第14話 あなたが探偵さんですよね?
「こんばんは、ようこそいらっしゃいました」
丁寧に挨拶した女性は、暗めの茶髪を後ろできゅっと結い上げた30代くらいの昭道よりは少し落ち着いた雰囲気の女性だった。高めの身長と、落ち着いた呼吸にまるで大自然の中に佇む若木のようなその女性は、白い手の平でレストランを指している。
「雪知様と、不二三様、2名様ですね。お席へご案内致します」
「はい」
不二三は雪知の後ろにひゅんと隠れ、雪知は女性のネームプレートを盗み見ながら歩き出す。
女性のネームプレートには、近藤と楷書で書いてあった。近藤というと、柊ゆらぎの幽霊を見たという人物の中の一人だ。そして、柊ゆらぎの同期でもある。
「僕たちの話は聞いていますか?」
「ええ、柊ゆらぎの幽霊事件の解明に来てくださった探偵さんですよね?」
「あ、はい」
ニコニコ落ち着いているが、その言い方に微かな違和感を感じた雪知は少し目を見開いた。
「今日は皆さんのお話が聞けると伺ったのですが」
「ええ」
170センチ程はあるだろう近藤はすんと背筋を伸ばして表情を変えることはない。
「お腹もすいているでしょうし、とりあえずお食事をとっていただいてから、お話させていただくということでもよろしいでしょうか。厨房の者も、呼んでおりますので」
「あ、はい」
「すみません、すみません」
厨房から、頭をかきながら50代くらいの柔らかい雰囲気の男性が現れた。
「レストランの責任者の、谷口です。番頭からお話は伺っております。レストランの面々は集めておきましたので、まずは当館の夕食をお楽しみいただいて、その後になんでも聞いてください。今はお2人共当館のお客様ですので」
レストランの面々はニコニコしていて、穏やかな人が多いのだろうか。雪知と不二三は席についた。
「では、順番にお料理をお運びいたしますので」
近藤と、谷口はニコニコしながら雪知と不二三から離れていった。席は全て個室のようになっていて、不二三は狭くてうす暗いところが好きなので安心したようにすぐに奥の席に座った。
「ふう」
2人がいなくなってから、不二三は檜の香りがするテーブルから正面のおしぼりを手にして手をふいている。
「話はあとから、だそうだな」
「そうだね」
雪知は、近藤から先ほど感じた違和感を不二三に問いかけようとしたが、その前にトイレに行きたくなったので、立ち上がった。
「ちょっと、トイレに行ってくる。すぐ戻る」
「えー、人が来るかもしれないからここにいておくれよ」
相変わらず子供みたいなことをいう不二三に呆れながら、それでも鞄からハンカチを取り出してポケットに入れる。
「バカ言うな、それに前菜置いたらすぐ出ていくと思うぞ、忙しいだろうし」
「じゃあ僕もトイレに行く」
「こういうところはトイレも個室だ。トイレの前で1人で待ってるのか」
「……」
腰をあげたコミュ障不二三をその場に置いて雪知は個室のふすまを開けた。
「トイレは……」
上を見ると、トイレのマークと矢印で突き当りを右と記してあった。雪知は、きょろきょろしながら歩き出す。先ほどいた近藤さんが料理を運んでくれるのなら、不二三も大丈夫だろ、とレストランは、カウンターが窓際にあって、雪景色をみながら食事ができる設計になっている。
雪景色といっても、外は真っ暗に真っ白でパンフレットに乗っているような景色は拝めそうにないが。そして、ファミリーには、入り口付近とトイレ付近に少し大きな個室が2部屋ずつあるようだった。
入った印象と違い、かなり広いレストランのようだ。裏では料理をする音が聞こえる。
「まあ、とりあえず食事か」
食事である。不二三は、近藤のようなニコニコしている雰囲気の良い女性が苦手だった。そもそも女性全般、人類全般苦手な不二三なのだが、ニコニコしている女性は裏で自分のことをどう思っているのだろうと考えてしまって苦手だった。コミュ障が陥る沼のようなものである。よって雪知に早く戻ってきてほしかったのである。
暇つぶしに今までの人間の整理をしようとメモを開き書き始めた。
しかし、不二三の願いは叶わず、扉が恐る恐るといった感じで開いて、
「ひっ」
一人の女性が顔をのぞかせた。
「あっ……あっ、あのっ、前菜、です」
「……」
女性は、近藤と同じ着物を着ていて、エプロンをしていた。たどたどしく料理を運んできた。小さくよいしょ、よいしょという声が聞こえる。
「あっ、あの、こちらは、えっと」
着物の上、腰に巻いてあるエプロンからメモを取り出すと、
「こちらはお刺身になります。えっと、こちらから……」
おしながきの紙はテーブルの上にあるのに、女性はメモを見て一生懸命説明している。サラサラの黒髪ボブの女性は、白い肌に小柄で折れそうなくらい腕が細く、客である不二三が心配になる程に緊張していた。
「あ、えっと、い、以上です」
「はい」
不二三は、自分と同じコミュ障を感じて、怖がらせないようにしようという気持ちになった。
「あの」
「はい、はい!」
女性のネームプレートを見ると、楷書で立川と書いてあった。立川というと、先程の近藤さんと一緒に柊ゆらぎの幽霊をみたという女性かと思い出した不二三は、猫背で俯きがちな立川を見つめた。すると、立川も不二三を見ていてばっちりと目があってしまった。
気まずい。なんで見つめあっているんだ?不二三は、雪知の帰還を心から願った。熱い料理を食べているわけでもないのに汗が止まらない不二三は、膝に握った拳を置いて目をそらして俯いた。
「し、新入社員ですか?」
「はい」
手に汗握るとはこのことだ。この先何の話を展開していいかわからない不二三は、お手拭きで手をふいた。
「あっ、メ、メモを、見てるから……す、すみません」
「い、いえ」
「あ、ありがとうございます」
不二三は、自分のコミュニケーションの下手さに死にたくなった。死ねないのだが。後で風呂の中で顔を覆って後悔しそうな最悪な空気だった。
「すまん」
そんな不二三に救世主雪知がトイレから帰還した。
「遅いぞ」
ひそひそと会話しながら、雪知は席につき座っている立川に笑顔を見せた。
「すみません、席を外しておりまして。料理ありがとうございました」
「あっ、はい」
立川というネームプレートを見ながら雪知は、近藤と同様幽霊を見た女性だと瞬時に理解したが、後で不二三と2人で話を聞けるので、今は折角出してもらった料理に舌鼓を打とうと黙っていた。
しかし、立川は出ていかずに不二三と雪知を交互に見つめている。
「……何か?」
先ほどの緊張しながら料理の説明をしていた立川を知らない雪知は少し訝し気に立川を見つめる。
「……お客様が」
立川は、先ほど近藤がレストラン内を指したように不二三を白い掌で指した。
「は?」
「探偵さんですよね?」
「……」
不二三と雪知は、そこでごくりと息をのんだ。雪知はレストランに来てから一度も不二三が助手だと言っていない。探偵と助手が来るということは伝わっているであろう、探偵ですよね?という言葉。確認するような問いかけ。
全くノーヒントで堂々とレストランに入ってきた雪知と、その後ろできょどきょど入ってきた不二三を見て、不二三が探偵だと見抜けるだろうか。
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