原は戸惑いながら頷いた。


「そして、そこには何もいなかった。草履で早く現場に駆け付けようとした2人に、あなたは長靴で行くように言ったそうですね」


「そ、それは雪が酷かったからで」


「雪用の長靴を履いて現場に駆け付けた時には、足跡はなくなり現場にあったピザ窯の上にかぶせてある積雪シートの上に、8年前の復讐をという文字が描かれていた。あれは、半分だけピザ窯にかけてあった白い断熱シートをあなたがめくっただけだ。その証拠に、あの積雪シートの下には、手前半分だけ雪が積もっていたんです」


「何故僕だと?」


「最初にあのピザ窯の違和感に気づいたのはあなただと聞きましたよ」


「バカバカしい、そんなの僕じゃなくてもそこにいる菅原でもできるでしょう」


 昭道は、菅原を指さした。


「菅原さんはその時あなたに言われて懐中電灯を取りにいかされていたんですよ。先に気づかれないように、あなたは暗闇を利用して雪知の目を欺いた」


『菅原さん、事務室に懐中電灯ってありますか?この暗闇じゃ何も見えません!』


『わ、わかった、持ってくる!』


「そして、あなたはあの文字を雪知君に見せた」


「幽霊は?昭道君の話を聞く限り、昭道香苗さんが扮した柊さんの幽霊はどこに行ったんですか?」


 樫杉が口を挟むと、不二三は目を細めた。


「持ってきたぞ」

「丁度よかった」


 ずっといなかった雪知は、不二三に言われて外の倉庫にいっていた。


「倉庫の中には縫い付けられた長くて白い積雪断熱シートと、スカートにスリットが入っている制服の下。そして、こんな黒い布が入っていました」


「驚きましたよ、腰のエプロンで気づきませんでした。この制服、着物じゃなくて上下に分かれた制服だったとは」


 不二三は、スリットの入った制服を指さして立川を見た。


「え、ええ、そうですよ。着付けできない人も多いですから」


「なんだ?その黒い布は?」


「あのピザ窯から、倉庫までの距離はそう遠くない。窓枠から見える景色のギリギリ外にある倉庫まで、ある程度積雪シートを引いて足跡をごまかしたんです」


 問いかけた菅原を含め、この場にいる全員が驚いた表情に変わった。


「そんな、長い布をあの黄色の目立つ制服で?」


「黄色い制服を着ていたのは、それを印象づけるためです。

黒い布を被ればこの暗闇です。

懐中電灯がないと旅館の窓からの光もここまで届きません。

それにピザ窯は外からぼんやりピザ窯に見えるくらいでしたから黒い布を被って白い断熱シートの上を巻き取りながら倉庫まで移動したのでしょう。

あのサイズの布なら3枚もあれば足りますからね。そうすれば、この雪の中歩きずらい長靴を履く必要もありません」



「さらに、一見着物じゃ早く移動できないと思わせておいて、スリットの入ったスカートをはいていることで、早く巻き取って移動できるということか」


 雪知が付け加えると、隣にいた立川が青い顔で肩を震わせた。


「じゃあ、まさか私が幽霊を見た時いきなり幽霊が消えたのは?」


「黄色の衣装から、黒い布を纏って闇に紛れたからそう見えたんでしょう」


「で、でも、私が幽霊を追いかけていたら?」


「壊れたエレベーターの中に入っていたでしょう。あれは開いても電気がつきません。扉を開いておいて中に入っていればしばらく扉もあきませんし、隠れることができますから」


 不二三の答えに、樫杉がぼそりと「じゃあ幽霊事件は」と呟いて昭道を見た。


「……でも僕は幽霊を見ているんですよ?柴咲さんと」


「柴咲さんと昭道誠也さん、あなたと2人で、でしたっけ。窓の外に見えたのなら昭道香苗さんでしょうね。雪知君に見せた時と同じように、柊さんの幽霊を見せたんでしょう」


「はは、成る程。それで?その後昭道香苗はどうしたっていうんですか?すぐ上にいたじゃないですか?」


「倉庫の向こう側に温泉へと続く外からの扉がありました。あそこから大浴場へ入り、浴室へと抜けて、目の前の階段。近藤さんが立川さんを閉じ込めていることがバレないように置いておいたバリケートを抜けて2階に上がり、一番端の部屋で遺書を書いて自殺した」


