第10話 旅館到着

夕方17時にチェックインできた雪知は、19時の夕食に間に合ったと胸をなでおろしていた。


「オーナーにご依頼をいただいてきました。探偵の不二三です。幽霊事件の真相を暴いてほしいということで」

「探偵?」


 フロント係の女性は、黄色の着物に紺色のエプロンという古風な制服を無理やり着せられているかのような、くりんと巻かれた茶髪が印象的なよくいえばギャル、悪く言えば和が似合わない女性だった。


 赤い爪で口元を隠しながら、長いまつげで雪知を見つめる女性のネームプレートには、昭道(あきみち)というこれまた見た目の印象とは違うような苗字が木の中に小さく彫られていた。


「あははっ、ドラマ以外で初めてみました~えっ、本当に存在するんですね?探偵って」


 雪知の顔を見つめながら話す昭道は、20代くらいのきゃぴきゃぴした眩しさを影のように雪知の後ろにひっそりと隠れていた不二三に浴びせかけ、絶命させようとしているようだった。


「光のオーラを弱にしてもらっていいですかっていって」

「電気じゃないんだよ」 


 ひそひそと失礼なことをいう不二三から視線を外し、雪知は営業スマイルで昭道に向き直った。


「依頼者のオーナーさんとお話させていただきたいんですけれども」

「はーい!かしこまりました!あ、あとチェックインの手続きも済ませてしまいますね?ダブルの1部屋で、201号室になります」


 雪の結晶を模したキーホルダーのついている鍵を受け取ると、雪知は後ろにいる不二三に手渡した。


「正面廊下真っすぐ行って突き当りの階段をお2階に上がっていただいて、すぐ左の一番端のお部屋になります」


 階段の隣にあるエレベーターを見て、雪知は少し首を傾けた。


「あ、エレベーターは今故障中なんですよ、開き、はするんですけど下に下がっていかないんです。雪で業者さんも来ないもので」

「ああ、なるほど」


 エレベーターを直す業者も来れないとは、雪知はこの旅館の外界との閉鎖感を思い知った。


「あ、お客さん、今日お2人しかいらっしゃらないのでお部屋を別々にご用意することもできますよ?」

「は?」


 雪知と不二三は、口をあんぐりと開けて顔を見合わせた。


「えっと……?僕たちしかお客さんいないんですか?」

「はい!」

「それはこの大雪で、ですか?」


 元気よく答えた昭道さんに、一抹の不安を抱いた雪知は、ひくついた唇で聞き返した。


「いいえ、幽霊ですよ……亡くなった行方不明者の、柊ゆらぎって言われてますけど」


 幽霊って、といつもの雪知なら鼻で笑うところだが、ある意味お前も幽霊みたいなもんだろと思いたくなる不二三が、じゃあ貸し切りじゃん。人いないじゃん。と言わんばかりに笑みを隠しきれていないのと、依頼のこともあるのでにこりとも笑えなかった。


「行方不明者の、というのは、8年前に行方不明になった柊ゆらぎさんのことですか?」


「はい、髪の長い黄色の着物を着た女性が夜な夜な廊下に現れるんです、絶対柊ゆらぎじゃないのに……もう亡くなっていて遺体の頭部だって出てきているのに、どうして現れるんでしょうね」


「ゆらぎじゃない……ってことは、あなたは、行方不明になった柊ゆらぎさんとお知り合いなんですか?」


 雪知がそう問いかけると、昭道はどこか遠くを懐かしむように目を伏せた。


「ええ、同期でしたよ。明るくてよく笑う子で、大好きでしたよ。それなのに、幽霊事件だなんて赤の他人が騒ぎたてて、酷い話ですよね?」

「誰かが幽霊になりすましているんじゃないですか」

 ぼそっと言った不二三のくせ毛頭をはたき、

「いてっ」


 雪知は続けた。

「……その噂を信じたお客さんたちが怖くなって旅館に来なくなったと?」

「間違いないですよ、明らかにお客さん減りましたもん!私、お化けを捕まえるために廊下を探索してるんですから」

「それで、幽霊は見たんですか?」

「見たことありますよ!捕まえようとしたんですけど……あっ」

「照道さん……?」


 フロント奥の事務所と書かれている扉から、番頭と書かれたネームプレートの光る小太りで背の低い50代くらいのおおおらかそうな男性が目にアイシャドーで描いたような黒いクマをつけて現れた。


「探偵さんですか……予定よりも早く来てくださって本当に感謝しています……」


 小太りの幽霊みたいな顔をしている番頭さんは、頭をかきながら頭をぺこぺこ下げている。

「私は番頭の樫杉宏(かしすぎひろ)です。フロントの昭道が失礼なことを言いませんでしたか?」


「照道香苗(あきみちかなえ)です、32歳でーす」

 またこらという視線を向けられた昭道さんは、全く32歳に見えない若々しい見た目と元気さでピースして見せた。


「雪知彰です。こちらが探偵の不二三士郎です」

「え?あなたが探偵さんじゃないんですか?」


 昭道の疑問も最もである。いつもの会話だった。慣れっこの雪知は、ニコニコ微笑笑んで否定する。


「いえいえ、僕は助手です。彼こそが数々の難事件を解決してきた不二三探偵事務所の不二三探偵です」


「えっ……あっ、い、いえ、あの、数々というか……あの、まあ数えてみればまあ、数々といえるかもしれませんが……その中の難事件はいくつかと聞かれれば……えっと」

「そういうわけで、柊ゆらぎさんの幽霊についてのお話を聞かせていただけませんか?」


 雪知は、泣きそうになりながら説明している不二三をスルーして、番頭の樫杉へ、カウンター奥の扉の向こうで話をするように目で促した。

「は……はい、よろしくお願い致します」


 大丈夫かなあという表情の番頭さんに、何か安心させるようなことを言いたかった不二三だったが、当然コミュ障なので言葉が見つからず、口をもごもごさせながら雪知の後ろについていくだけだった。

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