3.地下室での死闘
――陰湿なまでの薄暗い地下室。
かつて人の姿をしていたはずの男の面影は既に、どこにも見当たらなかった。
化け物。
そうとしか形容のできない見た目と、それを裏付けるかのような得体の知れない霊気が全身からあふれ出ている。
どうやら、それらすべてが混ざり合ってできたぐちゃぐちゃの霊力が、今現在、そいつの生命エネルギーとなっているようだった。
「きゃぁ~!」
今また、狭い地下室の壁に一人の女性が叩き付けられた。
アルマリエラを護衛するために付き従っていた
化け物と化したタミエルと接敵した時点で、すぐさま、彼ら神霊憑きの護衛五人は自身が共生するそれぞれの神霊と肉体の支配権を入れ替え、タミエルと攻防を繰り返してきた。
しかし、神霊とは思えないほどの馬鹿力やスピードに
時折、神気の宿った手刀やソバット、かかと落としなどがタミエルの上半身に炸裂することもあったのだが、効いている気配がまるで見られなかった。
それどころか、カウンターを食らってこちら側がダメージを負う始末。
どうやら、彼がまとうおかしな霊力が原因で、神気がまともに通らなくなっているようだった。
「お嬢、決して前に出られますな。奴は私が食い止めます。その隙に、お嬢だけでもお逃げください」
既にそこら中に手傷を負っていたレリエルは、同じように薄汚れてしまっているアルマリエラを後ろに庇うと、タミエルと対峙する。
この時既に、護衛の神霊は先程の一人を含めて全員、血反吐を吐いて意識をロストさせていた。
「バカなこと言わないで頂戴! あたしだって戦うわよ! そのために、わざわざこんなところまで来たんだから!」
「ですが――」
レリエルが油断なく、更にアルマリエラを諭そうとするが、そこへ、直径一メートルほどはあろうかと思われる霊力波が
そのあまりの大きさに、狭い室内では完全に避けきれないと判断したのか、レリエルは素早くアルマリエラを右手壁へと突き飛ばすと、自身は腕を前で交差し防御する。
しかし、凄まじい威力のそれはまるで雷撃でもまとっているかのように、彼と激突した瞬間、稲光を発して爆発した。
凄まじい衝撃を食らったレリエルは立っていられず、どす黒い床に片膝をついてしまう。
着用していたスーツの傷が数十倍に跳ね上がり、すすこけ、全身から鮮血をしたたらせていた。
「レリエル!」
床に尻餅をついたまま、その姿を見たアルマリエラは血相変えて近寄ろうとする。しかし、それより先に、大男が右手を挙げて制した。
「契約していない今のお嬢では勝ち目はございません。お逃げください」
よろよろしながら立ち上がる彼に、尾と翼の生えた鬼は、ニヤけながら近寄ってきた。
「おやおや、かの高名なレリエル殿ともあろうお方が、随分と無様ですね。ひょっとして、老いさらばえてしまったのですか?」
「見た目は変わったが、お前のその性格は昔、ラファエラ様から聞いていた通りのようですね。本当に、
レリエルは言い様、神気をまとった霊力波をタミエルへと飛ばし、同時に懐へと飛び込む。
そして、そのまま、両手に二本の光り輝く霊剣を現出させるや、鬼の胸めがけて突き入れる。
しかし、眼前の鬼はまるで意に介した風もなく、飛んできた霊力波を右手で弾き飛ばすと、長く強靱な尻尾でレリエルの右脇腹を横薙ぎにしようとする。
間一髪でそれをかわしたレリエルは、二跳足で背後に回り、今度は二本の霊剣を同時に振り下ろす。
ズシャッという音と共に、タミエルの身体に光の軌跡が刻み込まれる。
しかし、霊体を傷つけられたはずのタミエルはまったく動じず、愕然とするレリエルへと素早く振り返り、彼の顔面に裏拳を叩き込んでいた。
凄まじい威力になすすべなく、レリエルもまた、他の神霊らと同じように壁に叩き付けられてしまった。
「くく、もう終わりですか? もう少し楽しませてくれませんかねぇ?」
血反吐を吐きながら、痛みを堪えてなんとか起き上がろうとするレリエルへ、ゆっくり近づいていくタミエル。
このままでは彼が殺されるのは時間の問題だった。
アルマリエラは戦慄し、気がついた時には駆け出していた。
「調子に乗ってんじゃないわよっ! このトカゲ野郎がっ!」
小さな拳に、ろうそくの灯りのような、なんとも頼りない霊力を宿らせて殴りかかったが、肩をすくめたタミエルから飛んできた霊力波にあっけなく吹き飛ばされてしまった。
しかも、先程まで発せられていた強大な力などではない。存分に手加減が加えられたような弱い力にである。
「ぐっ……ぃたい……」