「どうしてそんなことを香苗がしないといけないんだ!!」


 今まで黙っていた伊藤が大声をあげて不二三の胸倉につかみかかった。


「あんたは香苗がどういう人間だったか知らないだろ!香苗はゆらぎの親友だったんだ!幽霊事件だって信じてなかっただろ!?ああいう噂を、僕と同様、一番嫌がっていたんだ!!」


「本人だから、否定するのは当たり前でしょう」


「だから、なんでそんなことをする必要があるんだよ!!」


「8年前の復讐をするために、ある2人に恐怖を与えるためですよ」


「は?」


 雪知は、不二三の胸倉を掴む伊藤の手を優しくつかんだ。


「伊藤さん、不二三が全部解き明かしてくれます。それが辛い真相だとしても、真実は1つです。一緒に落ち着いて聞いてください、最後まで」


 バツが悪そうに震えて顔を覆っている菅原を一瞥しながら、不二三は続けた。


「時系列としてまとめるとこうです。

僕と雪知君がレストランの皆さんに話を聞きました。

昭道誠也さんの次に、近藤さん、立川さんの順番です。

近藤さんは、立川さんと温泉に行くと偽ってあの場所に閉じ込めました。

そして、それを知っている昭道誠也さんが部屋から出てきた近藤さんを102号室へと呼び寄せた。

そこで近藤さんの頭を殴って気絶させたあなたは、そのまま彼女をガムテープでぐるぐる巻きにし、風呂の浴槽に沈めると、熱湯を流しいれた」


「それを、全部昭道香苗さんが?」


 立川は、怯えた表情で昭道を見つめた。


「昭道香苗さんは帰ったとされていましたが、この時白い積雪シートの準備や、通信機器を壊したりなどをしていたんでしょう」


「……それで?」


 何か言いたげな昭道が問いかけた。


「お風呂を目張りして出られないようにし、昭道香苗さんに罪をなすりつけるために彼女のボールペンを脱衣所に貼り付けた」


「……そんなこと」


 昭道がぼそりと何かを言った気がしたが、そのまま不二三は推理を続けた。


「先ほど話した通り、階段を降りて幽霊事件を雪知に向けて披露しました。そして、本来であればそれで終わるはずでした。近藤さんが行方不明になって、次の日にでも閉じ込められた状態で、立川さんともども発見されたら、それで終わりだったんです」


「わ、私も?」


「今回の殺人は、浴室で身動きをとれなくしてすでに溺死させているにも関わらず、浴室の扉を目張りして“閉じ込めている”。そこに、8年前柊さんが行方不明になった事件も関係しているのです」


 伊藤が、拳を握りしめた。


「ゆらぎのことが、関係している……?」


「ええ、“閉じ込める”という行為に対してあることを気づかせたかったんですよ、ねえ、菅原さん」


「ひっ!!」


 菅原は、顔をぐしゃぐしゃにしながら髪をかきなぐっていた。


「違う……あれは、違うんだ……違うんだ」

「違わない」


 昭道誠也は、ただ静かにそういった。


「違わない。俺の姉さんを殺したのは、菅原。お前と近藤の2人だった」


「なんだと?」


 血走った目の伊藤が、菅原を大きな瞳で見つめた。全員が、昭道誠也が指さした菅原を見つめていた。


「違うんだ、違う……」


「違わない!!全部書いてあったんだ!!」


「……書いてあった?」


「そうだ、8年前。姉さんは、柊ゆらぎが行方不明になった知らせから一週間程たって、行方不明になったはずの姉さんから手紙が届いた。料理のおしながきに全部書いてあったよ。隠したメモが捨てられた時のために、姉さんがあの暗くて寒い備品庫に置き去りにされたこともな!!」



「置き去りに……?」


 伊藤は、飛び出るのではないかというくらい目を大きく見開いた。


「そうだ、いつものように近藤は姉さんをあの備品庫に閉じ込めた。それから菅原と掃除をして、そのまま姉さんを忘れて帰宅しやがったんだ。あの極寒ともいえる寒い備品庫の中で姉さんはそのまま凍死したんだ!」


「……」


 全員が、氷のように静まりかえり一斉に菅原を見た。



「違う……俺が寮で気づいて柊を迎えに行こうとしたが、吹雪がすごくて行けなかったんだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る