第12話 付き合っていた人?
「というと?」
「最近8年前の頭蓋骨が発見されたからと、柊さんの特徴でもある長い黒髪で柊さんの幽霊だと騒いでいるわけですが、でも逆にそれさえあっていれば人間が幽霊になりすますことも可能なわけですよね」
先ほど不二三も似たようなことを言っていた。それを聞いて不二三は、うんうんと頷いた。
「何のためにそんなことをする必要があるんですかね」
樫杉は、真剣な表情で雪知を見つめた。至極全うな疑問である。
「だって、柊さんの幽霊になりすましてうちの旅館に出てきたって誰に何のメリットがあるんです?怖がらせたり、うちの評判を落としたいのだとしたら、お客様が何日も泊まって幽霊やらなくちゃあ、なりませんけど、調べた限り幽霊が出るたびに同じお客様がご宿泊なさっているということはなかったんですよ」
「そうなんですか」
「ええ、うちの従業員がやっているならまあ話が別ですけど、それこそ何のメリットがあるんだって話ですよ、働いているのにうちの旅館をつぶそうとする理由が見当たりませんよ」
「……まあ、でもこの幽霊事件で一番困っているのが番頭さん、あなたですよね」
「は、はあ、まあ」
禿げ上がった頭を少し下げながら樫杉は困ったように上目遣いで雪知を見つめた。
「あなたに恨みのある人間が旅館の評判を落とすためにやった可能性だってあるんですよ」
「ええっそんなあ」
「それはない」
「え?」
雪知は隣で口を押えてどこか遠くを見ている不二三を見た。
「幽霊が現れる頻度が柊さんの頭蓋骨が発見されてから、ものの数回だと伺ったし、時間帯がいつも温泉も終わっているような時間帯。それに、旅館の評判を落とそうとして、柊さんの頭蓋骨がたまたま見つかったのを利用して幽霊騒ぎを起こすお客がいるっていうことがまず手が込みすぎる。ライバル旅館だとしたら、匿名で悪質なレビューを入れる方がまだ手っ取り早く評判を落とせますよ。逆にこの旅館の従業員だとしたら納得がいきますけどね」
ぼそぼそと、口を手で隠しながら目をぎょろぎょろさせて話す不二三の話を、樫杉は前のめりで聞いている。
「どうしてです?」
「……」
樫杉に問いかけられて不二三は電池が切れたようにうつむいた。
「え?ここまで話してコミュ障発動!?」
コミュ障は、人と話すのが非常に苦手なのである。雪知は、ガス欠した車に乗っている時のようにぎょっとして不二三を見た。不二三はさらさらとメモを書いて雪知に差し出した。
『そもそも、幽霊事件に柊さん行方不明事件が深く関わっていなければ、犯人は僕をわざわざ殺してまで事件のファイルを奪ったりしない』
「それはそうかもしれないけど」
「えっと……」
メモと会話する雪知に困惑しながら樫杉は、また頭をかいた。困ったら頭をかくのがこの人の癖らしい。
「そもそも、亡くなった人を利用して幽霊騒ぎを起こして旅館の評判を落とそうとするような人間がいるということが鳥肌がたつくらい、恐ろしいですよ。僕はそんな人間がお客様の中にいるとは、思いたくないんですよ……」
樫杉は、頭を抱えて俯いた。
「失言でした」
雪知は、拳を膝の上で握ってうつむいた。
「あっ……っと、えっと、あの」
俯いた樫杉に、不二三は両手をごねごねしながら話しかけた。
「そ、この、しご、仕事をして、るとですね……へへっ、なんでも……その、疑う癖が、ついてしまうん……ですよ、決して……、その、雪知は……意地悪を、ですね、言っているわけでは、ないっごくっ……ですよ、はあ、です」
「……」
汗をだらだら流しながら、くせ毛をふわふわさせて不二三は続ける。
「幽霊事件……かな、かなたっ……必ず、解決……致しますので、い、っ命に代えても、へへっ……なので、あん、安心して、くだせえっ……くださいっ、ですよ、はあ」
頭をがしがし抱えている樫杉に、不二三はちゃんと思いを伝えた。樫杉は、さっきまでメモを書いて雪知に見せる不二三を見て、勝手に耳が聞こえないんだと思っていた。しかし、突然話をしっかり聞いていたとみて流ちょうにぼそぼそ話したと思ったら、またメモを見せて、最後には自分をだらだら汗を流しながら一生懸命励ましてくる。そんな不二三を見て、変な人だと思った樫杉だったが、自分の命より大事なずっと守ってきた旅館の幽霊事件を、「自分の命に代えても」解決すると言い切ったこの変な探偵のことを、マイナスの感情で見るような樫杉ではなかった。