打ち付けた背中を気にしながら立ち上がるアルマリエラに、タミエルは嘲笑する。
「か弱いか弱いお嬢様のお相手はあとでた~っぷり、させていただきますので、少しお待ちください」
彼は笑顔を崩すことなく、床にうずくまっていたレリエルの首を右手で締め上げる。
そして、そのまま天井付近まで飛翔する。
首を絞められ宙づりにされた巨漢は苦しさに喘ぎ、包囲から逃れようと暴れる。
しかし、それが解かれることはなかった。
体勢を立て直したアルマリエラは、レリエルを助けようと無我夢中で飛びかかった。
「いい加減にしろっ」
叫び様に、眼前に浮かぶタミエルの太ももを何度も殴打するが、まったくびくともしない。
殴っている彼女の方が、痛いぐらいだった。
「この野郎! くたばれってぇの!」
今度は尻尾を掴んでぶん回そうと試みるが、やはり、一ミリも動かなかった。
「なんでよっ」
思わず叫んでしまった彼女に、タミエルが嘆息する。
「……まったく。聞き分けのない人だ」
そう言って、彼は手に持ったレリエルを壁に叩き付けてから、背後のアルマリエラへ再び霊力波を放出していた。
「きゃぁ~!」
先程とは比べものにならないような凄まじい威力になすすべなく、後方の壁へと思い切り吹き飛ばされてしまった。
全身を激しく打ち付けたらしく、背中や腰は元より、後頭部まで激痛に襲われる。
アルマリエラは額から温かい体液が流れ落ちてくるのを感じながら、
「……まずい……死ぬ……かも」
彼女が見つめる中、タミエルが近づいてくる。
「私はね、楽しみは最後に取っておくタイプなのですよ。それなのにあなたときたら――まぁ、いいでしょう。それほどに遊んで欲しいのならば、あなたから先に食べてさしあげますよ」
アルマリエラのすぐ前まで来て、にやぁ~と笑ったタミエルが、ゆっくりと腕を伸ばしてくる。
「――させるかぁ」
その光景を目撃したレリエルが、カッと目を見開き、タミエルの後方から肉薄する。
しかし、彼の行動はすべて、無駄に終わった。
すぐ背後まで迫ったレリエルに、無表情となったタミエルが尾の一撃を食らわせる。
更にそのまま、両の掌から凄まじい邪気や神気を現出させ、それを吹っ飛ぶ巨漢へと叩き付けていた。
木っ端微塵に血肉を吹き飛ばし、更に、神霊の本体すらも、一瞬で蒸発させられていたのである。
文字通り、人としても神霊としても即死であった。
「あ……ぁあぁ……」
アルマリエラは、その光景を
長年連れ添った、相棒のような存在が簡単に消し炭にされてしまった。
こんなことがあっていいのだろうか。
彼女は全身から力が抜け落ち、床に尻餅をつく。
更に肉体機能の低下か、それとも霊体を傷つけられ、疲労
次第に意識まで
もう、立つこともできそうになかった。
「ぁは……あはは……」
乾いた笑い声を上げた時、いきなり身体ががくんと転がった。「えっ?」と思って下を見た。そこには、虚ろな瞳を浮かべた小さな少女の身体が転がっていた。
そう。アルマリエラは霊力低下により、エリの身体の支配権を維持することすらできなくなって、外に放り出されてしまったのである。
(一巻の終わりかも……)
浮遊する霊力の塊だけの存在となった彼女は、自身をつまらなそうに見つめるタミエルと視線が合う。
しかし、彼はすぐに標的を無防備なエリへと向けると、その首に手をかけた。
そして、嫌らしく笑う。
「さて、ではメインディッシュと行きますか」
翼の生えた鬼は、牙を剥き出しにしてエリの首筋へと食らいつこうとした。
(絶対にさせない!)
一か八か。アルマリエラはエリを助けるため、タミエルの魂を喰おうと素早く動く。
しかし、それよりも早く、とんでもなくおぞましい気配が地下室内部へと流れ込んできた。
いち早くそれに気がついた彼女は強烈な怖気に襲われ、瞬間的に後方へと飛び退いていた。そこへ――
突如、爆発的な霊力が地下室入り口に膨れ上がり、次の瞬間、物凄いスピードでそいつが突っ込んできた。
(
タミエルはそれを避けられず、思い切り吹っ飛ばされていた。
アルマリエラは信じられない面持ちでそれを眺めた。
床に転がったエリの身体を愛おしそうに抱きしめるメイド服の少女。そして、その眼前に佇む、強烈な閃光を全身にまとった一人の女性を。
空中で揺らめくアルマリエラには、その女性の神々しい姿が、美と戦の女神そのものに感じられた。
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