第11話 幽霊のような番頭
事務所の中では、髪をオールバックにした爽やかな男性が電話対応をしているところだった。
「彼は予約係の菅原君です、恐らく雪知さんたちの予約の電話をとったのも彼かと」
「……」
「すみません……幽霊の件につきましてはこちらも……」
幽霊の件で対応しているようだった。雪知は確かに予約の時の男性と声が似ていると頷いた。不二三ごと探偵事務所を焼いたフードの男。もしかしたらこの男かもしれない。
不二三も、背格好的に昭道と樫杉はあの時自分を殺した人間じゃないと察して現在電話に集中している菅原と呼ばれている男性を注意深く観察した。
「こちらの椅子にどうぞ」
樫杉は、事務所の一角、お客さんが座るような長テーブルに赤ソファを指して疲れた笑顔でにっこりと微笑んだ。
「ありがとうございます」
「……ます」
雪知と不二三が腰かけると、
「お茶も出さず……電話が鳴ったら私も電話対応に出なくてはならないので、本当に失礼で申し訳ないのですが途中で席を立たせていただくこともあるかもしれませんが、申し訳ございません」
深々と何度も謝りながら頭を下げる樫杉さんに、雪知は手を振った。
「大丈夫ですよ、見た感じ幽霊の話で電話がかかってきているみたいですし」
「はい、気味が悪いって言って派遣やバイトの若い子が次々やめていって、本当に本当に、困っているんですよ」
あはは、と笑う樫杉の目は真っ黒な闇に落ちていた。
「まあ、まず最初からお話しますと、幽霊と言われているのは柊ゆらぎさん、うちの従業員だった女性です。彼女は8年前12月、丁度明日ですね、12月14日に行方不明になりました。二か月前、ここより少し離れた川がありまして、そこで女性の白骨死体の頭部が発見されたんです。旅館に泊まって、まあこの辺何もないですから、川釣りに行った男性が上流の方で発見したそうです」
概ね聞いていた話と一緒だったので特に質問することなく雪知と不二三は聞いた。
「白骨死体の頭部から、年齢は推20代くらいだったそうなんですが、柊ゆらぎさんで間違いないと調べでわかったそうです。柊さんは、8年前の丁度今日、猛吹雪の冬、旅館に残って掃除をするといったっきり、行方不明になりまして、警察にも勿論通報して探してもらったんですがこの時期の高山は雪が凄くて捜査もなかなか進みませんで」
「成る程、それで」
「捜査は途中で打ち切りになりました。ご遺族の方が猛抗議したそうですが、吹雪と雪で捜査自体が難しいということになって、その彼女の頭部が二か月前に発見されて、その一か月後くらいにですね、旅館内で黒く長い髪の女性の霊を見たという情報が出始めましてね?それに加え、幽霊の出る旅館だとか噂が広まって」
頭を抱えた樫杉さんは、薄い頭をぶんぶん振った。
「それから、なんていうんでしょう、転落人生っていうんでしょうか、坂を転がるボールのように、後は勢いよく落ちていくだけっていうんでしょうか、最初は面白がって来てくれていたお客様さえ来なくなり、若いバイトの子や派遣の子は次々にやめていき、面白がった人から非通知で電話がかかってくるし」
うう、っと呻き声を上げだした樫杉さんを見て、雪知は気の毒になった。相当参っているらしかった。
「お祓いだって何度もしてるんですよ、でも、でもダメなんです、現れるそうなんです」
首をぶんぶん振りながら禿げ上がった頭を抱える樫杉を見て、雪知はなんだか気の毒になってきた。
「幽霊とかありえないですよね、柊は死んだんですから、旅館にいるはずないのに」
「わっ」
にゅっと不二三の横からお茶を出した菅原に、不二三は驚いて雪知の腕にしがみついた。
「ああ、すみません。菅原清正(すがわらきよまさ)です」
爽やかな好青年という感じの菅原は、清潔感たっぷりの笑顔で雪知と不二三に挨拶した。
「雪知です、よろしくお願いします」
「不……二三です、よ、っよろしく……お願いします」
湯気からふわりと緑茶の匂いがする。不二三は喜んでそれを口にする。雪知も暖房がついているとはいえ、フロントは少しひんやりとしていたし、すぐにでも口にしたいところだが、まだ菅原への警戒を解いていないので手をつけない。