樫杉は、立ち上がって深々と不二三と雪知に頭を下げた。
「どんなことでも協力します。よろしくお願いします」
「はい」
「……はい」
樫杉は、不二三の手を両手で握った。
「よろしくお願いします!探偵さん!」
「……こ、こ、こちらこそ……探偵です……へへっ」
頑張っている不二三を見て、雪知はなんだか嬉しくなった。
「これから、幽霊事件を解決すべくしばらくお世話になります」
雪知も頭を下げると、樫杉は笑顔で頭を下げた。
「こんなところですかね、一応聞きたいところというのは」
「そうですか、では少し部屋で休まれた後、夕食の際にレストランの従業員を紹介いたしましょうか?といっても今夕方、厨房の者やレストランの者はレストランの準備をしておりまして、忙しいんですよ」
樫杉なりに、気を使った提案だった。不二三は、すぐにでもレストランの従業員の話を聞きたかったところだが、そういうことなら仕方ないと頷いた。
「はい」
「お荷物は、お話している間にお部屋に運んでおきましたので」
「照道さんがですか?」
何気なく聞いた雪知だったが、樫杉さんは首を振った。
「いえ、昭道さんはフロントでずっといてもらうので、レストランの立川さんに手伝ってもらったんですよ」
立川さんといえば、レストランの近藤さんと一緒に幽霊を見た一人だ。
「そうなんですか」
「レストランは、19時からですので、それまでゆっくりなさってください」
そういって樫杉さんは、疲れた顔で微笑んだ。不二三と雪知は、ぺこりと頭を下げて、事務所を出ようとした時不二三がはたと立ち止まった。
「どうした?」
不二三は、事務所の入口にあるシフト表を凝視していた。
「行くぞ、不二三」
「あ、そういえば」
電話が丁度終わったらしい菅原に、2人は呼び止められた。菅原は、ニコニコしながら2人に近づいてきて、肩を組むような距離で声を潜めた。
「ゆらぎの行方不明事件のことも調べてくださっているとのことで?」
「はい」
震えている不二三に代わって雪知がはっきりと答えた。
「あまり深入りしない方がいいですよ」
「何故ですか?」
「幽霊ですから、もしかしたら探偵さん。呪い殺されちゃうかも」
菅原は、不二三を脅かそうと舌を出した。
「……呪いってあなたね」
固まっている不二三に反し、呆れたように切り返した雪知からぱっと手を離し、菅原は先ほどのような爽やかな笑顔に戻った。
「あっ、電話だ。すみません!」
「ちょっと!」
ばたばたと電話へと戻ってしまった菅原に、雪知は眉をひそめた。
「なんなんだよあの人」
「……」
「あっ、お疲れさまでーす」
事務所を出てすぐのフロントで向日葵のような笑顔で迎えてくれる昭道は、なんだか旅館の中でも一際華やかに見えた。
「どうでした?ゆらぎのこと色々聞けました?」
「ええ、まあ……」
雪知が控えめに答えたが、実際は大人しくて肌が白いとかそういうことしか聞けていない気がした。
「柊さんと付き合っていた人とかっているんですかね」
不二三は、フロントで笑顔で迎えてくれた昭道に本当にスッと口から投げかけた。女性に話しかけているということを忘れているように、人と話していることが頭から抜け落ちているように自然に。
雪知は、何でそんなことを聞くんだと不二三の腕をこづいた。
「……」
しかし、昭道の反応は、雪知の想像していたものとは全く違うものだった。
「……いましたよ」
優し気な瞳で、落ち着いた様子で昭道は続けた。
「見た目とのギャップがすごいですけど、実は誠実な人なんで勘違いしないであげてくださいね」
「……はい」
不二三は、目を細めて頷いた。それは、あの菅原のことなのだろうか?雪知は、腕を組んで首を傾けた。
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