第9話 ゆっくりと惨劇へ近づく旅路

次の日―。


 東京から新幹線を乗り継いで不二三と雪知は飛騨高山にやってきていた。

雪知の買ってきた冬でも温かい分厚い黒いコートの下に、いつも通り着物を着ていきたかった不二三だったが、流石に飛騨高山は寒すぎるということでタイツと靴下を重ね着させられ、フリースとセーターを着せられた不二三はそれでも寒いのかずっと背中を丸めていた。


それよりは少し薄着だが、黒いセーターにグレーのニットと不二三と似たような黒いコートを、しっかり着こんできた雪知は、窓枠までひんやりしている窓の外を見つめていた。


景色は一面の銀世界。飛騨高山は、寒いところで有名である。

「豪雪地帯では、ポストが雪に埋まるらしいね」

「どうやって家から出るんだろうな」


 そんなたわいのない話をしながら高山駅についた不二三と雪知はその後高山駅のバスステーションでバスを乗り継ぎ、飛騨高山の旅館に向かった。バスの中はがらんとしていて外が寒かったのに更にもの寂しく、涼しく感じられるようだ。


 最初は幽霊騒ぎを調べてほしいという依頼だった。それが白骨死体、それから今回の不二三探偵所が焼かれ、不二三が殺されるという事件にまで繋がっている。


 10年前の柊ゆらぎさんの事件が深く関わってきそうなこの事件。雪知は奥飛騨の方に向かうバスの景色を頬杖をついて眺めながら今回はまだ何か自分たちが気づいていないような恐ろしい計画が進んでいるのではないかという不安に駆られていた。


「……………」

 不二三は奥飛騨が近づいてくるにつれ、どんどん縮こまっていった。寒いのが苦手なのと人が沢山いるところに行くのが怖いのだろう。


「おい、不二三、大丈夫か」

「…………」


 こくこくと頷いた不二三は青い顔をしていた。


「どんどん白景色になっていくな」

「寒いだろうな」

「バスの中はあったかいんだけどな」

「いや、寒いよ。今度は雪に生き埋めになって殺されたりしないよね、俺寒いのは本当に嫌だよ」

「火がだめなら雪をってか?面白いことをいうな」

「全然面白くないよ」


 不二三はうげーというようないやーな顔をした。雪知はそんな不二三を見て少し笑って、自分だけ温かくなった。


「奥飛騨に近づいていくにつれてどんどん雪が積もっていっている気がする」


「そうだな、奥飛騨はもっと雪が凄いらしい。そして標高が高いから余計に寒いらしいな。後秘境の温泉宿ばかりで観光客は多いが元々住んでいる人は旅館で働いている人と観光業を営んでいる人くらいなんだそうだ」


「人が少なくて寒いってこと?」

「いや、観光客多くて寒いってことだ」

「なんでその情報をいったんだよ」

「面白いからに決まっているだろう」


 目的地にバスが到着するということろで雪知は不二三が嫌がるようなことをいうのが好きだった。いつも迷惑をかけられている仕返しをするのが雪知は楽しくて仕方なかったのである。


「もうすぐ着くぞ」


 雪知は、雪景色の中にひっそりと佇む温かみのある木曽檜の二階建ての旅館を指さした。


「秘境の温泉旅館と言われていて、コンビニまで1時間。観光地までバスで1時間、目の前は山林で景色も何もない露天風呂と、この隣町、下呂でも食べれるA5ランクの飛騨牛ステーキが夕飯に出てくる旅館だ」


いつの間にかリュックから取り出したスマホで、旅館のレビューらしきものを見ているらしい雪知を呆れた顔で見ながら、不二三は笑った口元を隠した。


「絶対にそれ、旅館の人には言わないでよね」

「毎回失礼なことを言うのはお前だろ」


 そんな風に顔を見合わせて笑っている2人がこれから訪れる旅館。高山桜雪旅館。美しい名前と取り残されたような場所にあるこの旅館で、8年前に行方不明になった柊ゆらぎ。その事件を追うために高山の旅館に行こうとしていた矢先に殺された不二三。


 2人のバスはゆっくりと、旅館に向かっていく。これから、この旅館で起こる惨劇を知ってか知らずか、雪が静かに降り始めた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る