第15話 俺様探偵
不二三を焼殺しようとした犯人であれば、また話が変わってくる。しかし、こんな華奢で小柄な人物だっただろうか。不二三は必死に記憶をたどるが、こんな小柄な女性ではなかったように思う。
しかし、気を引き締めなくてはならない。この宿に不二三の探偵事務所を焼き、不二三を殺害しようとした犯人がいるのだ。
「な……何故?」
不二三が、慎重に警戒しつつ立川に問いかけた。
「……あっ、えっと、私、最近推理小説にはまりまして『オレ様探偵楯橋震壱』って聞いたことないでしょうか?」
「あっ……ハイ」
それなら推理小説好きの不二三も知っていた。雪知は、知らない様子で不二三の顔を見つめる。
オレ様探偵楯橋震一(おれさまたんていたてばししんいち)は、推理小説好きからは大批評をくらっている小説である。探偵がオレ様イケメンで、女性に目がなく、犯人は男だ!女性がこんなことをするわけがない!から始まる。
コミュニケーションは愚か、推理以外は全て助手にやらせ、苦労人の助手は毎日愚痴をこぼしながら事件解決に協力させられているという内容で、不二三はその探偵がどうしても好きになれないのだが、若い女性にはかなり反響がいいらしく、今度ドラマ化されるといわれている。
「え、えっと、最初に荷物をお運びしたとき、私がお運びしたんですけど、廊下でお2人を見た時、お客様は軽いリュックサック1つだったのに対し、もう1人のお客様はスーツケースを持ってらっしゃいました。それで、荷物をもたせているということは助手なのかと、後、上座に座ってらっしゃいますし」
「……」
不二三は、人の目を気にする。人にどう見られているのかを非常に気にするのだ。筋力がなく、スーツケースを転がすだけで疲れてしまう不二三を気遣ってスーツケースを持ってくれた雪知。
そして、家でもあった探偵事務所を焼かれて荷物どころか財布もなく茶封筒に1万円を入れている不二三。
リュックサックに帰りの新幹線の中で読む用の文庫本が数冊入っているだけの不二三と、事件の資料などをまとめて持っていかれないように常に手元に置いてコピーを持ち歩いている雪知。
そして、笑顔で迎えてくれた近藤さんや、謝りながら挨拶してくれた谷口さんに対し笑顔で応対し、下座に座る雪知と、不愛想に後ろでぶつぶつ言いながら真っ先に上座に座った不二三。
僕、めちゃくちゃ偉そうな探偵だと思われてる!?不二三の顔に血がぎゅんとのぼり真っ赤になる。
「あはははっ……!!」
「……」
雪知が噴き出して、不二三はテーブルの下の雪知の足をこづいた。
「え?ち、違いましたか?」
「いえ、あっ……あってます……っぷふっ」
不二三は、恥ずかしさのあまり両手で顔を覆った。
「あっわ、私の推理、あってましたか?」
若干嬉しそうな立川に、雪知は余計に面白くなってきてしまっているが、不二三は勘弁してくれという顔で水をすすった。
「あってま」
「あっ、って、ない!!……です」
にこやかに言った雪知を遮る不二三は、口元を手で隠しながら目を泳がせている。
「でも彼は立川さんの思っているようなオレ様ではなく、気の小さい金魚みたいな奴なので、大丈夫ですよ、コミュ障だし」
「えっ……全然そんな風には見えませんでした!」
雪知はその一言に芸人のようにテーブルからすっころびそうになった。
「え、え?」
自分がトイレに行っている間にどんな会話が繰り広げられていたのだと、雪知は立川と不二三を交互に見た。
「レストランに入ってらっしゃった時も、何かぼそぼそと指示してらっしゃいましたし、階段を上がる時も、鋭い瞳で警戒するようにあたりをみていらっしゃいましたし」
「彼は、目つきが悪いだけのコミュ障です」
「……」
がつん。笑顔で言い放つ雪知パンチ。しかし、間違いないので不二三は何も言えなかった。
「でも、彼は幽霊事件を必ず解決してくれますよ」
「……すごいですっ!尊敬してます」
彼女は仕事になると緊張してしまうタイプの人だったらしいと不二三は分析した。
もしかして自分と一緒のコミュ障かもしれないなどと思った自分を平手打ちしたくなった。
「失礼致しました」
からりと静かに戸を閉める立川を見送り、雪知はまたくすりと笑った。
「オレ様探偵だっけ?俺読んでみようかな」
「やめておくといいよ、レビュー星1,5だし」
それから、滞りなく料理は進み、飛騨牛ステーキ、飛騨の漬物ステーキなどに舌鼓を打った2人は、レストランの人たちに話を聞くべく、料理支配人の谷口に人を集めてもらったのだった。
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