「菅原君、電話が鳴ったらすぐ出てくれよ」
「はいはい、番頭さんわかってますって」
菅原さんも、昭道さんみたいに若そうだが、しっかりしてそうな大人の余裕があった。
「怖いですよね、幽霊とか。僕見たことないので信じてないですよ」
フランクに不二三に話しかける菅原だったが、不二三は目をそらして口を一文字に結んで雪知に助けを求めている。
樫杉の正面に座らなかった不二三だったが、思いもよらぬところから話しかけられて怯えていた。雪知は眉間を抑えてはあと溜息をつくと、菅原に向き直った。
「この旅館で働いている方の中で幽霊を見たって人はいるんですか?」
「えっと、誰でしたっけ樫杉さん」
うんうんと壊れたロボットのように頷く不二三と、口を押えて考えるそぶりを見せる樫杉さんは、天井に視線を回した後、雪知へと視線を戻した。
「あっ、また電話だ」
菅原さんは、電話がかかってきてまた席を外し、不二三は少し安堵の表情を浮かべながら樫杉の話に耳を傾けた。
「レストランの近藤さんと立川さん、後、厨房の昭道君」
「え?昭道?」
聞いたことのある苗字に雪知が反応すると、
「あー、昭道さんの弟さんです」
「姉弟で働いてらっしゃるんですね」
雪知が感心したように答えると、樫杉は頭をかいた。
「昭道君は若いのに礼儀正しくていい子ですよ、後でレストランに行って話を聞かれることがあると思いますが」
樫杉は、自分の息子を自慢するようにニコニコしている。そんな一瞬の和やかな雰囲気を、不二三は雪知の服の袖を引っ張りリセットした。
「なんだ?」
不二三は、雪知にさらさらと汚い字で書いたメモを見せた。自分で質問すればいいのに、何か聞いてほしいことがあれば雪知にメモを渡すのだ。
「幽霊を見た時、一番怖がっていた人はいますか?」
その不二三の態度に少し首を傾ける樫杉だったが、すぐに質問の答えを答えるように視線を巡らせた。
「ああ、レストランの近藤梨恵(こんどうりえ)さんだよ、彼女が柊さんの幽霊が出た、亡霊だ、って一番騒いでいるね。怯えているから、いつも帰るときは立川ちゃんを待たせて一緒に帰っている程だよ」
「近藤さんですか」
「近藤さんは、柊ちゃんと同期だったからね」
「同期?」
不二三は、また雪知の袖を引っ張った。同期は誰か聞かせるためだろう。
「柊さんの同期は誰なんですか?先ほど昭道さんは同期と伺いましたが」
「えっと、ってこれって幽霊に関係あるんですか?」
樫杉はさっきから黙って雪知の袖を引っ張る不二三と
雪知を交互に見た。
「はい、念のため」
「はあ……まあいいですけど」
樫杉は、目を細めて指を折り始めた。
「柊さんの同期は、さっきフロントにいた昭道さん、厨房にいる体が大きくて無口な伊藤茂樹(いとうしげき)君、さっき言った近藤梨恵さん、そして今電話してる菅原君の4人だよ」
「成る程」
雪知はメモをとりながら頷いた。不二三は、腕を組んで話を聞いている。
「5人で同時期に入って、それからずっとそのメンバーでやっていたんだけどねえ、ちなみに柊さんは同期の中でも仕事ができる子だったから、シフトによってはフロント、レストランと掛け持ちしてもらっていたんですよ、特にフロントの昭道さんと一番仲がよかったなあ」
昭道さんと柊さんが一番仲がよかったということを聞いて、雪知は目を細めた。昭道さんは、幽霊の噂を非常に嫌悪していたように見えた。
柊さんと一番仲がよかったから幽霊が出たという噂を嫌がっていたということだろうか。
「柊さんは、どんな性格だったんですか?」
「長い黒髪で、大人くて肌も白くてね、言っちゃ悪いけど昭道さんと正反対ってタイプでしたよ、でも、不思議と仲がよかったですねえ」
幽霊の特徴と一致している長い黒髪。しかし、それだけであることに雪知は引っかかった。
「幽霊は本当に柊さんなんでしょうか」
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